道のりに栄光を 二頁目
いつから異変を感じたのかまではわからない。しかし彼は確かに感じたのだ。
「この状況はおかしい」と。
攻撃が当たらないという結果を不審に思ったわけではない。その前の段階、ガーディアと己の選ぶ攻撃の種類に、奇妙な違和感を覚えたのだ。
端的に言えばそれは、シュバルツが訝しんだ通りの事柄。
ガーディア・ガルフが使う手札の偏り。そしてそれに対処する自分の攻撃の形や対処。
なによりいくら手加減していたとはいえ、ガーディア・ガルフがやってくるまでの間に、有象無象を一人たりとも仕留められなかったという信じられない事実。
「…………」
それらの出来事を重ね合わせ、彼は選択した。
「覇王の両斧!」
神器を使用するという選択したのだ。
そうして現れたのは長さの違う二本の斧。
真っ黒な持ち手に両側についた分厚く、なんの装飾もされていない無骨な鉄の刃。それらの尾には鎖がつながっており、唯一の差別点として一方は二の腕程度の長さ。もう一方はその倍以上のリーチを備えており、軽く振っただけで地面を裂いた。
すなわちシュバルツの通常攻撃以上の斬撃を、彼は今、無造作に撃ちだしたのだ。
とはいえ、実のところさしたる期待をして彼は神器を取り出したわけではない。
数多の事柄に対する耐性を持つことで神器同様あらゆる能力に対応でき、究極と言われるほどの硬度にしても自身の肉体が勝っている彼にとって、実のところ神器の有用性はあまり存在しない。
いやむしろ、自身の身よりも脆く、両手の指ほど器用に動かせないそれらを使うのは、彼にとっては弱体化であると言ってもよい。
しかし現状を打破する可能性がどこにあるのかも不明瞭な現状ではできる事からするしかないと彼はそれを取り出し、
「刃に糸」
「………………ほう」
けれどそんな彼のあまりにも低い期待に反し事態は転がる。
明確な違いとして現れたのは、瞬く間にガーディアの背後に展開された十万のナイフと、最強の動体視力を持つ彼でも視認しにくいほど繊細な糸の群れ。
「はっ!」
「ッ」
直後に起こった衝突の結果も明らかに違う。
先ほどまでのウェルダは、熾烈な衝突の末、一手先を行かれ攻撃を食らっていた。
しかし今の、神器を掴んだ彼は違う。
打ち出された十万のナイフ全てを、二本の斧を交差させた一撃で全て吹き飛ばし、自身の体を下に引く糸の圧力も易々と押し返し、追撃に迫るガーディアの無数の攻撃は両斧で一つ残らず潰す。
そのようにして反撃を行った際に生じた衝撃波はガーディアの逃げ場を丁寧に潰していき、ウェルダが渾身の一撃を撃ちだそうとすると、ガーディアは慌てて後退した。
「さっきまでの威勢はどうした?」
そこまで徹底しても、ガーディアは合わせ鏡が打ち出した渾身の一振りを完璧には躱しきれなかった。
その事実を表すようにガーディアの頬に一本の赤い線が迸り、流れ出た血が薄汚れた服だけでなく、色とりどりの花が敷かれた地面に伝う。
それはこの戦いが始まって以来初めて見せた人類史上最速の負傷であり、
「まだだ」
だがその事実を前にしてもガーディアの表情に恐れはない。
右手の親指で軽く拭うと、その瞳に白い炎を宿しながら前進。
耳を貫くような轟音が戦場に木霊し、続いてウェルダの視界を塞ぐように白い炎を掌を振り回して展開。
光を置き去りにする速度に変幻自在の動きを可能にする炎の噴射を交え、瞬く間にウェルダの全身に数多の斬撃を叩きこんでいく。
「下らねぇ」
ウェルダの全身からまたも黒い煙が生じる。
それにより彼は自身の体にこれまでにない重さを覚えるが、なおも余裕は消えない。
優れた動体視力を駆使し、敵対する唯一の障害をしっかりと捉え、斧を振り抜き斬撃を当てる。
「ッ」
「万策尽きたってとこか?」
あふれ出す血潮が、どれほどの深手を負ったのかを彼に知らせている。
それまで続いていた優勢な状況は瞬く間に彼方に消え、ガーディアが肩で息をする。
「…………ちっ」
「なんだと?」
が、そこで彼は見ることになる。
それほどの傷から時間をかけずに脱する彼の姿を。
その方法が何らかの回復術技を用いたものでは断じてない。なんらかの能力を用いた奇妙な光景であることを。
言ってしまえば、攻撃が当たったという事実自体をかき消したように、傷跡が消えたのだ。
「概念系か」
その光景を目にしてウェルダもまた康太達と同様の答えに至り、
「……まぁ関係ねぇわな。耐性をぶち破ってきてるとこだけは気になるが、粒子を使う以上限界はある。なら」
「……」
「限界まで切り続ける。それで終わりだ」
言葉と共に、その姿を消失させる。
ガーディアと同じ、光を置き去りにする速度で動き出す。
「逃げるだけしかできねぇってなら」
そうだ。数限りないほど黒い煙を立ち昇らせ、全開時と比較すれば三割ほどの力を失っているが、ウェルダの絶対性に揺るぎはない。
打ち出される一撃は変わらずシュバルツの膂力を上回り、反射神経は誰にも届かぬ領域に。
瞳から発せられる炎はそれまで通り白い砲撃を相殺し、自慢の肉体の硬度は凄まじく、痛みなど感じないというように前進を続け、己が手を邪魔者へと伸ばす。
「プロミネンス・D・フェーリー!」
秒間二万を超える斬撃の応酬に合間合間に打ち込まれる殺意の塊たる黒い液体。それに重ねるように残り少ない足場を奪う発動する瞳術は、ガーディアの余裕をこれまで以上の速度で奪っていく。
「――――――ふっ」
はずなのにガーディアは包囲を抜ける。
いや、いつの間にか抜けられるような布陣になっているのだ。
これは神器を手にして初めて気が付いた事実だが、彼が作り上げた包囲網の一部が、元々なかったかのように消されているのだ。
本当に狭い範囲、それこそ一目見るだけではわからないくらい僅かな量の黒い炎が消され、そこを通り彼はウェルダの顔面に攻撃を入れているのだ。
「―――――」
その事実を認識して、ウェルダは悟る。
「いつからだ。いったいいつからだ」と。
自分が目の前にいる邪魔者の術中に嵌り、知らぬ間に相手の思うがままに戦いを動かされていたのはいつからであるか、と。
「この世界を形作った原初の一。全ての始まり賢者王」
「!」
「奴はあらゆる神を殺したが、十の属性を司る神だけは殺せなかった。だが」
そこまで思考が到達すれば、持てる全てを駆使することに迷いはない。
もはや自分は騙されはしないという確信を持った彼は魔方陣を足元に敷き、十の色が虚空を満たす。
「『殺せない』からといって『放置』したわけじゃねぇ。それを最低限とはいえ管理する方法くらい、編み出してはいた」
そして彼は告げるのだ。数多の召喚術
「精霊王」
十の属性神すら従えた最強の精霊の名を。
「――――――――!!」
その瞬間この世界に顕現したのは、向こう側を見渡せる半透明な体を得た巨大な影。
虚ろな目に糸で縛られたかのように閉じた口。燃え盛る炎を示すように空へと向け伸びる髪の毛を蓄えたその存在は、背には真っ白な剣を。右手には円形の茶色い盾を。左手には水色のボウガンを持っているのだが、驚いたことにその三つは全て神器である。
「完膚無きに叩き潰す。お前の痕跡は、この世界から跡形もなく消し去る」
直後に告げられる絶対者が下す審判の言葉。
それを聞きガーディア・ガルフは悟る。
ここまでだ、と。
あらゆる努力、あらゆる術を尽くしても自分はこの壁を超える事だけはできないと。
「…………そうか」
だからこそ彼は乞うたのだ。
人生で初めて、恥を忍んで頼んだのだ。
「感謝する」
そう発すると同時に精霊の王が持つボウガンからガーディアの体を潰せる勢いと大きさの矢が放たれ、
けれど彼は動かない。いや、動く必要がない。なぜならば
「あぁ?」
今の彼は一人ではないのだから。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
遅くなってしまい申し訳ありません。
一回分を空けての投稿です。
さあ戦いはついに最終ラウンドへと近づいていきます
最強の精霊の出現
ついに明かされるガーディア殿は得た最強の能力
そして最後の対戦カード
長かった三章の完結はすぐそこです!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




