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少女が秘めた夢風景


「あ」


 彼女の見ていた景色が終わりを迎える。

 鮮烈な、残っていた命の全てを出し切るような戦いの末、シュバルツ・シャークスは大地に沈んだ。


 彼女はその光景を幸か不幸か見届けた。遺言として残された言葉に従っている最中、本当に偶然ではあるが見てしまった。


 やがて自分と同じ役割を課せられていたアイビス・フォーカスが多少の抵抗の末地面に沈み、この場で目を覚ましている存在が己だけになった時、彼女は思い出したのだ。


 ずっとずっと、ずっとずっとずっとずっと昔の話。

 そう、彼女が今の姿通りの年齢だった頃、一万年以上前の話。


 大切だった人が四散し血に濡れた大地。鼻を突く死臭。それらが彼女に、忘れていた記憶を蘇らせる。


「……………………………………………………………………………………………………………………」


 映写機が延々と再生され続けるよう音が頭の奥で絶え間なく続き、思い出す。

 まだ自分が重すぎる宿命を背負う前。

 目に映る世界全てが綺麗で、愛と友情に支えられていて、汚れなどどこにも存在しないと、愚かにも信じていた時。


 そんな時代の彼女には夢があった。あまりにも幼稚で、今では誰にも言うまいと誓っていた夢。 

 唐の昔に忘れてしまった、淡い少女のほほえましい夢。


「……………………………………………………………………………………………………………………」


 そうだ。子供の頃の彼女は――――――お姫様になりたかった。


 白馬の王子様に抱かれ、花畑を共に進むようなお姫様になりたかったのだ。




 一万年以上前、ある高貴な家柄の次女として生を受けた。

 しっかり者で優等生の姉と、姉妹の中で最もかわいく、太陽のように明るい性格をした妹を持った彼女は、やや引っ込み思案で本が好きな大人しい子であった。

 彼女らはみな平等に父と母に愛され、地位もあるため多くの人らに良くしてもらえた。

 彼女が読む本というのもそのような人らから貰ったものも多く、彼女は多くの人に感謝を捧げ、幸福を願った。

 白馬の王子様に関与する夢も、本で見た知識から思い描いたものだ。


 彼女の足場が崩れ出したのは六歳の誕生日を迎えた直後。陽の光を受け入れられなくなった時。

 自身が当時、世間で忌み嫌われていた『吸血鬼』に突然変異でなってしまった時だ。


 後々の世において、吸血鬼への変異は血筋によるものだけでなく、その細胞の接種を偶発的に行った際にも行われるものであると知られたのだが、彼女の時代ではまだその点にまで至っておらず、血を吸い夜の闇を好み、衝動に身を任せ他者を傷つけ眷属を増やす彼らは、世界中で嫌われていた。

 最悪の場合は死を。良くて世間からの追放を定められた存在であった。


「大丈夫。大丈夫だよ。どんな風になったとしても、お前は私のかわいい娘だ」

「パパ!」


 彼女にとって最も不幸だったことは二つ。


 一つは、そのような存在になっても両親は変わらず彼女を愛してしまった事。すぐに世間から追放しなかったことである。


「助けてください! 父と母は洗脳されているんです!」

「こ、このままじゃ私たちも、あいつに従わされる奴隷になってしまうんです!!」


 もう一つは、それがしばらく続いた後、自分の正体を告げたのがなおも慕っていた長女と三女であったことだ。


 そしてそこから彼女の人生は地獄に直下する。

 まず第一に、吸血鬼をかくまっていた家庭ということで、彼女の両親は手にしていた地位の全てをはく奪され、人々の悪意に晒された。

 甘い汁を啜るために両親に接していた多くの人々は態度を豹変させ、もはや人権を失った両親は身も心も痛みつけられた。


 結果両親は死んだ。

 母は度重なるストレスで首を吊り、最後まで味方でいると誓った父は町の悪意の総意として、美しい景観が自慢の噴水公園で、十字に張り付けられた後、惨たらしく殺され、地面に沈んだ後に四肢を砕かれ嗤われた。


 その様子を涙を流すことなく憤然とした面持ちで見る長女。

 自分は選ばれた存在と思い、悦に浸った表情で見届けた三女。


 彼女らを見つめこの世界は醜いものだと少女は悟った。地獄そのものだと思った。

 その思いを一層強めたのはそれからすぐの事。


 自分の上に立つ長女を疎ましく思った三女が、持ち前の容姿を筆頭に、様々な手段で姉を娼婦にまで叩き落とした時のこと。

 その方法とは長女を『悪人』であると人々に信じさせるものであり、それに飛びついた人らは自身を『善人』側であると主張し、悪を挫くために必死になった。


 石を投げつけられ、泥水を啜り、鼠の血を啜る日々を送っていた少女は、それを見て答えを得た。


 つまるところ現世とは、『善を背負ったものが、悪と断じられた者を惨たらしく殺す』そんな世界であると思い至ったのだ。


 そしてその果てにあるものが力による一方的な蹂躙であると知り、何度目になるかもわからない恥辱と嘲笑い絶え、何度も行われた死刑を終えた後、彼女は動き出した。


 自分こそが絶対たる強者であろうと。

 あらゆるものを利用し、この町の住民を、三女を踏みつぶし、自由を手に入れようと。


 そう思う彼女の瞳に、もはや幼子の心はなく、


 となれば必然的に、かつて望んだ夢は存在しなかった。

 





ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


短くなってしまい申し訳ありません。

エヴァ・フォーネス過去編。前半部分です。おそらく次回で後編まで終われるはずです。

今回の話は彼女が荒んだ理由に当たるのですが、話に関わってくるのは最初に思い描いた夢に関して。


その意味がどのようなものか。

そして全滅必死の戦いはどうなるのか


大きな転換点となる次回へ続きます!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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