古賀康太の疑惑
「―――――――!?」
「目を覚ましたようだな。安心したよ。さて、寝起きに突然の依頼で申し訳ないが、君の直感はとても便利だ。死地圏内から逃れるために有用だ。悪いが馬車馬の如く働いてもらうよ」
康太が目を覚ましたのは数多の猛者をぶち抜き一番最初であった。血に濡れた大地から少々離れた位置で目を覚ました康太は、『自身が攻撃の余波で頭をぶつけ気絶していた』という、あまりにも情けない醜態を晒していたことを思い出し額に手を置いた。
この時点では康太は自身の記憶に何の疑いも持たなかった。信じられない気持ちはあったが、それは自身の愚かさに対してであったのだ。
その疑いの色に変化が出るのはそれから数分後。仲間たちが次々と復活していく様子を見届け、自分の側にやってくる度であった。
「あっぶねぇ。死んだかと思ったぞ!」
「ギリギリ、本当にギリギリ間に合ったというところだ。ガーディア・ガルフに感謝しなければな」
それまで血だまりの中で凄絶な表情を浮かべ死んでいた義兄弟が、そんなことはなかったというような様子で戻ってきた。
炎の塊に体を貫通されていたレオンや那須が『自分たちは死んでなどいない』とでも言うような様子で自分の側にまで後退する。
「エルド……」
「どうした康太。顔色が悪ぃぞ? なんか変なもんでも食ったか?」
「………………いや、何でもねぇです」
「?」
体中の至る所を挽肉にしていたエルドラが、それ等の傷を癒すと、そんな悲惨な目になどあっていないような態度で自分の側にまでやってくる。
実際に本人たちにその記憶がないのだと気が付いたのは、それからすぐの事。
復活する面々の周囲に散っていた血しぶきが、どれもこれも跡形もなく消え去っている様子と、本人らに尋ねたことで明らかになった。
「夢でも見てるみたいだ」
実際のところ、各々が死ぬ瞬間を忘れているとして、それが悪いことであるとは思わない。
ただそれでも、このような不可解な出来事が起きている理由は知っておかなければならないと、康太は考えた。
ガーディアが褒めたたえた直感が、今、ここで、見ている不自然な光景の正体を知るべきだと訴えかけてきていたのだ。
「…………康太」
「これは、どういう事だ?」
「ゼオス? レオンさん?」
「気のせいならいいんだ。だが、なんか不自然な事が続いてないか? 具体的には記憶の忘失が目立つ。あと戦場が心なしか綺麗な気が」
幸いにも康太と同じ違和感を抱いたものはいくらか存在した。そしてこの時点で康太はある共通点を見出した。
「神器使い、か」
「なに?」
「現状に不可解な印象を抱いているのは、どうやら全員神器使いみたいっスね」
エルドラや蒼野。それに優やアイビスなどは、この不可解な光景を何度見ても疑問を抱いた様子がない。
戸惑いや困惑、疑問を抱き、自分と同じように考察をするのは、神器使いに限っているのだ。
「能力の類か…………あ」
となればこの現象の正体を大きな枠組みで当てはめることができるのだが、同時に康太の頭によぎるものがある。
「どうした康太君?」
「俺は…………この状態に陥ったことがある!」
思い出したのだ。この奇妙な感覚をかつて味わった時の記憶を。
その詳細を思い浮かべると彼は体を急いで後ろに向け、
「デルエスクさん」
その記憶を共有しているであろう唯一の人物。
かつて賢教でガーディアと大立ち回りを演じた、賢教を裏で支配していた男に語りかける。
「ん?」
「あんたにも覚えがないか。この不快な感覚を。いや、あるはずだ」
「何を言っている?」
「……賢教のど真ん中もど真ん中で、以前オレ達はあんたと戦いました。その際の顛末を覚えていますか?」
「無論だ。馬鹿げた話だが、突如ガーディア・ガルフがやってきた。そして負けた。私の人生で、間違いなく一番の失態だ。それがどうした?」
「あの戦いの結末を、オレを除いた四人は、自分たちが行った奇跡的な連携の末の勝利だと思ってます。今と全く同じように、偽りの記憶に喜んでいるんです」
彼は康太の話に対し最初こそ訝しげな顔をしていたが、肝心要の重要部分を話すと表情を曇らせる。そして一歩二歩と前に出ると康太の側にまで近寄り、真横に腰を下ろし、
「で、デルエスク殿?」
「すまないエルドラ。少し彼と話をさせてくれ。これは――――おそらく俺達にとって重要な分岐点だ」
自分と比べれば幾分か格下の少年を、この物事における対等な話し相手とみなしそう告げる。
「手伝えることはあるか?」
「……二人の戦いをよく見ておいてほしい。他の者とてそうするだろうが、優れた動体視力を持つ君の意見がどこかでほしくなるはずだ」
次いでエルドラに対しそう告げ、ガーディアに命を救ってもらったシュバルツがやってくるのを見届ける。
その直後、エヴァを背後に置いた二人の『果て越え』がその視線を交差させ、数十メートル離れた位置にいる戦士たちの身に届くほどの熱気を放ち、
「ふぅ~。ここで先手をとられりゃ一気に形勢不利だっただろうからな。そうならず済んで安心したぜ」
人間体サイズにまで体を縮めたエルドラは、顎下に溜まっていた汗を拭い取りながらそう告げる。
「なんだ? 今、何があった?」
「何?」
その一方で戸惑いの声を上げる者がいた。
「目の錯覚ではないと思うんだ。瞬きだってしてない。だから見間違えではないと思うんだが、ガーディアの奴の頬にぴったりと張り付いていた拳がな、いきなり頭一つ分ずれた位置に移動したんだ。まぁあいつならなんだってできるだろうが、それにしても不思議な動きだった。いったいどういう原理だ?」
それはつい先ほど彼らの側にまでやってきたシュバルツであり、彼は今、エルドラと全く違う見解を述べたのだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
遅くなってしまい申し訳在りません。ちょっと仕事の疲れが目立っていたので、長めに休息を取った結果です。そのせいで少し短めになってしまいました。
さて今回の話は前回告げた通り生き延びた面々の身に起きた不思議な出来事について。これについてはもう少し考察やら理由の説明をするんですが、次回は二人の『果て越え』の戦闘に戻ります。最終決戦の肝はそっちなので。
なお、能力の正体に関しては今の時点だと答えはわからないと思います。
何が起きてるかはわかるが、一番重要な根本にはたどり着かない気がします。
それではまた次回、ぜひご覧ください




