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――――――


 エヴァ・フォーネスの歩んだ道のりは、本人の意思に反し熾烈な戦いの日々であった。

 長女を陥れた三女を謀殺した直後、彼女のもとにやってきた者達がいた。最初は警戒の色を強くし、すぐさま攻撃に移れるよう意識していた彼女は、しかしやってきたのが自分と同じ吸血鬼、しかもその目的が自分のような立場に陥ったものを救うために動いていると知ったところで態度を軟化。

 話を聞き、自分もその活動に加わることを決意した。

 それがより彼女を血と臓物にまみれた、冷酷で無情な人格に育て上げる茨道であるとも知らず。


「今回の救助者はあそこに匿われている。行けるか。エヴァ?」

「任せて。一応聞いておくけど、障害となるものの生死は問わないよね?」

「あぁ。派手にやってくれエヴァ! こりゃ俺たちの、正当な復讐だ!」


 彼女は初めて自分と同じ境遇にして心通う味方を得たのだが、同時にそれは戦いの日々に飛び込む事を意味していた。

 来る日も来る日も、彼女は仲間と共に同族の救出をするために尽力した。その過程で、ことあるごとに忌み嫌われ、虐待されている同族を見た。

 それを許し、行っている様々な種族を忌み嫌うようになり、助けた際に見せてくれる同族の笑顔を心の糧とした。

 戦いの最中に死にゆく同朋に対し謝罪の涙を流し、生き残り続けることで鋼鉄の意志を手に入れた。同族を殺める他者に憎悪を募らせた。



 十年二十年、百年二百年、千年二千年とそんな月日が経ち、彼女は身だけではなく心も化け物となった。


 そして、大願成就を成しえた。


「長い年月が経ったが、我々は全ての同族をこの場に集めることができた! そして安住の地を手に入れた! ここに! 永年続いた戦いの日々を終わりを私が告げる!!」


 多くの仲間を失った。慕っていた後輩。肩を並べていた同期。偉大なる先人。

 彼らを失い、その代償として同族の誰にも負けない強さと精神を得た結果、彼女は同族をまとめる長の立場になり、戦いの終結を告げることになる。


 これがおおよそ二千年前。勇ましく鮮烈で、宝石のように美しい輝きを放っていた、吸血鬼という種族全体を救った彼女の終焉である。

 なぜ『終焉』なのか?

 その理由は至極単純。それから先の彼女は『死んでいた』。

 肉体こそ滅んでいなかったが、果たすべき目的を終えた彼女は、それまで自らを支えていた精神的な支柱を失い、心穏やかではいられなかったのだ。


 何せ色々な責任や役割から解放された彼女の根本にある性格は、二十歳にも満たない少女のものなのだ。これまでやってきた使命を果たし、何もない毎日に放り投げられたとして、それに耐えることはできなかった。

 もはや、何にもとらわれず、自由を謳歌するだけの余裕などどこにもなかったのだ。

 そんな人間になってしまったのだ。


「復讐、か」


 その結果、煮え湯を飲まされ続けた同族以外に対し、熾烈で横暴な仕返しをしようと考えるのは当然と言えば当然で、


「いやダメだな。それだけはいけない。私は…………あいつらと同じにはならない!」


 その道を選ばなかったことは、多くの人々と本人にとって幸運であると言わざる得ない。


「眠ろう。何かあった時に、また戦えるように。今は…………眠ろう」


 吸血鬼の王にして姫君になった彼女が選んだ道は自身の保存。

 今は必要なくとも、先の世でまた自分に役割が回ってくると悟った故の選択。

 結局かつての彼女は、眠りにつくその時まで、戦の香りから自分を救い出すことができなかった。




 そして奇跡は降りかかる。




「すんませーん。ちょっといろいろあってやってきたんですけどー、まあ過程とか面倒ですから中入りますねー」

『は? お前何言って』


 千年後、あまりに強大な力。すなわちガーディア・ガルフの登場により目を覚ました彼女は、自分が集めた同族が無事に生き延びていることを知ると、力を集めるために潜伏。

 借宿として不法占拠を行っていたその場所で、数奇な運命に導かれ出会うのだ。


 自分を問答無用で振り回してくれる存在に。

 忘れてしまった、否、経験できなかった青春を、味合わせてくれる存在に。

 

 その日々は夢のような出来事の連続だった。

 かつて経験できなかった、心のどこかで憧れていたが忘れていた生活。

 馬鹿みたいに笑い、馬鹿みたいなことをする毎日。

 役割も何もなく無理やり引っ張られる腹が痛くなるほど面白い人生。その日々に彼女は笑い、その割に涙を流した。


 アデット・フランクの死に。殺めてしまい絶望する愛する人の姿に。


 それからの彼女はある決意を秘め、常に愛する人の側にいた。

 いついかなる時だって、彼を救うために頑張ってきた。


 頑張って頑張って頑張って頑張って――――――


「大丈夫。大丈夫だ」


 その果てに、敗北を喫した。


「今度こそ、今度こそうまくいく。千年後は、きっと楽園のような未来のはずだ」


 とめどなく涙を流しながら、念じるように同じ言葉を発しながら、眠りについた。

 縋るように、愛する人との日々を夢見て。



 そしてその思いは千年経った今、こうして裏切られる。



 望む平穏はやってこなかった。

 手にしていた希望は零れ落ちた。

 長い道のりの末に奇跡的に手にした多くの仲間たちは、みな自分の前で死んだ。



 望んだハッピーエンドは終ぞ訪れることなく、彼女自身にも死神の鎌が向けられる。


「………………あぁ」


 その未来を逃れられないものであると理解し、大粒の涙をとめどなく流しながら、迫る『死の塊』を前に、彼女は呟く。


「そうか。いろんな人を殺したから。どれだけ頑張ったって意味がなかったんだ。私みたいなやつが救われようなんて、都合がよすぎたんだ」


 諦念により枯れた声を聞いても、ガーディア=ウェルダが足を止めることはない。彼はただ、無謀にも己に向かってきた挑戦者の一人を処理するために歩み寄り、



「―――――――――王子様なんて、いるはずがなかったんだ」



 最後の最後に、愛し続けた男の背中を幻視しながら瞼を閉じ、涙を流しそう呟く。


 そして――――音が鳴る。

 自身の命に終わりを告げる断頭台の音が、耳に届く。


「?」


 届くのに意識がある。痛みはない。それどころか自身を包む柔らかさと温かさがあり、


「エヴァ」

「え?」


 かけられた声を聞き、戸惑いの声を漏らす。瞳をめいいっぱい大きく開き心臓を跳ねさせる。

 瞳に飛び込んできた光景を前に、意識するよりも遥かに早く涙を流す。


「待たせて悪かった」


 困惑を示すのは、自身の腕をかち上げられたガーディア=ウェルダ。

 あまりの衝撃に声を上げられず、ただ呆然とするのはエヴァ・フォーネス。


 彼らの視線の先に彼はいた。


 『果て越え』ガーディア・ガルフはそこにいた。



 979話 エヴァ・フォーネスと彼女だけの王子様









ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


長かった死闘を経て、ついにこの舞台の主人公の登場です

まぁあれです。

ここまで長い物語の、一番大きなやらかしを抱えた大馬鹿野郎が、最後の戦いで挽回することなく寝てるなんてありえねぇってことです。


とはいえ戦いはここから一気に進みます。


『果て越え』VS『果て越え』


これまでの戦いのような、一方的な消耗戦。本質的には押され続けるだけの戦いとは大きく異なる『惑星ウルアーデ見聞録』きっての最強二人の戦いをお楽しみください


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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