全身全霊 二頁目
勝つための手段を知り、あらゆる勢力、あらゆる事情を抱えた強者たちが援軍として最後の戦場に舞い降り、準備は間違いなく整った。
ゆえに彼は声を上げた。『今こそ勝利を掴む時である』と。払拭しきれぬ不安を無理やり捨て去り、勝敗を決するべく、持ちうる手札全てをテーブルに乗せた。
となれば後は証明するだけである。自身が築き上げた戦略、ここまでの道のり。それが正しいものであると。
「先手を打つ。ヘルス。援護を頼む!」
「了解了解っと!」
ふと、彼は『賽は投げられた』という言葉を思い浮かべた。そして今以上にその言葉がふさわしいときはないと思った。
『賽は投げられた』という表現は、言い換えれば『賽は落下した』ともいえる。一度手放されたサイコロは手元に戻らず、ただ結果を示すのみであることを示している。
とすれば彼は祈らずにはいられなかった。
投げられた、いや落下していく自分たちの運命。それが望む出目を刻むことを。
「――――――おぉぉぉぉぉぉぉ!!」
咆哮を上げる自分らを前にガーディア=ウェルダはいまだに静観を守り続け、自分の背後にいる全ての味方が来る衝突に備える中、シュバルツは咆哮する。
天地を揺らすその声量に自身と同格の味方ですら驚き目を見開く中、彼の身に変化が起こる。
健康体であることを示すような一般的な肌の色が真っ赤に変色し、真っ黒だった髪の毛から色素が抜け落ちる。いや髪の毛の変化に限ればそれだけでは済まない。吐き出される怒声の衝撃により、ヘルスのように天を突き刺すかの如く、毛先が空を指す。
「あれは……」
「お前ら今は出番がないって言われたんだろ。なら大人しく下がってろ」
「エヴァさん?」
彼ら全員を囲う空間が歪み、軋み、無数の罅が浮かび上がる。その光景を前に多くの人々の心に陰りが見えるが、人形のように美しい顔をした少女は普段の様子を崩さず、
「シュバルツが使う、威力面なら最強の一手だ」
さも当然というようにそう言い切る。
シュバルツは鍛え続けた。ガーディア・ガルフという生涯の友にして最大のライバルを超えるために。
その果てに彼は編み出したのだ。十分な威力を秘めたうえで、どれほど早くとも追いつき、相手を切り捨てられる威力の一撃を。
しかし、そういう目標とは別に、シュバルツ・シャークスという男はこうも考えたのだ。
実戦での利便性や確実性、その他諸々を全て捨て、ただ一点『圧倒的な威力』にのみ焦点を絞った攻撃を編み出したとすれば、それはどれほどのものかと。
そんな子供心を世界最強の剣士にして怪力自慢が実現させた結果。
「我が全力全開――――受けて見よ!!」
それが今この瞬間に、この最終決戦の場で、彼が初めて人様に見せる一撃。すなわち己が生涯を捧げ見出したもう一つの究極。
「極壊」
ただの一歩で目標の頭上へと位置取りし、体内に秘めた全ての力だけでなく落下速度さえ乗せ撃ち込まれる、最大最強の振り下ろし。
「轟斬!!」
男はただ一人で時空を裂き空を焼き、隕石のように先に控えているガーディア=ウェルダへと向かっていき、
「…………付き合う道理はねぇな」
「いいや。あんたには是が非でも付き合ってもらうぞ!」
「あぁ?」
その一撃が到達するよりも早くガーディア=ウェルダは後退。しようと思えば既にヘルスが背後に回り込み、打ち込んだ青い雷の砲撃でその動きを阻止。なおも動き出そうとする彼をクライシス・デルエスクの参戦もあり何とか阻み、
「クソッ外したか」
「目に見える面倒ごとに乗っかる性格はしてねぇんでな。諦めろ!!」
シュバルツの打ち込んだ究極が大地を抉る。
それはこの場所においては間違いなく偉業の類であるが、当のシュバルツは狙いを捉えることができず舌打ち。そんなことなど気にしない様子でガーディア=ウェルダは足を持ち上げ、
「その足を下げろクソッタレ!」
戦いの火蓋は切って落とされる。
巻きあがった砂煙をかき分け、人間サイズまで小さくなり力を凝縮したエルドラが拳を突き出し、それを手刀で叩き落し反撃に移ろうと思った瞬間に、またも青い雷の大砲が撃ち込まれ意識を逸らされる。
「クソ共が」
その程度でダメージを負うほどガーディア=ウェルダはもろくはない。それどころか一歩も引かず、僅かに逸れた軌道を戻しながら殴りつけ、
「そーら!」
「援護する」
「おう! いい心がけだな坊主!!」
「三百歳なのだが…………いや、貴方からすれば若造か」
そこにさらにエヴァとクライシス・デルエスクが遠距離から妨害。
「そこだ!」
「いい腕だ。さすが康太君だ」
そこで足を一瞬止めた隙にアイビスにより三度両腕を修復した康太が引き金を絞り肘を打ち抜き、その場所にシュバルツが即座に追撃。
溢れ出した黒い煙を前に、一瞬だが動揺したのを感じ取った瞬間、それと対峙する面々は一気に後退。
「滅尽の光芒!」
その動きは念話で前もって連絡されていたようなものではない。
けれどそうすることが読めていたように、かつて賢教を作ったと言われる大賢者が使っていた槍は投擲され、一つの銀河を束ねた重みが脇腹に直撃。続けてエルドラとガーディア=ウェルダが拳の応酬を繰り返し、激しい攻防の隙間を縫うように撃ち込まれたヘルスの雷が一度だけ同じ場所に衝突。
そちらに気を向けている最中に、シュバルツの打ち込む刃が顔面を捉え、たった一歩だが後退させる。
「攻めきるぞ!」
延々と攻撃を続けることで、意識を一人に注がせず絶えず散らし、死傷者を出すことなく一気に攻め切り勝利に持っていく。
そんな自らの策がうまく嵌り、攻勢を保てていることに安堵を抱き、シュバルツは号令を上げながら更に前へ。
「コロナ・D・イレイザー」
「!」
そんな彼の思いを挫くように、銀河の一点集中さえ射抜く球体が、希望を抱いたシュバルツの顔面に向けられ、
「させねぇっての!」
「全員で! 生きて! 帰る!」
「そのクソみたいな夢物語を! 叶えるんだろう! なら、気後れするな木偶の棒!」
ヘルスだけでない。アイビスとエヴァの二人も加わり、発射台である右腕を逸らす。先ほどヘルスがやった時よりも、よりしっかりと。今度はシュバルツの頬が抉れないほど離れた位置に腕をはじく。
「プロミネンス・D・フェーリ!」
だがガーディア=ウェルダのターンはそれだけでは終わらない。続けてあらゆるものを溶かし、死滅させる炎の飛沫がシュバルツも含めた妨害班四人に襲い掛かり、
「バルギルド・ライ・ゴッド!!」
その光景を見届けるよりも遥かに早く、自身の別人格が呼び出したのとは異なる形。否、正しき姿を本来の担い手であるヘルスが呼ぶ。
「あれは…………」
「しょ、召喚術の極み!!? まさか、そこまでできるのか!?」
筋骨隆々な二本の腕の一方には雷で編んだ両刃の巨大な剣。もう一方には円形の盾を備えたそれは、降り注ぐ災禍の塊全てを、自身の肉体から発する雷の柱でかき消し、
「見事だヘルス・アラモード!」
二つの致死の障害を乗り越え、シュバルツが声を上げる。いまだ自分達が優勢だと、強い意志を込めた瞳で訴えかけ剣を振り抜き、ひときわ大きな煙を男の脇腹から溢れさせた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です
本当に遅くなってしまい申し訳ありません。深夜にこっそりと投稿です。さすがにこの時間に投稿は遅すぎるので、次回以降はもう少し早く投稿します
さて今回最大の見どころは雷属性の支配者たる神の召喚
VSルイン戦においてはコントロールがしっかりなされず、それでも善さんは無視を徹底しましたが、あの判断は最良でした。この強さの怪物を死にかけの善さんじゃ、どうしようもないですからね
それではまた次回、ぜひご覧ください!




