一期一会の果てに 一頁目
神器と能力、それに属性と練気には相性というものがある。
属性や練気相手に有利な能力は、しかし最強たる『絶対消滅』と言えど神器に勝つことはできない。
神器は能力を無効にはできるが、属性や練気の影響までは無効化できない。
属性や練気は神器に無効化されず広い範囲に効果を発揮できるが、能力に敗れることは多々ある。
これが世間で語られている三すくみの関係であるが、実際は違うことを多くの者は理解している。
能力や属性、それに練気以上に神器が圧倒的に強いと。
それは習得難度に加え各武器が一つ備えている能力のことを考えれば当たり前のことで、これを前にすれば能力は全く意味がなく、練気も対抗することこそできるが打ち勝つことはできない。基本の形が決まっている属性では、それ以上に難しいとされていた。
がしかしである。あるのだ。属性というものにはあらゆる神器を平伏せさせる可能性が。
「ーーーーーー!」
例えば、『絶対零度』と呼ばれる気温を遥かに下回る急速冷凍による凍結と粉砕。
例えば、過程を無視した『死』という結末の一方的な叩きつけ。
属性が至る果ての力。一時代、それこそ千年に一人、一つの属性を最も極めた者に与えられる力。
「じ、神器を」
「一方的に破壊した!?」
すなわち『極致』と呼ばれる力こそ、神器における天敵なのだ。
「ハッ! 神器を持てば無敵とでも思ったのかい?」
その事実が今、多くの者の前で証明される。
精霊王を無敵たらしめていた三つの神器が瞬く間に消滅し、彼を守る守りはなくなる。
敵対者を拘束するボウガンも、自らのしもべを無限に生み出す力を持つ盾も、より多くの粒子を奪い取る剣も、死の息が触れた瞬間に、元々存在しなかったかのように消え去ったのだ。
「……なんだお前? あれを受けて生きてるのか? いや、すり抜けてるのか…………ということは霊体に類する存在か。ならばその対策を」
直後に精霊王の正体を理解したギャン・ガイアは対霊体の能力を発動。再び死の息吹が如き木属性を発し始め、
「!」
その直後、目を見張る。
精霊の王が周囲一帯に木霊する言葉にならぬ雄たけびを上げ、周囲に散っていたしもべを吸収。それだけでなく目に付く範囲の粒子を勢いよく吸い込み、
「なるほど。これからが本番ということか」
朧気であった霊体が生気を帯び、色合いこそ同じものの筋骨隆々な手足が。王冠を被った精悍な顔が。そして数多の剣や槍を胴体に巻き付けた分厚く強靭な胴体が現れ百メートルを遥かに超える規模に巨大化。
数多の精霊を従えるにふさわしい、圧倒的な覇気をまき散らす。
「いいだろう。貴様に見せてやろう。この僕の、圧倒的な信仰心をッッッッ!!?」
その姿を見ても普段の様子を変えないギャン・ガイアは、けれども最後まで言葉を発することができなかった。
突如姿を消した巨体は気づいた時には彼の身を貫通するかのように通り抜け、襲い掛かった衝撃に歯を食いしばっていた。
(こいつ! 今の一瞬で『劣化』の概念を消したのか! それにこの速さ!!)
極致は強い。それは間違いない。けれども弱点のない無敵の力ではないのだ。
『絶対零度』を超える究極の冷気もそれを超える炎の熱には勝てず、あらゆるものに終わりを与える力も、その原理が『劣化』の類であると気付けば、『不死』の力を筆頭に様々な対抗手段が見えてくる。
ゆえに、あまりに早い対応に驚くことはあれど、当たり前の結果ではあるのだ。
「調子に! 乗るな!」
しかし、だからといってギャン・ガイアが怖気づくことはない。
彼は己が信仰する存在のため、ダメージなど度外視で動く。
実体があるならば百メートル越えの巨体と言えど、数多の木で包み、突き刺し、殺してしまえばいいと思い、周囲一帯が埋まる勢いで樹木を生成し、
「なにっ!?」
けれど真の力、すなわち圧倒的な膂力と数多の武器による突破力を得た精霊王は止まらない。
それら全てを瞬きほどの時間も与えぬ間に砕いて距離を詰めると、呆気に取られ硬直したギャン・ガイアの脳天へと鋭利な刃を振り下ろし、
「何をやっている! ぼさっとするな!」
「なに?」
「今は文句を言ってる暇はないぞ。とりあえず引くぞ二人とも」
その刃をレオンが受け流す。
かと思えばクライシス・デルエスクが出した白い帯がギャン・ガイアの体を包み、極致を発動させようかと思えば彼の視界は危険区域から脱しており、
「アンタの力は過程を無視した『死』の叩きつけなんですってね。それを能力じゃなくて属性で? 危険なんてもんじゃないわよそれ」
「ドラドラドラ! 今はそんなことどうでもいいじゃねぇか! とりあえずだ! よくやったなお前さん! おかげで助かったぜ!!」
「!?」
幾分かの粒子を補充したアイビスが彼を守るようにして前に立ち心底気に入らないという様子で悪態を吐き、隣に立つエルドラが盛大に笑いながら彼の背中を元気よく叩いた。
その影響で吹き飛び、凄まじい激痛の返礼として反撃しようとするが、自身が体の修復をするよりも早くアイビスが回復術を使い、目を丸くしているところで見覚えのある顔が隣に立つ。
「慣れてないと戸惑うだろう」
「ゴロレム殿」
「殺気立つ必要はないさ。みんな、お前に感謝してるんだ」
「感謝、だと?」
直後に穏やかな声で発せられた言葉に彼は耳を疑う。
いやそれどころか、初めて鏡を見た猫のような表情をしてしまう。
「情報の共有が終わるまで俺達で足止めする。そうすりゃ、あとはどうとでもなるはずだ!」
「オレが銃弾ブチ込めるのはあと三発が限度だ。温存させてくれ」
「ゼオス、アタシと蒼野をアイツの背後に飛ばして! アンタと積と合わせて挟み撃ちよ!」
「……承知した」
「はは。ギャン・ガイアに感謝する日が来るなんてな」
「ホント。世の中何があるかわからないわね!」
なぜなら本当に久しい事であったのだ。
裏に薄暗いものを秘めているわけではなく、心の底から感謝されること。
それにより狂ったような熱ではなく、爽やかな風のような心地いい感覚を味わったのは。
「ゼオス! 指の一本でもいい。斬り裂け!」
「……了解した」
「蒼野!」
「!」
一方前線では念話で送られてきた内容を聞き、蒼野がゼオスが斬り落とした右の小指に近づく。
そうして試して効果が出たところで会心の笑みを浮かべ、
「――――――――!!!!」
「っ!?」
「は、や!」
しかしそこで彼らの攻勢は終わりを迎える。
腕を十二本に増やした精霊王が剣や槍を掴み、凄まじい攻撃の雨で彼らを弾きとばしたのだ。
「……耐え切れんな」
「だな」
何とか九死に一生を得た五人はけれども怖気づくことはない。なぜならば
「でも問題ないわ。だって今この場には」
「あぁ。笑い話、いや、神話やおとぎ話で語られるようなメンツが集まってんだからな!」
今、この場にはこの世界の数多の強者が、種族や所属、これまでの軋轢や因縁全てを放り投げて集っているのだ。
百の鬼を薙ぎ、戦の兵を退け、万の強敵を相手にして耐え切った超人。
その位相に存在する者らが、たった一つの目的のために、それまで考えられなかった協力をしているのだ。
「アイビス・フォーカス、援護を頼む」
「言われなくてもするっての! 今回だけは賢教も神教も関係ないんだから!」
「ドラドラドラ! お前さんらが手を取り合うなんてな! いや長生きしてみるもんだ!」
たとえ瞬間移動じみた神速の突進が相手でも
数多の武器を用いた攻撃の雨でも
はたまた多種多様、数えきれない能力と属性の嵐でも
「合わせろ童子!」
「雲景さんこそ、途中で腰折らないでくださいよ!」
「小童がなまいきを!」
ここに集った者達は超えていく。ありえべからざる共闘に胸を弾ませながら。
銀河を内包した槍が、数多の光を集めた破壊光線が、竜人族の力を人間大にまで集中させたことで生み出された破壊力が、胴体を両手を、両足を潰す。
霊体と神器の合わせ技を突破した今、自分らを阻む壁はないと、勢いづく。
「いやしっかし、これも無限ループじゃないか?」
「どういうことだ?」
「周囲の粒子やら僕らの粒子を吸い取った無限再生。しかもその勢いは姉さん顔負けと来た。足止めでも十分とは言うけど、粒子の吸収速度を考えればジリ貧だろ?」
しかしまだ予断を許す状況ではない。シロバがクロバに語った通り、どれほど圧倒しようと持久戦に持ち込まれれば不利なことは否めなく、
「構いやしない! アタシらは、殴って殴って殴りまくりゃいい。そうすりゃ、どっかで潰せるだろ!」
「いや姉御。そんな簡単な話でも」
壊鬼のコメントに対しシロバは思わず頭を手に添える。
「安心してくれ。突破口は既にある。さっき試したからな」
「積?」
「ただ、あいつのスペックじゃ近づくことができなくて。そこを何とかしたいんだが」
そのタイミングで積がやってくると説明を始め、
「………………面倒だが俺様が足になってやる。感謝しな」
「数による圧力も有効かな? それなら私の出番なんだが」
人間を見下していたウルフェンが僅かに躊躇したもののそう提案し、穏やかな笑みを浮かべるゴロレムがそう告げる。
「感謝します。それなら近づくまではゼオスの瞬間移動で」
「待て」
「え?」
「機動力を活かすなら瞬間移動をした後に空を駆けるよりも、最初からしっかりとした足場がある方が動きやすいはずだ。だから僕が道を作る。どれだけ砕かれようとな」
そして詰めるようにギャン・ガイアがそう提案し、思わぬ人物が立候補したことに彼らは息を詰まらせ、
「勘違いするな。全てはあのお方の邪魔をさせないためだ。そして忘れるな。この戦いにおける一番の功労者は誰であるかを。あのお方に聞かれても、必ず僕の名前を出すんだぞ!」
続く言葉の津波を前に、彼らは笑う。
そんなことをまじめに、微塵も殺意を見せず語る彼の姿に笑う。
斯くして最後の時は訪れる。
ギャン・ガイアが生み出した百メートルの巨体さえ飲み込めるほどの木の根の群れ。
その上を五人の子供たちとゴロレムを乗せたウルフェンが駆ける。
打ち出される手裏剣などの投擲物は全てクライシス・デルエスクとアイビス、それにシロバが弾き、
迫る十二本の腕の猛攻はレオンや那須童子を筆頭に四大勢力の筆頭格が弾いて防ぐ。
「――――――!」
「むん!」
「おうら!」
危機感を感じた精霊王が後退しようとすればシャロウズの槍が足を射抜き、引き気味だった胴体をエルドラの拳が弾き、
「なぁ!?」
「胴体から砲台を生み出すか。なら、それを防ぐのは私の役目だな!」
突如胴体から生えた無数の砲台から打ち出される砲弾ははゴロレムが生み出した氷の盾が全て防ぎ、
「ダメ押しだ!」
積が両腕を巨大な砲台へと変貌させ、残る粒子全てを費やし、砲弾ごと胴体に風穴を開ける。
そのタイミングで新たに生えなおした二本の腕。そのうちの一本はゼオスが斬り裂き、もう一本は優が明後日の方角に弾き、
「じゃ、行きなさい蒼野!」
「……任せた」
蒼野の足裏に優が『弾』の紋章を描き、その状態でゼオスが瞬間移動を発動。
蒼野の姿は百メートルを超える巨体よりもさらに上に移動し、足元に敷いた紋章を発動させ真下にある頭部へと急速接近。
「!」
「安心しろ。お前に近づく障害は、オレが撃ち抜いてやる!」
頭部が輝き何らかの攻撃を行おうとすると、既にその気配を感じていた康太が頭部を撃ち砕き、
「いや―――――ここにいる全員が、だな」
それに続け、ダメ押しとばかりにその場にいる全員の攻撃が叩き込まれ、精霊王の肉体を砕いていく。
そして
「原点!」
古賀蒼野は唱えるのだ。
先に小指で試した結果通じた力。
ウェルダのような桁外れの耐性を持っていないならば、万物万象を退ける、圧倒的な破壊の赤。
「回帰!!」
剣に宿ったそれは剣の一振りと共に真下へと降り注ぎ、数多の精霊を退ける王の肉体を飲み込む。
「…………」
「どうしたギャン・ガイア」
「………………気にするな。なんでもない」
その光景。多くの人らの協力の末に辿り着いたその結末を、彼は美しい結末として目に焼き付けた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
おそらく連続で続くタイトルは3章はこれで終了。
引き続きここから続くもう一つの、最後にして最大の戦いをお楽しみください
それではまた次回、ぜひご覧ください




