綺羅星よ、夜闇を貫け 七頁目
「エルドラさん!」
「ショックを受けるのは構わないがね蒼野君。呆けている暇はないぞ。随分と早いが、いきなり正念場だ!」
「!」
吹き飛んだエルドラに視線を向けた蒼野の動きが、止まる。エルドラの身を案じた故だ。
蒼野の前を通り過ぎようとするシュバルツは、そんな彼を罰しない。ただ足を止め棒立ちになることは許さず、彼が着ているいる薄桃色のシャツ。その襟を走る速度を緩めず掴み、急いでエルドラの元へと投げ飛ばすと、自身は前へ。そこからたった一歩でガーディア=ウェルダが何か行動を起こすより早く詰め切ると、己が神器を振り抜き、
「おぉう!」
「今度は貫けねぇか………………てことはうまいこと流してるのか。器用だな」
それが首を捉える直前、シュバルツは自身の胴体に向かって迫ってきた腕を認識し、慌てて手元に戻した神器で防ぐ。次いで衝撃から吹き飛ぶ体を食い止めるようなことはせず、距離を取り一呼吸置こうとするが、新たな『果て越え』はそれを許さない。
これまでであればその光景を見送るだけであったはずだが、数多の攻撃を受け無事であった地面を強く踏み、今度は自分からシュバルツに近づくと執拗に攻撃を繰り返す。
「あ?」
上下左右に五重六重のフェイント。殴る蹴るに突く掴む。秒間一万を超える間に行われるその全てはシュバルツの動きに取り返しのつかないミスを誘うためのものであったのだが、そうして僅かに時間をかけているタイミングで、彼の右手の甲に衝突したのは二発の銃弾だ。
「テメェは」
「ッ」
怪物が苛立ちを感じさせる声を発した先にいたのは、またも両腕を犠牲に最大威力の銃弾を撃ち込んだ康太の姿。すると彼のターゲットは康太に移り、
「むん!」
「!」
一瞬視線と意識が自分から外れたのを確認して、シュバルツの腕が唸る。
ほんの一瞬に十度、自身が行える最大威力の斬撃を康太が銃弾をぶち当てた一点に集中。二度目で僅かな歪みが表に浮き、六度目で蜘蛛の巣が張るように掌の甲全体に広がった。
そして九度目の衝突で岩石が砕けたかのような音を発し、十度目は小さかった傷が数倍の大きさに膨れ上がった。
それにより溢れ出た黒煙の総量は先ほどの比ではなく、大勢の胸中では歓喜の念が生まれ、
「それがどうかしたのか?」
「これでもさほど変化はしないかっ!」
けれど状況に変わりはない。
シュバルツ渾身の反撃は彼の体内から力を幾分か抜いたが、それでは埋まりきらないほど彼我の実力には差があった。いや彼方でアルが見るデータでは確かな変化があったのだが、それでも表面上に大きな変化は見られなかった。
先手を打とうとしても変わらず阻止され防戦に回され、クライシス・デルエスクの攻撃は威力が低いとみれば無視。強烈な一撃を打ち込もうとすれば絶対に阻止される。エルドラがここに加わっても押し負ける現状も依然変わらず、何とかその領域についていけるアイビスにシャロウズ、それにアイリーンの抵抗も意味を成さない。威力だけならば最高クラスの康太が足掻いても無為に終わっている。
「またか。なんだテメェら。慣れてきたのか?」
「笑えない冗談だな。昔を思い出す……いや、それでこそガーディアの奴の変異体と言ったところか!」
「そうだな。俺の性格のベースはガキだった頃のあの野郎だからな。あの野郎がそのまま年を取ったらどうなるか、その答えが俺だ」
「今の暗いあいつを見るのもなんだがな。お前を見るとそれはそれで悪くない気がしてくるな!」
いや正確には少々違う。無為ではない。意味はある。
その証拠にウェルダの体の至る所から黒い煙は昇っているのだ。しかしそれが昇り、弱体化するたびに彼らは思い知らされるのだ。
ガーディア=ウェルダは強すぎると。
両手両足の指では足りないほどの弱体化が確かに起きているのだ。そのはずなのに、彼はなおも立ち向かってくる全員を相手にできている。それどころか優勢な状況を保持している。間違いなく異常な光景だ。
「クソッ。俺たちは見てるだけかよ!」
そんな中でも最前線に立つ者ら以上にストレスを募らせる面々がいた。蒼野やゼオスはもとより、壊鬼や雲景、ゴロレムやウルフェンなど、各勢力の頭角を現している戦力。
彼らは強烈な攻撃を与えることもできず、時間稼ぎにさえ役に立たないと判断された面々である。
「……急くなよ。シュバルツ・シャークスの発言を忘れたか?」
「わかってるさ。けど!」
そこまで理解してなお彼らが戦線に残っているのは、千年前から現代にいたるまでの最高位と、それを遥かに上回る怪物が延々と衝突する最中、自分らのところまで吹き飛んできたシュバルツの『出番を待て』という言葉があったからである。
そのたった一言を嘘偽りなく信じる彼らは、まさに血涙を呑む勢いであった。
自分らが目の前で眺める中で、自分ら以外の人物が世界を賭けて戦う。
手が伸ばせばすぐにでも加わることができる戦場がそこにあるのに、必要ないと投げ出される。
これは恐ろしい事実であった。
「あ!」
そんな彼らの前で、状況は変化し始める。
超が三つも四つも前に着く一流たち。彼らは終わりがいつ訪れるか一向にわからない攻防を二分三分と持ちこたえていたのだが、その状況が終わりを迎える。
最前線で最も鎬を削っていたシュバルツとエルドラ。彼ら二人がダメージを負った様子はないが吹き飛ばされ、地獄というにふさわしいこの死線で、最も多彩な手で遠近両面を支えていたクライシス・デルエスクに手が伸びる。
「こうなりゃまず死ぬのはお前だな」
最前線に立っていた二人は自分たちの必要性をしっかりと把握している。ゆえにものの数秒、それこそ一、二秒ほどで戻ってくるだろう。
それをウェルダも承知している。ゆえに攻撃にも熱が入る。
数多の盾を砕き、その破片を掴むと顔面にぶつかるように光に迫る勢いで投げ飛ばすことで、防がれはすれど意識を僅かにだが反らし、
「コロナ・D!」
いまだに晒していない手札を見せる。
「!」
「メテオ(処刑)!」
掌の前に浮かばせた拳よりもわずかに大きな球体を、『打ち出す』のではなく『砕く』。そうすることにより球体は無数の破片となり、一発一発が神器さえ易々と砕く即死の雨となり県境を裏から支配していた男に飛来。
「時間回帰!」
「!」
クライシス・デルエスクはこれを受けきれない。敗北する。
その運命を覆すように割って入ったのは蒼野で、己を象徴する丸時計が無数の破片を包み込み、クライシス・デルエスクを守り切ったのだ。
「面倒なことしやがって」
「!」
こうして本当に僅かな間ではあるが蒼野は時間を稼いだ。結果シュバルツとエルドラが戦線に復帰し、クライシス・デルエスクも安全を得ることができた。
しかしその代償に、蒼野の腕に魔の手が伸びる。
ガーディア=ウェルダはこの瞬間、取るに足らない雑魚であると考えていた蒼野を排除するべき邪魔者と認識したのだ。
蒼野にそれを防ぐ手立てはない。
他の者らが援護をしようにも時間は足らず、だから結果は変えられない。
この場に彼ら以外の存在がいないと仮定した場合に限れば、の話であるが。
「!?」
その瞬間、ガーディア=ウェルダの表情が驚愕に歪む。あり得ないものを見たと、その眼が訴える。
彼の伸ばした腕が幾多の攻撃を受け明後日の方向に弾かれ、攻撃が当たったと思われる場所から黒い煙があふれ出ているのだ。
「本当に」
それを成しえた人物。それこそはこの戦いに参戦する最後の挑戦者。
「待たせて悪かった!」
その者は、その身に青白い雷を纏い、
「今回こそが君たちを守るよ蒼野君!!」
そう言い切った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
少々長く続いたタイトル、援軍集合編もこれにて完結です。
そして戦いはシュバルツが告げた通り一気にクライマックスへ。
全てを出し切る短期決戦の始まりです!
多くの人々の華々しい活躍を見ていただければと思います
それではまた次回、ぜひご覧ください




