全身全霊 一頁目
その作業は、明かりの灯っていない深海に潜り、たった一つしかない宝石を延々と探し続けるようであった。
そんなことを続けているのは深い眠りに身を預け、自身の深層意識に飛び込んだヘルス・アラモードであり、数日にも及ぶ探索は、彼を極度に疲弊させていた。
「――――――まだ、だッ!」
一歩間違えれば二度と起きなくてもおかしくないほどの極限状態。その状況に追い込まれてもこの青年は諦めない。
どれほど精神が擦り切れようと手にしたい力を掴むため、深く、深く深く潜り続ける。
全ては自身がしでかしてしまった罪を少しでも償うため。彼は自身の中に眠るもう一つの人格が持つ『神の雷』を求め続ける。
「!」
その努力はついに報われることになる。真っ暗な夜闇の中で輝く鳥かごの中に閉じ込められた青い雷。それは彼が願い続けた福音そのものであり、それまでの苦労など全て吹き飛ばし、顔を綻ばせ近づいていく。
「!」
自身の腕が真横からいきなり掴まれたのはその時で、視線を向ければ、そこには確かにいた。
自身と類似した、けれどあまりにもかけ離れた空気を放つ雷の怪物。否、悪鬼羅刹の怪異。それは彼の首を掴み渾身の力を籠める。
「なめ、るな!」
「あぁ!?」
その苦痛にヘルスは耐える。
なぜなら延々とこの場所をさまよっていた彼は知っていたのだ。ここが現実とは違う法則で動いていることを。
肉体がなく精神の力だけを原動力で動いているこの場所では肉体に関する痛みに意味はない。重要なのは自身の心が折れること。つまりどのような攻撃をされても『痛くない』と念じればその通りになり、『もうだめだ』などと思えば、彼は自分の別人格に屈するのだ。
であれば彼は負けない。
己が手で危険な領域に潜り込んだこの青年は、どのような障害、どのような苦痛、何よりどのような相手が襲い掛かろうと、胸に秘めた目的を果たすだけの不退転の意志があるのだ。
「お前に俺は渡さない!」
だから叫ぶ。今日という日まで恐れる事しかできなかった、蓋をして目をそらし続けていたもう一人の自分に対し吠える。お前の隙にはもうさせないと。自身の首に伸びた腕を振り払う。
そうすれば雷の怪物の両腕は瞬く間に霧散し、恨みがましい視線が自分を射抜く。憤怒の表情が顔に浮かび、呪い殺すような空気が漂い始める。
「まあいい。支配権の独占なんぞ一時のものだ。どこまで足掻いてもお前は俺から逃れられねぇ!」
がしかし、彼はすぐに気を取り直す。
ついに望んだ力を得たヘルスを目にして嘲笑う。全ての努力は無為になると。結局最後に笑うのは自分だと、大地に埋まりながらも確信を抱く。
けれどそれを聞いても彼の意志に揺るぎはない。今考えるのは、手にした力を持って意識を取り戻すことのみ。
その思いをそのまま念じると彼の体はふわりと浮かびながら真上へ。
「いずれ、いずれお前の全ては俺のものになる。力も、意志も、いやその日まで手にした全てが! この俺様の手中に収まる!!」
をの姿を見上げるルインはなおも不敵に、不吉な未来を予期しながら彼を見送り、
「いいやそうはならないさ」
しかしヘルスはそんな未来を否定。
「だって今の俺は、いろんな人を頼れるんだからな」
自身が殺めてしまった人物、すなわち原口善の死から得た、誰に言うまでもなく覚えた教訓を告げ、その身を深層世界からかき消した。
「久しぶりだなシュバルツの旦那。元気にしてたか?」
そして今、覚醒した彼は桃色の空が埋め尽くす世界に足を踏み入れ戦場に現れた。
手にした『神の雷』、それにより新たに顕現した『果て越え』の脅威さえ打ち砕いて。
「………………ちっ」
「おおう! ちょっと待ってくれよ! ガーディアの旦那…………じゃないよなあんた。それにしてはちょっと遅すぎる」
その強さがたった一度のまぐれではないことは即座に示される。
無造作な一撃ではない。確かな殺意としっかりとした動きから繰り出す連撃。それを青い雷を纏ったヘルスはこの場にいる誰よりもうまく躱して捌く。
「なんだとっ」
「いや当たるのはいいけど固いな! なんだってんだ! せっかく得た力が役に立たなくて泣くよ俺!?」
それだけではない。本当に僅かな隙を見つけて撃ち込まれた雷の砲弾は大したダメージを与えられなかったもののガーディア=ウェルダの肉体を確かに捉え、続けて撃ち込まれるシュバルツの一撃が直撃するだけの時間さえ稼いだ。
「お初目にかかる。ヘルス・アラモード、でいいのかな?」
「…………えーと誰ですかね。テレビで見たことがある顔なのはわかるんですが。なにぶん世間の事柄については疎いもので…………あ、すいません。援護しながらでいいですかね?」
「あぁいいよ。すごくいい」
シュバルツに続きエルドラが再び最前線に戻り、膠着状態が再び生まれる。がしかし、今回は先ほどまでのように押されない。
この場にいる誰よりも鋭い反射神経を備えるヘルスが、ガーディア=ウェルダが反撃に出た瞬間に雷の砲撃を打ち込み、僅かにだがその動きを遅延。その隙にシュバルツとエルドラが立て直し攻撃を再開することで、延々と自分たちのターンを続けることができた。
「シュバルツ・シャークスよ。これ以上の好機はないと俺は判断する。ならば」
「………………そうだな。あぁそうだ。この瞬間は全てを賭けるに値する好機だと言えるだろう!!」
溢れる無数の黒い煙により、ほんのわずかではあるが、パワーとスピードが落ちた『果て越え』。
その結果を両の眼でしっかりとらえ、一度後退しクライシス・デルエスクの横に立ったシュバルツは腹を括る。延々と続くと予期していた死闘。それに終止符を打つ時が来たのだと。
「エルドラは俺と一緒に変わらず最前線だ。あの野郎に息をつかせる暇を与えるな! シャロウズ殿と康太君は遠距離からの狙撃だ! ただし頻度は少なくていい! 我々に当てた場合、状況が覆るからな! デルエスク殿は中距離からの攻撃と援護! ヘルスはその二つの頻度は少なめに、反撃があった際の妨害に意識を傾けろ! 一番重要な役割だ。気を張れよ!」
「アイビス・フォーカスとエヴァ・フォーネスは全体の補助に回復だな。俺たちの疲労や傷の回復は任せた」
「それはいいんだけど、あんたに言われるのは腹が立つわね。まぁいいんだけどね」
息継ぎすることなくシュバルツは指示を出し、クライシス・デルエスクもそれに続く。
「残ったものは今は『見』だ。君たちの役割はもう少し先だ!」
「もう少し先?」
「ああ!」
語っている間に打ち出された正拳突きがヘルスの雷により軌道を逸らされ、顔面が潰れるはずであったシュバルツは頬の肉が余波で刻まれる程度で済む。そしてその傷が凄まじい速度で修復される中で、彼はここまで一緒にやってきた少年少女と、各勢力の主戦力に対し言い切る。
「このまま奴の力を削れば君たちの攻撃でも傷つくタイミングが必ずやってくる! その時が勝負どころだ! この怪物を倒す時なのだ!」
その言葉には絶対の確信があり、込められた熱に蒼野達全員が感化。
戦いは佳境に突入する。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
この物語最大の決戦を飾るタイトル。それはこれ以上なくシンプルに。かつ全てを現すこの四字熟語で
三章に至り延々と掲げられていた一つの議題。その結論が間もなくやってきます。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




