白黒猛襲
康太とクライシス・デルエスクを中心に、幾人かが自分達や戦場で今なお怒っている異変の正体に頭を傾けるが、最前線で鎬を削る両者にとってそのような事実は知った事ではない。
「蠅みたいに飛び回りやがって。さっさと潰れろ」
「私が蠅だとして、潰れろと言われて潰れるような蠅はいるまい」
触れれば勝敗が決する一撃必殺の拳はどれほどの攻撃を受けようと変わらず打ち出され、最速の足と変幻自在の攻撃もまた呼吸する暇さえ惜しむように放たれる。
「当たらねぇか。それなら、だ」
およそ五分、回数にして千万を超える神速の攻撃が神器さえ上回る硬度の肉体に叩き込まれ、それに反し一撃必殺は一度たりとも当たりはしなかった。
その結果を煩わしげに思いながらもウェルダは認めた。
心底残念で腹立たしい事実であるが、どれだけ拳を打ち込もうと、自身の大本となった男にそれが当たることは絶対にないと諦めた。
「黒雛」
「っ」
であれば戦いの様相を変えるのはさほどおかしなことではなく、それを示すように彼の右の瞳を覆う黒い炎が一際激しく燃え上がる。
そして――――――世界が燃える。
ガーディア=ウェルダが見つめていた先の空間。ほんの一歩前にガーディアがいた場所に真っ黒な華が轟轟と咲き誇り、それが二度三度と続く。
「おねえ様。あれって!」
「魔眼……いえ、様子を見るに瞳術の類かしら?」
突如現れた炎をガーディアは得意の変幻自在の軌道で躱したため、どれほどの威力と効果があるかまではわからなかったが、何もない空間で数秒の時を経ても変わらず燃え続けるそれは、見ている者達の胸に不吉な予感を抱かせた。
「逃げ切ってみろ。できるもんならな」
それだけで攻守は勢いよく切り替わる。
肉弾戦という土俵では圧倒していたガーディアは回避に徹することを定められ、そんな彼を嘲笑うように次々と咲く黒い炎は彼の周囲の世界を侵食。それがどのような意味を示すのか、すぐに気が付いたのはガーディアではなく、戦いを見守る観戦者たちの一部である。
「逃げ場が!」
確かに彼らには効果や威力がどれほどのものかはわからない。
しかし発動条件が見つめることであることは誰の目でも明らかであり、『凄まじい動体視力を相手にガーディア・ガルフはよくぞ避けられるものだ』と多くの者が感嘆の息を吐くが、その表情は撃ちだされる炎の意味を理解し青くなっていく。
黒く分厚い漆黒の炎が放たれる本来の役割、それは檻だ。
一秒の間に数百回撃ちだされるそれらは、何もない虚ろな空間や色鮮やかな花咲く地面を瞬く間に埋め尽くし、天地を見知った庭の如く駆けまわっていた史上最速の足を鈍らせる。それにより咲き誇る炎の華が追従する精度は勢いよく増していき、
「コロナ・D・イレイザー」
一瞬、『刹那の瞬間』という言葉でも足りないほど僅かな時間ガーディアの足が止まった瞬間、掲げられた右腕の掌に黒い火球が形成される。
それは銀河を集約した一撃さえ一方的に蹂躙した威力と、多くの者の目で捉えられない速度を秘めたものであり、幾人かの口から腹の奥から絞り出したような声が発せられ、
「闢光」
それから一切の間を置かず、彼らは見ることになる。
自分らを圧倒した魔王に一歩も引かぬ奮闘をする皇帝の座。彼の髪の毛が瞬く間に白くなり、その右の瞳が魔王の黒に相反する色。すなわち髪色と同じ白い炎を帯びていたことを。
「!」
周囲の音全てを支配するような、大砲の轟音を何倍にも増幅させたものが耳に響いたかと思えば、ウェルダの掲げていた腕が真上へとかち上がっており、火球は空の彼方へと消えていた光景を。
「テメェ!」
「どうした? この力は私のうちに眠っていた君とて知っているはずだが?」
これにより再び形勢が変わる。
逃げ回り続ける事しかできていなかったガーディアは進行方向を前へと変えると草木を強く踏み大地を駆け、ウェルダの右目が行く手を遮るように漆黒の炎を飛ばす。
それに対抗するようにガーディアの右目も轟音を発する炎を撃ち込み、結果的に二人の放つ炎は対象に届くよりも早く虚空で衝突。
白と黒がぶつかり、混ざり、その果てに消える。それが幾度も続き二人を包む世界が数えるのも馬鹿らしくなるほど揺れた結果、
「曲刀」
弧を描き三日月の如き刀身を備えた神器を片手に、再びガーディアが合わせ鏡となる男の真下に潜り込む。
「プロミネンス・D・フェーリー!」
そこから再び熾烈な攻防が繰り広げられることになるが、それは先ほどまでの体術だけを用いたものの比ではない。
強烈な瞳術は両者の手が届く範囲にまで迫ってなお発動され、更にウェルダは炎属性の粋を活かした扇の一つ。万物の悉くを溶かしつくす黒い溶岩の名を告げる。
それは他の者に使ったように一度で終わることなく、殴打の合間合間に挟み込まれ、時にガーディア自身を滅する鞭として、時に燃え続ける炎と共に逃げ場を奪う膜として、行く手を阻み、
「…………!」
負けじとガーディアも対抗するのだが、放たれる黒い華の対処だけで互角な状況で、腕を媒介にせずとも周囲に散る黒い溶岩の対処までは間に合わず、自身が動ける範囲が瞬く間に減っていき、
「終いだ」
体に刻まれ続ける無数の小さな裂傷。その結果生じる力の減少。
それを代償として受け入れたウェルダは、一秒ほどの時間をかけガーディアが逃げるだけの空間を奪い、ガーディアが生い茂る花畑に片膝をついた瞬間、右腕の掌をそちらに向け、真っ黒な死の塊を打ち込む準備を開始。
「闢光」
無論そんなことは許しはしないとガーディアの瞳が白い炎を帯び、その腕を真横へと弾く。それでもやはりウェルダは怯まず、次いで頭部へと向かい撃ち込まれた回し蹴りは、鉤爪の形に変化した神器で絡め捕り軌道をずらすが、その展開をウェルダは予想しきっており、
「黒雛!」
白い炎の砲撃と変幻自在の神器を消費させ、他の何かをさせるよりも遥かに早く、必中の意を込め己が瞳術の名を告げる。
「!」
しかしそれを遮るものがあった。
神器ではない。着ている衣類などでもなければ、もちろん瞳術でもない。
「君がやたらと壊してくれたおかげだ。『見たものを燃やす』なら、こういう対処だって可能だろう?」
彼の策を打ち破ったのは、これまでの戦いで砕いた凄まじい強度の大地の破片。
それはガーディアの体を隠すよう、ウェルダがその瞳で見つめる光景を即座に埋め尽くし、
「実践経験の不足が目立つな」
黒く燃える大輪の華が真正面に咲き、それでも冷静さを失うことのないガーディアがさらに一歩前に接近。舌打ちしたウェルダの肘が振り下ろされるよりも早く右手人差し指でウェルダが放つ瞳術の発生源。すなわち今なお黒い炎を纏う右目を指さし、
「虎砲」
淡々と発せられた言葉と共に撃ちだされた、超圧縮された練気による衝撃波。
それは彼の者の右目を貫き、後頭部を抜け、世界の果てへとまっすぐな白と橙の線を奔らせた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
シーンは再び両者の死闘へ。
使われる手札は単純な肉弾戦から、属性粒子に練気と増え、熾烈さが格段に増します。
この光景を見る観戦者は何を思うのか?
次へ続きます
それではまた次回、ぜひご覧ください!




