古賀蒼野とゼオス・ハザード 二頁目
空間移動を使った様子はない。にもかかわらず十数メートルを瞬き程の間に詰めた事実に狼狽する蒼野。
「……その技を使えるのが自分だけだと思っているのか?」
「っ!」
迫る一撃を躱し、耳障りな言葉を聞きながらも追撃が繰り出される前に蒼野は風玉で距離を取るが、
「……無駄だ」
間を置かずにゼオス・ハザードは風玉による急な方向転換と同じように足元で勢いよく炎を噴射、蒼野へ肉薄。
「っまだだ!」
しかしそこでゼオスが大きく踏み込もうと一歩前に出たところで、真下から風の刃が発生しゼオス・ハザードの右太ももを貫通。
それを見た蒼野が回避に徹していた状況から攻勢に転じ、逆に前へ踏みこみ大きく剣を振りかぶる。
「……くだらん」
だがそれでも、ゼオス・ハザードは一向に止まらない。
右足に力を込める事で勢いよく血が出ているのだが、奔る痛みを無視して蒼野同様に大きく踏みこみ、怨敵へと刃を向ける。
「ぐっ!」
自身が攻撃を届かせるよりも早く、浅くだが胸を斬り裂いた刃の痛みに苦悶の表情を浮かべる蒼野。
するとゼオスは蒼野が痛みで思考が鈍ったその隙をつき追撃。
太ももに刺さった刃を自身が持つ剣で斬り落とし、蒼野が逃げる暇を与えず足ばらいで体勢を崩し、全体重を乗せた肘鉄砲で蒼野を吹き飛ばした。
「……この十日間で何やら小細工を覚えたようだが諦めろ」
「あ、ごぁ!?」
「……貴様では俺からは逃げきれん」
ほんの少しの間に見せつけられた力の差。
自身の十日間の特訓をさして苦労することなく攻略する自身と同じ姿をした剣士。
それを前にして蒼野は項垂れるが、
「なんで……」
「……?」
「何でお前は俺を殺そうとするんだ?」
そんな状況でも胸中を埋めるのは一つの疑問。
自分と同じ顔をした男が自分を殺そうとするその理由だ。
「…………」
だが蒼野の必死の叫びは男には届かない。
力なくうなだれる蒼野に対し彼は油断や慢心をせず一歩ずつ近づき、首に狙いを定める。
「何でだ!」
風玉を使い距離を離す蒼野を無感情に眺める蒼野。
「……落陽」
そんな彼を目にしたゼオスは紫紺の炎を纏った剣を地面に叩きつける。
すると紫紺の炎は彼らのいる円形の戦場一帯に広がり、ほんの少しの間を置いて地面から風の刃が出現する。
「なっ!?」
「……これで邪魔は消えた」
次いで行われた刃の一振りで紫紺の炎が奔り、右へ大きく迂回をして逃げようとする蒼野の道を防ぎ、蒼野が距離を取るために別の方向へ目を向けるが、
「……ふっ!」
「っっっっ!?」
炎に目を向け動きを止めた一瞬の隙にゼオスが肉薄。
それに気づいた蒼野が心臓目がけて迫る突きを風玉で空中に跳ぶことで逃げるが、攻撃を完全に避けきることはできず漆黒の刃が右足に深く刺さる。
「リバーッ!」
「……させん」
「うお!」
機動力を失うことを恐れた蒼野が半透明の丸時計を展開させようとするが、そうはさせまいと炎で作った刃が投げられると、能力を展開するのを諦め風の刃で撃ち落とす。
そうして危機を乗り越えてすぐに真横にチラリとだが映った男の姿に神経を集中させ、首へと向け撃ちだされた一撃を屈んで躱し、その反撃として風属性の粒子を纏わせた突きを放つ蒼野。
「……無駄だと言ったはずだ」
だが蒼野渾身のカウンターは片手で軽く刃を掴まれ、驚く蒼野が身を僅かに硬直させた隙にゼオス・ハザードは彼の腹部を乱暴に蹴り飛ばす。
「クソッ、クソッ!」
蹴られた衝撃に吐き気を覚えながらも空中で体勢を整え、両足でしっかり地面に着地するが、前を見れば紫紺の炎を纏った刃が既に自身へと向け迫っている。
「答えろよ! 何でお前は!」
「……紫炎装填」
剣を構え刀身に紫紺の炎を大量に纏った状態で振り下ろされた一撃を正面から受ける蒼野。
「俺を狙う!」
「…………」
蒼野の叫びが終わると同時に一呼吸の間に両者が百を超えるほどの剣戟を繰り返し、その果てに一瞬の隙を突いたゼオスの刃が右肩を抉る。
「右腕が!?」
続けざまに迫る一撃を防ぐため腕をあげようとする蒼野だが、思うように腕が上がりきらず動きが止まれば、
「……ふん」
大振りで振り下ろされたゼオス・ハザードの追撃が、腕を上げ切れなかった蒼野の体を袈裟に斬り裂く。
その一撃で全身の力が抜けていき膝をつく蒼野であるが、この距離に留まったままでははまずいと考え風玉を用い背後へ後退。
再び接近を試みるゼオスだが、一歩踏み込んだ瞬間に左足を貫いた一撃を前にして動きが止まる。
「こっちは……ただ普通に生きてきただけだってのに、ひどい事しやがる」
両足の傷を瞬時に直すために特注の傷薬を塗るゼオスを油断なく見ながら、時間回帰で傷を治す蒼野。
そうしながら愚痴るように彼は小さな声でボソリと呟き、
「……それが理由だよ」
「え?」
その言葉を耳にしたゼオスが、これまでの感情を感じさせない声とは違う、熱の籠った声で蒼野に返事をする。
そうして思わぬタイミングで返事を返された事に驚いている蒼野が見ている前で、全身の力を足に集中させ一歩踏み込む。
「なんっ!」
それはまるで映像と映像の間を無理矢理抜き取っているかのような光景であった。
二十メートル程離れていた両者の距離がたった一歩で埋められ、紫紺の炎が纏われた右薙ぎ払いが蒼野の体目がけて襲い掛かるが、蒼野はそれを寸でのところで回避。
「……俺はお前の人生が妬ましかった」
「?」
「……お前は捨て子だったらしいな。俺も同じだ……最もその境遇は全く違ったようだがな」
「……俺の記憶の始まりは高架下での暮らしだ。毎日ゴミ箱を漁る日々だ」
その後繰り広げられる両者の手にする剣による百を超える衝突で、火花が散る。
結果膂力の差により蒼野は徐々に追い詰められていくが、蒼野は風玉を使えない。いや使う事ができない。
ゼオス・ハザードの言葉、つまり彼を殺す動機を聞くことに意識の大半を使い、残る力で攻撃を必死に捌いているのだ。
「……そんな生活がいつまでも続くはずがない。力のないガキだった俺は、大人達の暴力によって打ちのめされた。そして勝つため、いや生き残るために力を付ける必要があった」
同じ捨て子とはいえ、蒼野は愛されて育ったと自負している。
シスターに拾われ孤児院で過ごし、兄弟に恵まれた事で毎日が充実していた。
その間、この男は本当に命がけに生きてきたのだろう。
それはわかる、少し話を聞くだけで、言葉の端々に乗せられた感情が蒼野の胸を締め付ける。
だがわからないのだ。事ここに至っても何故自分が狙われるのかがわからない。
「だから俺は力を付けた。世界中で忌み嫌われている狂犬に付き従い、生きるために人を殺す力を得た。そして生まれた時から持っていた能力を用い、暗殺者として生きていく道を選んだ」
「う、お!?」
蒼野が手にしていた剣の刀身が炎に焼き尽くされ、防御のない蒼野の顎に刃ではなく蹴りを叩きこむ。
その重さに、蒼野の視界が歪んだ。
「……答えろ古賀蒼野」
立ち上がろうと足掻く蒼野だが平衡感覚が狂った状態ではうまく動けず、芋虫が地を這うように動き回る事しかできない。
「リバー」
「……なぜ俺とお前は同じ姿をしながらここまで違う」
能力を発動させる瞬間、それに割り込んで鳩尾に叩きこまれるゼオスの蹴り。
それを受けた蒼野の体がサッカーボールのように僅かな間空を舞い、次の瞬間には大地に叩きつけられている。
「……お前が孤児院で楽しそうに暮らしているそのときに、俺は暗く陰惨な裏の世界で生きるために手を汚していた」
再び立ち上がろうとする蒼野の腹部に抉るような蹴りがまたも叩きこまれ、声にならない叫びをあげながら蒼野はのたうち回る。
「………普通に暮らしていただけだとお前は言ったな?」
「おぉぉぉぉ!?」
「……俺はそれが欲しかった。普通に暮らして普通に日々が過ぎていく、そんな日々が欲しかった」
呼吸することにさえ苦労する蒼野の服の首元の袖をしっかり掴んだゼオスが蒼野を何度も殴り、鈍い痛みが蒼野の顔面を襲い続ける。
「あ、ぐぁ…………はぁ!?」
これまでのゼオス・ハザードの攻撃は全て、相手を殺す事に特化したものであった。
必殺を誓ったものからそれ以外のものまで、隙あらば首と心臓目がけ攻撃を放ち、相手を殺しにいっていた。
だが今は違う。
必殺の一撃を繰り出す刃は鞘に納め、繰り出すのはそこらの不良の如き、構えのない大ぶりな拳。
それらをどれだけ受けようと、痛みはあるが死にはしない。
だがそれは口には出さない怒りや悲しみ、それ以外の様々な思いを乗せたかのような攻撃で、蒼野の体だけでなく心まで貫いてくる。
「………………ぐ、おぉ……」
「……何故だ」
渾身の一撃を受け吹き飛んだ蒼野だが、平衡感覚を取り戻した事でゆっくりと、ゆっくりとだが立ち上がる。
「……なぜ俺とお前は」
そんな状態の蒼野に対し、自分と同じ顔をした少年が近づき、鞘から剣を抜き紫紺の炎を纏っていく。
「……逆でなかった」
か細い声が虚空に溶け、この戦いを終わらせるべく漆黒の剣が振り下ろされるが、蒼野は風玉を用い動かぬ体を無理やり動かし、その場から離れ片膝をつく。
「そんなの……そんなのただの八つ当たりじゃねぇか!」
蒼野の口から憤怒の感情と共に言葉が漏れる。
そんな理不尽な理由で殺されるわけにはいかないという思いが溢れだす。
「……そうだ。だがたとえそうだとしても、俺はもう胸に溜まったこのどす黒い気持ちを抑えきれん」
それを真正面から受けてなお、ゼオス・ハザードは自身の思いを肯定した。
数年、いや十年ほど前に一度だけ行った入れ替わり。
古賀蒼野が遠くで遊んでいるのを確認し、能力で侵入しどのような生活を送っているのかを体験してみたある日の出来事。
ほんの数時間の短い間だったが、それは彼の心に今も残る黄金色の記憶となった。
雑草生い茂る河川敷での暮らしとは違う、よく整備された芝生や話でしか聞いたことがなかった運動場での初めてやる球技。
命の危機を感じることがない平和な空間で、この世界は素晴らしいものだと語っているかのように少年や少女の笑い声が響いている。
そこには彼の望む全てがあった。
暖かな優しい声に同年代の人々の笑顔。
自分たちをゴミのような目で見ない大人に、殺意を感じない平和な空間。
そして何より、自分と共に歩んでいく仲間達。
そのどれもが同じ顔をした自分が得る事のできなかった代物だ。
そこまでならば耐えれた、耐えられたのだ。
その証拠にそれから十年間、蒼野はこの男に狙われることなく平和に過ごしていたのだ。
裏の世界で生きてきた自分が、表の世界で生きるものをうらやむのは滑稽だと、自らの心を騙しながら彼は生きてきたのだ。
「……ふん!」
だが蒼野がギルド『ウォーグレン』に入り、これまで以上に充実した生活を送り始めたという噂を聞き、彼は自らの心を騙しきることができなくなった。
同じ顔に同じ出生。
だというのに違いすぎる人生。
自分が裏で人の命を奪いながら必死に生きている中、目の前の男が自分が想像することすらできなかった幸福をどんどん得ていく。
きっと彼はこれからもずっと自分が得られないものを無自覚に手に入れ、自分は永遠にそれを知ることなく死んでいく。
そう思ってしまった瞬間、彼は蒼野を殺すしかないと考えた。
紫紺の炎を纏った剣を下段に構えたまま炎を噴射し、風玉で距離を離れている蒼野に追いつくと、蒼野の体を両断するべく薙ぎ払う。
「…………もう逃げるのはやめだ」
「……何?」
瞬間、ゼオス・ハザードが驚きの声をあげるがそれは蒼野の言葉を聞いたからではない。
これまで防戦一方だった蒼野が、彼の一撃を足で蹴り飛ばし、折れた刃のまま反撃の一撃を彼の腹部に直撃させ、彼を吹き飛ばした事に驚いたのだ。
「……貴様」
ゼオス・ハザードが体勢を整え再び動きだそうとすると、その間に時間を戻し全身の傷と刃を修復した蒼野が立ち上がる彼を睨み、
「俺は絶対にお前に勝つ!」
自らと同じ顔をした少年を指差し、現状を見れば荒唐無稽としか思えない言葉を口にする。
だが蒼野は、それこそが自らの使命だと信じて疑わなかった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で本日は見ての通り、開幕早々今回の戦いが行われることになったきっかけの提示。
いわゆる動機の説明かつ二人の実力差を語る一話でございます。
ゼオスの心情がどうしようもない気持ちをうまく表現で来ていれば幸いです。
そこら辺についてもぜひ感想を
さてさてですがこれは決戦のまだ序盤です。
これから二人は更にドンパチするので、見守っていただければなと考えております。
ではまた明日。




