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一期一会の果てに 三頁目


 夢双領域による世界の塗り替え。言ってしまえばこれは結界術の一種である。


 自らが最も得意とする分野や能力を自身と相手を含む空間全体に展開し、逃げられないよう閉じ込める。そして閉じ込めた先で好き勝手する。


 端的に言ってしまえば、そういう力だ。

 この力を構成する上で重要なのは、まず第一に自分が優位な世界を展開するということ。当たり前であるが、わざわざ自分が不利な空間に世界を塗り替える必要はないのだ。

 ただこの点に関しては例外がある。

 大した効果を上乗せせず、相手を閉じ込めることに重点を置いた領域。

 神器による効果の無効化を無視できる単一属性によって形成された『隔離世界』は、『夢双領域』の亜種にあたり、アイビス・フォーカスやクライシス・デルエスクなどが大規模に及ぶ戦闘を行う場合、好んで使う傾向にある。


「境目が、ない?」


 しかしウェルダが使った世界の塗り替え、これはそれとも異なる力である。

 自分優位の世界を展開したことに疑いはない。ガーディア以外の三人が襲い掛かる熱に耐えかね汗を流し続ける姿を見れば、それは明らかだ。

 問題は『夢双領域』を展開するうえで重要になるもう一点について。


 言ってしまえばこの世界は閉じていないのだ。


 本来ならば『空間を切り取り行き止まりを作る』『奥と手前を繋げ無限ループを形成する』などをして、相手を逃げさせなくさせるのが『夢双領域』の定石だ。そうしなければ対象は単純に足の速さで逃げたり、空間移動系の術技で抜け出してしまうからだ。

 しかしウェルダが展開した世界にそれはない。

 数多の草木生い茂る桃色の空と、熱気噴き出る生命の気配が感じられない大地が地続きで繋がっており、それこそガーディアでなくとも、アイリーンやシュバルツならば、瞬く間に脱出できてしまう距離にあるのだ。


「さて」

「ぐぉっ!?」

「どこまで耐えれる?」


 その疑問の答えをガーディアは瞬く間に知る。

 一拍置きウェルダが動き出しシュバルツへとかかと落としを打ち込んだ瞬間、己と友を包み込む灼熱地獄もまた、ウェルダに合わせ動いたのだ。

 つまりである、この境界を持たぬ『夢双領域』の亜種。これが示す効果範囲とはウェルダ自身なのだ。彼を中心として広がっているのだ。


「決まった空間を包み込むことにより結界というのは成る。そのうえで起点となる物体を置くのは定石ではある。簡単に範囲を決める方法だし、強度を上げることにだって使えるからな。だが自分を起点にして動く結界、否『夢双領域』という絶技を作るか」

「エヴァ?」


 それは無法の域に踏み込んでいる。超絶技巧にして大量の粒子が必要な秘技である。誰もが恐れおののく力である。

 

「そんな無茶ぶり。私以外で思いつく奴がいるとは思わなかったよ!」


 しかし、それができるのは彼だけではない。

 言葉と共にエヴァを包むように真っ白な線で円が描かれ、彼女を包み込むように頭上へと向け真っ白な光、否冷気が立ち昇る。

 すると三人の中でも一際暑さに弱い彼女の体が熱から守られ、全身に滲んだ汗が全て消え去った。


「暑さ対策の結界。しかもウェルダと同質のものか!」

「いつ何時でもお前といるのなら、絶対に必要なものだと思ってな。こっそり練習していたんだ」

「それがどうした? テメェ如きが動ける程度で何が変わる?」


 彼女の成果にガーディアは声を上げるが、ウェルダは動じない。自分と同じ領域の存在を前にしても顔色一つ変えず、アイリーンとシュバルツの二人を一瞥し、


「とはいえ、お前らが俺にとって乗り越える必要がある障害なのは理解した」


 両斧を一つにまとめた大斧を右肩を支えにするように背負い、僅かに腰を屈め、息を整える。


「「!!」」


 その動作が、ガーディアとシュバルツはとてつもなく恐ろしいものに感じた。放っておけば、まだ味わったことのない地獄が待っていると即座に理解した。

 ゆえに動く。ガーディアは一瞬ではあるが守りを思考の外に置き攻撃だけに意識を傾け、シュバルツは一歩動くだけで体力が消費し、内臓全てが吸い込む息で焼けることさえ考慮の外に置き、前に出る。


「こいつが俺の神器の力だ」


 撃ち込まれる攻撃がたったの一瞬で万を超え、その威力も馬鹿にならない。

 けれどウェルダは止まらない。

 当然だ。

 数多の攻撃を受け、なおも己の望む行為を行い続ける。

 その圧倒的な実行力と制圧力こそウェルダを最強たら占める要素なのだ。


 ゆえにこれから起きることは確定要素。絶対に止められない絶望である。


「「!」」

「この、感じは!?」


 ガーディアは即座に気が付かなかった。

 けれど残る三人は気が付いた。いや、気が付かないわけがなかった。

 ウェルダの全身から真っ黒な煙が溢れ出す。これ自体は喜ばしいことである。しかしその恩恵と言わんばかりにウェルダの纏う空気が膨れ上がる。

 この状況を彼らは知っているのだ。忘れもしない千年前、自分たちを追い詰めた最悪の現象だ。


 そんな彼らの予想通りに、ウェルダの五割以下となった力が急激に増していく。

 六割、七割、八割――――シュバルツ達が削る以前、手を抜いていたゆえに見せていなかった領域。

 九割の状態を超え最大最強の全開時。全力発揮にまで至る。


「終わりだ」


 その直後に暴威は吹き荒れる。

 速度面では勝っているはずのガーディアでさえ反応するのがやっとの勢いで攻撃の嵐が吹き荒れ、彼が押し負け一歩引いた直後に意識を保つことが精いっぱいの三人の元へウェルダは舞い降り、抵抗させる間もなく斧と黒い炎を刻み込む。


「あ?」


 ここで運命は覆る。

 ガーディアが無言で発動させた『絶対消滅』。それは神器によりウェルダやシュバルツ、それにシュバルツの持つ神器の欠片を持ったエヴァとアイリーンには効果がない。体内に核を秘めているゆえに、シュバルツ達を苦しめている『夢双領域』も解けはしない。


 しかしである。彼らの間に挟まっている地面は違う。

 『絶対消滅』をそこに発動させれば元々あった彼我の距離を弄ることが可能であり、急いでシュバルツとアイリーンの二人をはるか後方へ。


「う、ぐぉ!?」

「いけるかエヴァ」

「安心してくれ。私に対しては、どんな妨害だって効きやしないさ」


 残ったエヴァは原型が失う勢いで攻撃を受け、現実改変をされる前の蒼野のように自己再生能力も奪われたが、類まれなる術技の腕でその状態を解除し、戦線へ。

 斬撃の余波を食らう程度で済んだ二人も再び戦場に馳せ参じるが、その表情は暗い。


「時間切れか。数秒鹿持たねぇのが欠陥だな」


 なぜなら彼らは今しがた見てしまったのだ。

 ここまで自分らが築いた戦略全てを瞬く間に砕く、ウェルダの真価を目にしてしまい、それを阻止するだけの手段が見つからないのだ。


 ゆえに彼らは焦燥感に駆られ、同様のことを思いうかべる。


 ここまでなのか、と。

 ここまで迫ったというのに、あと一歩というところに至ったというのに詰め切れないのか、と。


 自分たちを包む獄炎の檻により凄まじい勢いで体力が削られ、もう一度全力全開を発揮されれば敗北すると自覚する中、さらなる変化が降りかかる。


「――――――」

「なに?」

「あ、あいつは!」


 それは、本当に不意の出来事であった。予想だにしない事であった。

 ガーディア達だけではない。この場に多くの者を招集した積でさえ考えもしなかった出来事。招かざる客が彼らの前に姿を現したのだ。


「あああ亜阿吾………………」


 ウェルダに向かいあう彼らの背後に、言葉にならない呻き声をあげながら現れた人物。

 それは手元と足元が見えないような分厚い袖に色素の抜けきった髪の毛を蓄えた、縦に雷のような亀裂の入った仮面を携えた存在。

 声からして男性なこと以外が全てが謎に包まれた、古賀蒼野が自分の育った故郷を飛び出て初めて遭遇した強敵。『カオス』と呼んでいる怪物である。


「まさかこのタイミングで奴が!」


 その姿を前にシュバルツはさらに追い詰められる。

 かつて戦った記憶と自分を包み込むような強烈な殺意を瞬く間に思い出し、それが今、この状況で敵対する事実の重要性を、即座に理解したのだ。


「よくわからんが運がねぇな。テメェら!」


 そのようなシュバルツなど露ほども気にせず、ウェルダは再び斧を背負う。そうして少々の力の消費を代償に再び全力全開を発揮しようと画策。

 今度はエヴァとアイリーンの二人もその邪魔をしようと動き出し、しかしシュバルツだけは迫る仮面の狂気を止めるために意識を背後に向け、


「なん、だと!?」


 シュバルツは息を呑む。

 かつて己を追い込んだ件の人物が自身を飛び超え先に進み、そのまま最前線に立つガーディアに合流。

 向かい合っていた同じ顔が同時に呆気にとられる中、神器を嵌めた右手で大斧を掴み、左手を虚空に掲げ、どこからともなく鎖を取り出し、


「っ」


 大斧にまとわりついた黒い瘴気を前にしてウェルダの気が乱れる。

 その効果は手にしたものを己が所有権の神器へと変貌させるというもので、実際には能力のため効果がないのだが、警戒心を表面に出したウェルダの視線が移り、直後に大本命が炸裂する。


 狂戦士が持っていたものと同質の神器の鎖。それが空間を突き破り四方八方から出現し、ウェルダの四肢や胴体に巻き付くと僅かにだが姿勢を崩し、発動しかけていた能力が強制的に解除。


(発動条件に姿勢が関係していたか!)


 ガーディアがそう考えている間にウェルダが自身の体に巻き付いた鎖の対処に乗りだすが、神器の鎖は全力時から程遠い今の彼では瞬間的に壊せるものではなく、


「この好機を逃すなシュバルツ!」

極壊ブレイク轟斬(ブレイズ!)」


 その一瞬の時間をさらに長くするようにガーディアとエヴァとアイリーンが攻撃を続け、最後尾にいたシュバルツが飛び上がり、自身の持つ最大最強の一撃を打ち込む。


 それはこの戦いが始まった直後、一度だけウェルダが回避した一撃。

 全開時に近い彼でさえ、真正面から付き合うのは危険だと判断し後退を選んだ、ただ一度の攻撃。


 それが今、多くの者の手を借りウェルダの胴体に突き刺さり、腹部をごっそり抉るというガーディアでさえできなかったほどの傷を与える。


「虎砲!」


 と同時に露出した黒い太陽。それをガーディアが即座に射抜き、彼らを包む灼熱地獄は崩壊。

 桃色の空が占める世界に舞い戻る。


 人の出会いは一期一会


 全ては縁に導かれた結果である


 彼らが築いた悪しき因果も良き因果も全てここに集まり


 決着の時はやってくるのだ


 遠くない未来に


 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


先日は申し訳ありませんでした。

一日遅れの投稿です。


さて本編では予想されることはなかった援軍の登場。

これを持ちまして本当に間違いなく、この戦いに参加する登場人物は出揃いました。

長かった戦いも終盤も終盤。

ぜひ最後までご閲覧ください


それではまた次回、ぜひご覧ください!

あ、次回更新は明日となりますのでこちらもよろしくお願いいたします


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