一期一会の果てに 二頁目
実のところ、彼は自分の持つ強さが嫌いだった。
誰もが羨み崇める地位。
あらゆる分野における『最強』『最先端』『無敵』『無敗』を退け、『果て越え』と呼ばれるほどの地位を得た彼は、けれどその事実を誇りに思ったことがなかった。喜んだ事がなかった。
なぜならあまりにもつまらない。
誰も存在しない地平に至ったということはつまり、自分以外存在しない世界にいることと同義だ。
例えばスポーツ。
例えば勉強。
例えば園芸や文芸、
他にも星の数ほどあるあらゆる出来事を、彼はさしたる努力をすることもせず成し遂げる。先人たちを踏みつぶす―――――――肩を並べて楽しむことができないのだ。
自分と同い年の子供が友達とかけっこをしている中に、
たった0.1秒を縮めるために、汗水流し努力している青年に、
彼はどうあがいても混ざることができない。
一人で何かをするにしても勝利や成功が約束されてしまっている。
誰とも競い合うことも同調することもできない人生を、彼は退屈であると思っていた。
この世界を愛しているという支柱を胸に宿した後も、その事実に変わりはない。
シュバルツやエヴァのような親友を得た後でも、終ぞその穴が埋まりきることはなかった。
どれほど強い絆を結んでも、彼らでさえ、同じ地平を駆けることはできなかったのだ。
「おぉぉぉぉぉぉ!!」
「うっせぇんだよデカブツがぁ!」
「ガーディアお願い!」
けれどそれは千年前の話である。
現代になり蘇った彼の友は、千年前に覚えた無念を晴らすために強くなった。
かつては足りなかった力を補い、今こうして、彼らと肩を並べている。
「――――――!!」
その事実に歓喜する。
経験したことがないほどの死闘。一手間違えれば命を失う環境、そのことを十分にわかっていながらも胸を弾ませてしまう。
足りない数歩を補うため頼んだ友が、自分が想定する以上の結果を出している。
シュバルツが二手三手どころか百手以上真正面から打ち合いを行い、アイリーンが絶好のタイミングで視界を奪ってくれている。
時に物量に任せた攻撃で、時に様々な効果で、エヴァがそれでも足りない部分を完璧にカバーしている。
そうして舗装された道を駆けることに、彼は得もいえぬ感情を覚え、思わず頬が緩んでしまう。
「!」
「あぁ!!?」
状況はさらに変化する。
ガーディアが生み出す数多の傷により延々と昇る黒い煙。それによる弱体化の効果が明確に出てきたのだ。
すなわち、
「ハハッ。捕まえたぞガーディアのパチモン!」
これまで一方的に押されていたシュバルツが、初めてウェルダの一撃と相殺したのだ。
「コロナ・D・ディザスター(黒点の鏖殺)!!」
その事実に笑みを浮かべるシュバルツをウェルダは凍らせる。
両手に一本ずつ掴んでいた斧を一つにまとめ巨大化させ、即座に右手で掴んだ直後に現れたのは、左手首に装填された六発の黒点。一つ一つが先に見た『陥穽』や『処刑』の名を授かったものよりも巨大なそれは、六発の巨大な絶望に他ならない。
「死ね」
発せられる言葉のなんと簡潔な、それに反し強い意志が込められたことか。
左手を掲げた直後にそのうちの一発が空中に撃ちだされ、それが意味を持つよりも早く左腕はシュバルツの顔面へ。
「チッ」
間近に迫った最悪の瞬間を前にガーディアが舌打ちする。
「待ってくれガーディア」
「なに?」
「ここは任せてくれ」
そのまま走ろうとする彼を、エヴァはいち早く止める。
まさかこのタイミングで話しかけられると思わず、しかもこれまで聞いた中で最も真剣味を帯びた声であったため驚きから足を止めてしまった彼は、しかしその直後にさらに驚くべき光景を見る。
「な、んだと………………!?」
空に浮かんだ球体が膨らんだかと思えば破裂し、数多の破片となり降り注ぐ。
左腕から発射された弾丸がシュバルツさえ反応するのがやっとの速度で進んでいく。
けれどそれらは目標には届かない。
シュバルツの目と鼻の先にまで近づくよりも遥かに早く、姿かたちを保てず霞となって消え去る、
「ぬん!」
「!」
その直後、目を見開きあまりの驚きから硬直したウェルダの体にシュバルツの斬撃が幾重にも刻まれる。
狙いや速度こそガーディアに劣るものの威力だけならば遥かに上のそれらは、斬撃同士の交錯点を中心に大きな煙を吹き出す穴を生み出し、さらなる力をウェルダから奪っていく。
「あのクソババアは心底気に入らんのだがな。一つだけ心から褒め称えられる点があった」
「クソババア?」
「神教で頭張ってる老害だよ」
とそこで、ウェルダ同様まったく想像していなかった結果に足を止めたガーディアに対し、エヴァの勝気な声が飛び込んでくる。
「『完全分解』という技術らしい」
そうして彼女は説明する。
アイビス・フォーカス、神教において最強の座に君臨する女が持つ切り札たる力の真髄。
あらゆる能力や術技、その支えとなる核の部分を見抜き、対消滅させることができる粒子の塊を生成。それをぶつけることで、対象を根元から中和することができるのだと。
「奴の撃ち出す銃弾の弾系列。たしか『コロナ』つったか。あれに関してはもう心配いらん………………残りの二つはまだ無理なんだがな。というか、術式が複雑すぎるから期待しないでくれ。ごめんね。いやほんとすいませ」
「いいや、十分だ」
直後に自信なさげに謝罪の言葉を吐くエヴァだが、ガーディアは頭を撫で無理やり黙らせた。
実際にそれほどの価値が彼女の努力にはあったのだ。
それが誇らしい。
エヴァ以上にガーディアが、隣に立つに至った彼女の姿に胸を熱くして、
「私も期待に応えなければな」
駆ける。これまでと同じように。しかしこれまで以上の速度で。
メンタルの善し悪しが大きく関わるというのならば、今の彼はかつてないほどに絶好調だ。
地面を踏む一歩一歩をはっきりと理解でき、視界が普段よりも遥かに広い。興奮状態に陥っているためか、過敏になった神経は風の流れどころかこの場にいる全員の呼吸さえ把握し、迫る大斧の脅威もコマ送りで確認できる。
「なにっ」
絶好調という言葉すら生ぬるく、彼は今、生涯で最も優れた状態に陥っていた。
斬撃の速度と重さが増し、ウェルダをさらなる弱体化に導いていく。
「調子にのんな!」
「機嫌がいいじゃないか! だがな! もうちょっと周りに気を配れ!」
とはいえそれは、言ってしまえば酒に酔って浮足がたっているようなもので、いくら神経を張り詰めていようと危険なことに変わりはないのだ。
そうしてできた隙をウェルダが逃すはずもなく、そこに割り込んだシュバルツがレオンがやるように斧の一撃を受け流し友に迫る危険を明後日の方角に飛ばし、追撃は迫るよりも早くガーディアが刺突。
「て、めぇ!」
僅かに浮き上がった彼の体を引きずるため、無駄のない動作と速度で頭部を掴み、風を、光を置き去りにして疾走。
火花が散る勢いで数百メートルを進み、地面に叩きつけ肉体が僅かに跳ねたのを認識した瞬間、数多の武器を繰り、十万を超える鋭い一撃を叩きこむ。
「っっっっっっ」
そこでウェルダは理解した。自分の元々持っていた力が文字通り半減したのだと。
このまま戦い続ければ、自分は敗北し生存競争から蹴落とされると。
目の前にいる四人は、つい先ほど語った存在。
自分の前に立つだけの価値と自力がある『挑戦者』ではないのだと。
己の命を脅かす無視することのできない『邪魔者』であるのだと。
「アポロ・D・ワールド(輪廻の日輪)」
ゆえに彼は全力を尽くす。
これまでの力の底を隠すような、言い換えれば手加減やお遊びを止め、己が持つ切り札をさらけ出す。
「「っっっっ」」
言葉に続いて現れたのは球体であった。
先に述べたコロナと名の付く弾丸より小さい、それこそ握りこぶし以下の矮小な球。
けれどそれは見たこともない漆黒の輝きを放ち四人の足を止め、そうしている間にウェルダがそれを飲み込んだ。
そして
「これは!」
「夢双領域………………」
四人を包む世界が変わる。
彼らを包むように現れたのは草木一本生えていない岩の地面。そのところどころに黒い炎がたゆたい、岩と岩のあいだからは煙が吹き出る。
天上はどのようなになっているかと思い見上げれば、地面から昇った煙が形成したかのような分厚い雲が敷き詰められ、世界全体に不安な空気を蔓延らせる。
「ここは?」
その効果をガーディアは即座に理解できなかった。
がしかし、他の者は違う。
エヴァが、シュバルツが、アイリーンが、苦痛に顔を歪ませ、全身から溢れる無色の液体を前に彼は気づく。
「熱か」
彼の指摘が正答であると示すように空気が揺れるが彼は慌てはしない。
なぜならどれほど強力な能力や力であろうと、神器でさえなければ『絶対消滅』が撃ち破れる。
そう思い彼は意識を切り替え、
「これは」
すぐに気が付いた。
この夢双領域の他とは違う異質な点に。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
長かった戦いも残るは片手の指程度で終わるはずです。
ここまでくれば、これまで出た全ての要素をまとめましょう。
長く続いた第三章
その最後はすぐそこです
それではまた次回、ぜひご覧ください




