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全身全霊 五頁目


 それから少し、一分にも満たぬあいだに起きた出来事のことを語ろう。


 ありていに言ってしまえば、怪物に挑んだ挑戦者の抵抗の悉くが、意味の一つも生むことなく大地に沈んだ。


 康太の撃ち出した弾丸は二度と当たることはなく、クライシス・デルエスクが操る数多の神器による猛攻さえ意味のない終わりを迎えた。

 レインやアイリーンが必死に時間を稼ぎ体勢を整えようとするが、その思惑が発揮するにはあまりにも力の差があった。同じ地平線に立ってなどいないというように、振り払われた。

 多くの者たちの動きを学習して援護に努めるメタルメテオの努力は徒労に終わったし、比較的傷の浅かったエルドラも、他の者の援護に意味がない状況では到底相手にならなかった。


「無駄な喧嘩を売ってきたのはお前らの方だ。これも運命と諦めるんだな」


 そうしてあらゆる抵抗が終われば、待っているのは地獄のような現実だけだ。


 危険察知の結果、自分に死が迫っていることに気が付いた康太が警戒するが、そんなことに意味など無いと言うようにヘソから下が吹き飛び燃やされた。

 神器による多種多様な攻撃を受け、時折体から黒い煙を発するものの、その程度の抵抗に意味などないと告げるように彼の者は前進し、それ等の攻撃の大本であるクライシス・デルエスクが逃げられぬよう、首をしっかりと掴んだ上でで頭部を潰した。

 レインやアイリーンは持ち前の速度で逃げようとしたが、ヘルスの反射神経さえ上回り、なおかつ光速など目ではない速度で動く彼に適うはずもなく、即座に心臓を射抜かれた。

 次に狙われたメタルメテオはガーディア=ウェルダが一瞥しただけで炎に包まれ液体となるまで溶け、エルドラはラッシュの勢いに耐え切れず、『肉団子』なんて言葉がふさわしい姿に変貌した。


「さてと次はお前らだな」


 そう言って血と臓物で濡れた悪魔が首を回し視線を向けた先にいたのは、蒼野やアイビスなどの不死者の類であり、それほどの絶望に直面しても決して諦めはしないと、蒼野が剣を中段に構え、


「当たり前のことを聞くようだが」

「!?」

「この俺が不死者殺しの類ができないとでも思ったのか?」


 蒼野が反応し何らかの行動に移るよりも早く、さも当然という様子で心臓をくり貫く。それにより大量の血を吐いた蒼野は、すぐさま時間回帰を発動し傷の修復を行おうとするが、それができない。


「お前らも既に気づいてると思うが、俺は様々な行為や事象に対する耐性を持ってる。他の奴らとは比べ物にならないレベルのをな。そいつは普通なら守りに使うもんだが、攻撃に転じればこんなこともできるってわけだ」


 自身のうちに巡る耐性を、外に出し、相手の放つ様々な特殊な力を打ち消す凶器に用いる。

 ガーディア=ウェルダが行った行為は、言葉にすればそんなことで、その効果は確かに発揮され蒼野はどれだけ足搔いても自分が思うように力を行使できない。


 心臓を掻き毟るような動きを数秒ほど見せ、中身が飛び出るのではないかというほど充血した目を剥ぎ、涙を流し続けたかと思えば、彼は小刻みな痙攣を繰り返しながら大地に沈み、動かなくなった。


「わかってたはずだぜお前たちはな。俺に挑めば、こうなること」


 厳かな、全てを裁く絶対無敵の覇王の声が桃色の空に響く。それは決して大きなものではないのだが、生き残っていた全ての者達の耳に確かに届き、超一流の戦士である彼らは身をすくませる。理解する。


 目の前にいる存在は嵐であり、それと比べれば自分たちなどただの蟻であると。

 これからどれだけ策を弄そうとも、嵐である彼はビクともしないのだと。


「ここまで、か」


 そんな中、一人の男が立ち上がる。この戦いの発起人。すなわちシュバルツ・シャークスである。

 彼は手にしている神器の刀身を半分失いはしたが、失われた分の肉体を何とか補い立ち上がる。


「エヴァ。アイビス殿と優君を何とか死守しろ。それで、できるだけ多くの奴らを回復させて退け」

「え?」

「最初に命を失ったであろうゼオス君も、まだ死後五分は経っていない。今ならば魂は体に残ってる。まだ間に合うはずなんだ。だから諦めるな。この状況でも最善の一手を打て。お前にならそれができるはずだエヴァ・フォーネス」


 口から発せられる言葉は力強い。聞く者に勇気さえ与えられるだろう。


「や、ヤダ!」

「なに?」


 しかしその言葉に含まれた意味がどのようなものなのか、彼女は決して間違わない。だからこそ普段ならば絶対に出さないような幼子が縋るような声で友にしがみつく。


「頑張った。私たちは頑張った。お、お前だって頑張ったんだ。そうだろ?」

「…………」

「それでダメだったんだ。悔しいけどダメだったんだ。このまま戦えば、誰だろうと死ぬしかないんだ。あいつが自己再生を封じるほどの強力な力を持ってるなら、私だってそうだ!」

「………………」

「逃げよう。なぁ逃げようよシュバルツ。何をやっても死ぬだけならさ、逃げるしかないじゃないか。ありもしない希望に縋って戦い続ける必要なんて――――――ないじゃないか!!!!」


 そうして発せられるものは、普段の彼女からは考えられない色と言葉だった。

 浮かんでいた表情は見た目相応のものであり、金色の瞳からは大粒の涙が零れ続け、


「ハハ! お前がそんな顔をするなんてなぁ!!」


 そんな彼女の姿を見て、男は笑う。

 朗らかに。絶望に染まったこの場に、あまりにもふさわしくない空気を纏って。


「でも悪いな。どれだけ懇願されても、それだけは叶えられない」

「な、なんでだ?」

「この戦いを始めたのは俺なんだ。本来ならもっと簡単でもっと楽に終わる方法があったのに、俺がわがままを言って大勢の人を巻き込んだんだ。その俺が、全てを投げ捨てるわけにはいかない。拾えるものは全部拾わなくちゃいけないし」

「ま、待て!」

「命を賭けるなら、最初に言った通り俺が最初だ」


 最後までシュバルツに余分な力は入らず、体を縮ませる恐怖もなければ緊張もない。

 刀身の半分を失った相棒を握る姿に迷いはなく、まっすぐに目標を見据える。


「手伝いますよ旦那」

「ヘルス君?」

「今絶命して魂だけになってる子の中には差、俺が殺しちまったかっこいい漢の部下がいるんですよ。そいつらを助けるためなら、俺は命だって賭けれます」

「……すまない」

「謝らないでくださいよ。まだ何も終わってない。そうでしょ?」

「そうだな!」


 けれど腹部の大半を失い、口から血の滝を流しながらも隣に立ってくれる戦友を前にすると申し訳なさそうな顔を浮かべ、しかし返された言葉を耳にすると再び顔には炎が宿り、


「行くぞ!」

「了解!」


 二人の男が駆ける。自らの運命を半ば理解したうえで。

 彩り豊かな花道を駆け抜ける。


「ガーディア=ウェルダ!」


 全てを守るための攻防。その始まりを告げたのは死にかけのヘルスの打ち出した雷の砲撃だ。

 それは普段ならば決して見せない怯えた表情を見せる優へと向かっていたガーディア=ウェルダへ進み、けれど直撃するようなことはなく手の甲で一蹴。


「他の奴らの回復を頼む。ここは俺と旦那が受け持った!」

「う、うん!」


 シュバルツが欠けた人斬り包丁で決死の攻防を繰り広げる中でヘルスは腹部を抑えながらも彼女に役目を課し、それに従い優が動く。


「む、ん!」

「これまでと比べてもいい動きをするじゃねぇか。どうした? 心変わりでもあったか? それとも覚醒でもしたか?」

「ちょっとばかり、気合を入れなおした!」


 そのあいだ単身でガーディア=ウェルダの相手をするシュバルツだが、その奮闘はすさまじい。

 秒間一万どころか二万を超える多種多様かつフェイントまで入れられた攻撃の数々を完璧に捌き、返す刀で、半壊の得物を繰り、対象の体の至る所に攻撃を当てていく。


 たとえ万物万象を焦がす粉塵爆発を前にしてもガーディア=ウェルダのいる場所を奪い安全にやり過ごし、流体の黒い灼熱は全て紙一重で躱した。


「アブねぇ!」

「そうか。まだそいつがいたな」


 打ち出される黒い塊の数々は時にはヘルスが軌道を逸らし、時には雷の神が手にした剣で弾き飛ばした。


「う、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 けれど限界は無情にもやってくる。

 攻撃の密度が更に倍となると防ぎきれないものがシュバルツの脇腹を抉り、ヘルスの右足を奪った。そうして弱れば弱るほど抵抗する手が緩慢になり、


「旦那!」


 決死の覚悟で放ったヘルスが雷の剣を作り出し、振り抜かれた一閃が喉仏に罅を入れた直後、


「アポロ・D・クリエイター(創世の日輪)!」


 三度、破壊の塊が黒い炎として顕現する。

 それを前に彼らは固唾を飲み、腹を括る。

 おそらくここが、自分たちが短い生の中で至った到達点であると自覚する。


「ゴット!」


 無数の雷の柱が降り注ぐ隕石の束にぶつかり僅かに速度を緩め、腹から内臓を零しているヘルスが神に命じ撃ちだした全身全霊の雷が、僅かであるが隙間を作る。


「極壊――――轟斬!!」


 その間隔を広げるようにシュバルツが人生を捧げ生み出した最大最強がぶつかり、


「ッッッッッッ!!」


 それでもまだ足りないと彼らは知る。

 自分たちが生存できるだけの安全は生み出されていないと悟ってしまう。


「手伝うよシュバルツ・シャークス」

「まさか儂が、敵であるおぬしに手を貸す日が来るとはな」

「――――――すまん。いや、ありがとう」


 その事実を、いまだ立ち上がれていた全てのものが手を貸すことで覆す。

 壊鬼に雲景、シロバにクロバ。シャロウズまでもが加わり、一斉に撃ちだされた攻撃が彼らがこの危機を乗り越えるだけの空間を作り出した。


 そして


「……認めてやるよ。テメェらは、ちっとはやる雑魚だってな。だがな」


 その光景を見届けた男が、瞳にこれまで以上に強烈な漆黒の炎を宿し、殺意に彩られた空気を発しながら告げる。絶対の終わりを。


「その結果に意味はねぇ。それくらいの事、お前らならわかってんだろ?」


 多くの戦士の体が、瞬く間に血の花を咲かせた。そこにはヘルスの姿も含まれており、


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 なおもそれに耐えたシュバルツが、血反吐を吐きながらも撃ちだした最後の一撃が、ウェルダの喉を抉る。


「それだけか?」


 それでも彼は動じない。

 僅かばかり嫌な顔をしたがそれ以上の変化はなく、


「――――――――」


 大地を揺らす踏み込みの後に打ち込まれた三連撃。

 それはシュバルツのあらゆる抵抗をあざ笑い、喉と心臓を破壊。最後の手刀が彼の体を、左肩を起点に斜めに裂いた。

 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です。


言ってしまえばあまりにもわかりやすいGAME OVER

挑戦者たちの終わり


次回、急展開


それではまた次回、ぜひご覧ください!!

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