ROAD TO WARRIOR 道のりに栄光を 三頁目
彼らにとって幸運な事実は、襲い掛かる魔の者が霊体ではなかったことである。そのため生物を模した数多の脅威は攻撃を与えれば霧散し、危機は一時的にとはいえ去るのだ。
「こ、こいつら!」
「霧散した側から、精霊王の元に、戻ってるだと?」
「つまりこいつらは!」
彼らにとって不幸な事実は、この猛攻に終わりがないことに尽きる。
攻撃をすれば、迫る魔獣さほど強力な威力のものでなくても退けられる。
しかし彼らは霧散した瞬間に周囲に散らばった粒子を吸収する性質を持っており、これを精霊王の元へと持って帰り、新たに生成され直される。これぶより敵は決して減らない。
むしろ元々自分が持っていた量+奪ってきた粒子を持って帰ったことで、敵の数は徐々にだが増え続けていくのだ。
「く、クソ!」
「キリがねぇ!」
戦場が狭いわけでは決してない。
しかし凄まじい速度で増えていくことで彼らの周囲は瞬く間に圧迫され、一分も経たぬうちに彼らは窮屈な印象を抱くことになる。
「こんの野郎!」
「そっちの邪魔はさせん!」
そうして現れるしもべの対処に追われ本体が無防備になると、すぐさまその矛先はガーディアらの方へと向き、それを阻害するために動く者らがいれば、その者は役目をしっかりと果たすのだが、その代償に痛みのない、けれど強烈な疲労を覚える魔獣の猛攻を受け、弱っていく。
回避に徹した場合でも同じである。
いや、状況はさらに悪くなる。その理由を彼らが知るのはその直後。
精霊王が手にしているボウガンに、不吉な予感を塗りたくった黄緑色の杭が装填した直後であった。
「康太!」
「安心しろ。完全に見えてるよ!」
その一撃の最初の犠牲者となったのは康太である。
放たれた杭の速度は雷速に達してこそいたものの、発射されることをいち早く予期し、なおかつ軌道にも不自然なところがないとなれば、優れた直感を持つ康太に避けれない道理はなかった。
「!?」
問題なのは着弾直後である。
地面に触れた瞬間それはいきなり弾け、周囲一帯に粘性の高い、ガムのような液体を振りまいたのだ。
「こ、い、つは!?」
爆発や酸性の物体を浴びたような時の痛みはない。
だがそれを頭から浴びた彼はその場から動けない。幸い両腕はある程度動かすことができるが、それでも康太は、その場から一歩たりとも動くことができなくなってしまったのだ。
「害虫駆除用の仕掛けみたいなもんか」
「つまり敵を拘束すること。それが奴の持つボウガンの能力か!」
積に続きレオンがそう伝えた直後、今度はそんな話をしている二人に向かい黒い杭が飛んでくる。
二人はこれまた躱すことができたのだが、積の足が止まる。いやそれ以前に、今度は破裂さえしていない。
「……影か!」
その正体に関して迷う必要はなかった。
積の体から伸びた黒い影に杭は刺さり、切先の部分から不吉な色を発していたのだ。
「神器持ち向けと、それ以外向けってところだな。俺の方は微動だにしねぇ」
「呑気に分析している暇はないぞ!」
「雲景さん! 援護を頼んます!」
「童子か!」
指先さえ動けなくなった積を助けるため、賢教を代表する二人の戦士が慌てて動き、杭に攻撃を仕掛ける。
そうしている間にも敵の数は増えていくが、数には数をぶつけるというようにゴロレムは氷の人形を生成し、クライシス・デルエスクも手持ちの神器の中からふさわしいものを使用する。
そうすることで僅かなあいだではあるが拮抗状態を崩し形勢を逆転させるが、それがどうしたというのだろうか?
たとえ状況を好転させても、精霊王が持つ神器を破壊できるだけの余裕はない。
こうして逆転した状況も、敵側が周囲一帯の粒子を吸収し活用すればすぐに覆される。
「…………!」
「レオンさん!?」
「もう少し、粒子面を鍛えておくべきだったと後悔してるよ」
いやそれ以前の問題として、彼らはこの戦いが始まってから今まで、神器の有無にかかわらず常に粒子を奪われ続けていたのだ。
それにより前線で斬り結んでいたレオンが真っ先に膝を突き、後方で援護に徹していた康太も続く。
「二人とも! しっかり!」
この二人を今失うわけにはいかない。
それを悟っているアイビスが動く。粒子を奪われる危険性を予期し使ってこなかった大規模な範囲攻撃を行い、二人に群がる狼の群れを一層。
粒子が無限に装填されるのをいいことに、彼女は持っている半分以上の粒子を分け与える。
「え?」
想定外の事態が起きたのは直後の事。
これまでならば瞬く間に装填された粒子がすぐには戻ってこないのだ。
その事実に戸惑う中、元々使っていた分も合わせ九割以上の粒子を使っていた彼女は膝を突き、大勢の者が息を詰まらせる。
レオンに康太もそうだが、彼女がいなくなるのはそれ以上に避けねばならない事態であったからだ。
「――――――!!」
絶望は続けて襲い掛かる。
この状況を好機ととらえた精霊王。彼が周囲一帯に響くような咆哮を上げると、その瞬間に自身が生み出したしもべたちが真っ赤に変色し、纏う粒子の量を増加。と同時にボウガンを腰にあたる部分に仕舞い、背負っていた刀身が雲のように揺らめく剣を掴む。
その先は一瞬だ。
二度、三度と、これまでにない速度で振り抜く。
その軌跡は行く手を阻む土色の壁を生んだかと思えば、よけきれず剣自体に触れたシロバは、痛みを覚えこそしなかったが、自身の持っていた粒子を根こそぎ奪われたのを自覚した。
「これは! これまで以上の勢いで粒子がっ!」
「お前が一撃で沈むほどか!」
ここにいる面々全体で見ても、単純な粒子量ならばシロバはトップクラスである。
そんな彼が粒子を奪われ、地面に沈んでいる。
その事実が彼らに与える衝撃は重く、聡明な彼らは歯噛みする。
今なお奪われている粒子に目の前に広がる超えれない難題。
それらにより、自分たちはあと数分もせぬうちに、全員が大地を舐めることになるのだと、彼らの内の数人が悟ってしまったのだ。
「ここまで来て!」
「あのバカの期待に応えられねぇの俺たちは!」
逃げれる機会を自ら捨て、その上でこの相手だけは止めなければならないと奮起し挑んだのだ。
その抵抗の結果が、あまりにも無惨な結果で示される。
この星に広がる様々な法則を駆使して生み出された最強の精霊。
それを前に彼らは勝つことは愚か足止めさえできなくなってきている。
「…………………………」
「っ」
「う、おぉぉぉぉ……!」
もはや一歩たりとも動けぬ者。
動けはすれどそれ以上の抵抗はできそうにない者。
そして今なお抵抗の意志はあれど、冷静な思考がこの戦いの結末を訴える者。
彼らはみな、敵を睨んだ。
せめて、せめてそれだけはしなければならないと。
たとえ数分後には敗北するとしても、それまでの時間を稼がなければならないと、誰もが決意を秘めた瞳を晒し、
「なるほど。曲がりなりにもあのお方が足止めの任を任せただけのことはあるということか」
「え?」
「なに?」
「お、お前は!」
そんな彼らの前に彼は現れる。
「だが役不足だ。君達ではそこどまりだ。代わるといい」
狂信者ギャン・ガイア、彼は傲慢極まりない態度で現れると、威風堂々とした足取りで前に進み、
「馬鹿! 一人で相手して勝てる相手じゃ!」
誰かが慌てて叫ぶことなど露知らぬ様子で撃ちだされる杭と迫る魔獣に真正面から対峙。
「君らこそ忘れたか? いや知らない者もいるのか。僕の力、それは」
その直後、知らぬ者は知ることになる。知っていた者は思い出す。
「神器による抵抗など意味を成さない。全てのものに、等しく死を与える!」
彼の力こそ、この戦いにおける突破口。
史上最強の精霊にとっての鬼札。
唯一の天敵であるのだと。
そして――――――その事実を示すように杭が、精霊王が手にしていた剣と盾の神器が消滅した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
やってきた伏兵。
話通り精霊王の天敵となる狂信者の登場により戦いは一気にクライマックスに向かいます。
次回、完結編
それではまた次回、ぜひご覧ください!




