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ガーディア=ウェルダ 三頁目


 ガーディア=ウェルダの右腕から一筋の黒い煙が昇る。その勢いはさほど激しいものではなく、ほんの二、三秒漏れ出たかと思えば、何をするまでもなく収まった程度のものである。


『おい、そっちでなにかあったか?』

「アルさん?」

『お前らの相手してる化け物。これまで叩き出す出力や膂力は『計測不能』なもんばかりだったんだよ。だけど今、初めて計測できる範囲の数値の変化があった。しかもごくわずかではあるが下降方面だ』

「え?」


 それによって起きた変化はあまりに微弱であり戦場にいる大多数は気づかなかったが、送られてきた映像をデータとして見ることが可能な科学者は断言するように指摘。

 それでも蒼野やゼオスは依然状況に変わりはないと落胆の意を示すが、


「そうか。そういう事なのか!」


 蒼野達と同じく耳に通信機を嵌めていたシュバルツは、彼方にいる科学者の発言を聞き脳の奥の奥から訪れた閃きに声を上げ、周りにいた数名が目を丸くして彼を見つめた。


「どこまで強くなろうと、姿かたちをあいつに変えようと、根本的には千年前と変わりはないということさ」


 誰も浮かんだ言葉を質問として口にしてはいない。けれど彼らが何を尋ねたいのかを投げかけられる視線から察し、ガーディア=ウェルダが襲い掛かってこないことをしっかり把握した上で、最初に答えを告げる。

 そして次のその答えに至った理由も説明する。


 千年前に戦った巨大な黒い獣もまた、貯めたエネルギーを放出することで一時的な強化と大幅な弱体化があったことを。その内部に人間や動物が当たり前のように所持している肉体はなく、分厚い鋼皮の向こう側には今のような不定形の物体があったのだと。


「つまりあいつを倒す攻略法は」

「あの煙を大量に出させればいいと?」


 そこまで説明を終えたところでレオンと壊鬼がそう投げかけ、シュバルツは頷く。自分たちは『果て越え』を相手に明確な攻略法を見つけたのだと言葉にせずとも示す。


「いや簡単に言うけどね、君の言っていることが確かなら、その放出したエネルギーというのはまた補充できるんじゃないかね? ということは結局は徒労に終わるのではないか?」


 もちろんシュバルツの言葉を疑う者も存在する。というより半数以上がそうであり、代表するように体の半分を一瞬で抉られていたレインがそう発言。


「いやそれはないだろう」


 がしかしシュバルツは怯まない。投げかけられた疑問を即座に否定する。


「何故?」

「もしあいつが千年前の獣と同じことをできるなら、こうやって話している間にそれを見せてるはずだ。こっちの戦意が大きく削れるわけだしな。それに体を膨張させる気配もない。とするなら、あいつは千年間の間にため込んだエネルギー全てを体の中に収めてて、それを神器さえ壊せるほど強靭な肉体で押さえつけてると思った方がいいだろう」

「肉体が鎧と栓の役割も果たしているという事か。理解はできるな」


 そうして仮説を組み立てクライシス・デルエスクも賛同の声をあげるわけであるが、実のところシュバルツもこれが全て正しいとは思っていなかった。

 だが縋る価値のある推論ではあると信じていた。現状の閉塞感を打開する、大きな希望になりうると確信していた。


「それにだ、もし補充する手段があるというのなら、それをさせない立ち回りをすればいい。これだけの数がいるんだ。それだって可能なはずさ」

「例えば?」

「攻勢に出る際は、それこそ呼吸一つ許さないほどの猛攻を仕掛けるとか、どうだ?」

「げ、現実的じゃなさすぎませんか。それ」


 暗闇に漂う船、それを導く灯台の光を彼は無理やり灯す。

 たとえ間違っているとしても、この抵抗が大きな意味があると信じて、虚構の自信を身に纏う。


「遺言は託し終えたか?」


 そうして話が一段落したところで声が落ちてくる。明確な重力を伴い、その場にいる全員の身を包む。




 新たなる『果て越え』ガーディア=ウェルダ。彼は実のところ自分のもとに集った者達を明確な敵としてこれまで見ていなかった。

 己が肉体にどれだけ攻撃を叩きつけようと傷一つ付けられない者達を、最後にやってきたクライシス・デルエスクや大幅な強化がされたエルドラを含め、周囲を飛び回るうっとおしい羽虫であるくらいにしか思っていた。それ以上の価値を見出していなかった。


 しかし今、自分の体から黒い煙が溢れるのを前にして、彼はその認識を改める。


「適当に暴れときゃ、勝手に去ってくと思ったんだが」


 羽虫ならばムキになって殺す必要はない。時折訪れる衝動に身を任せ動くことはあれど、適当に暴れていればどこかで逃げるなり死ぬなりするだろうと彼は思っていたのだ。


 その気の緩みが、今しがた負った傷を事実として受け止め消え去る。纏う空気がガラリと変わる。


「こうなりゃそうも言ってられねぇか」


 実のところシュバルツの希望的推測は的を射ている。

 彼は今、神器さえ超える硬度の究極の肉体でうちに秘めた力、すなわちガーディア・ガルフの肉体から得たエネルギーと自身で練っていたエネルギーを抑え込んでいる状態だ。

 そしてこれが損傷した箇所から黒い煙として溢れ出て、それにより自分が弱体化するという推測も当たっている。


 当たっているからこそ、この怪物は意識を切り替えた。

 自身の敗北はまだまだ先、それこそ地平線の彼方どころか、この世ではない彼岸の向こう側にあると理解してなお、彼らを『羽虫』ではなく明確な『邪魔者』かつ『障害』であると認識。


「遺言は託し終えたか?」


 これまでとは比べ物にならぬ圧を纏った声が発せられ、シュバルツ達は嫌でも理解してしまう。



 ここからなのだ。


 ここからが本番であるのだと。


 これまでの全てが児戯に等しいものであり、これから先こそがこの怪物の真骨頂であるのだと、佇まいだけで無理やり理解させられてしまい、


「うぉっ!!」


 最大まで気を張り詰めていたシュバルツが、動揺する。

 それほどまで、ガーディア=ウェルダは素早く、行われた一連の動作に無駄がなかった。

 今までのようなただ前に進み拳を突き出すような、行ってしまえば邪魔な害虫を駆除するための脳死とでもいうべき動きではない。


 巨躯の真下へ音をかき消しながら視認できない速度で迫り、円を描くような軌道の蹴りを撃ち込む。

 全く予想だにしていなかった技巧を組み込んだ動きを反射的に躱せたのは偶然であり、けれどその先は必然だ。


「退けシュバルツ・シャークス」


 凍り付くような空気が強烈な熱を宿し、止まっていた戦線が動き出す。


 アイリーンとレインという、この場に集った中でも光属性に秀でた二人。そして全体を見渡しても頭一つ抜けた強さを見せるクライシス・デルエスクが二人と並ぶ速度で神器を撃ち出す。


「確か神器だったか? よくわからんがもらうぞ」


 それらを前に、ウェルダはもはや無闇な受けに回らない。

 飛来する神器に自身から近づいていくとしっかりと掴み取り、同じように自分に迫る光の雨を全て叩き落とす。そのまま足を止めることなく動き続けると、傷を治し立ち上がったレオンの元へ。


 撃ち込まれた拳の一撃はまっすぐに頭部を狙い、けれどレオンはそれを何とか視界の端に捉え、持っていた神剣と名赤井神器で受け流すと、受けきれなかった勢いを己が肉体を回転させることで外に逃がし、その際に生まれたエネルギーを真正面にいる怪物の右腕へ。


「…………それがどうした?」


 ガーディア=ウェルダは今度は避けるような様子は見せず、自身の右腕に叩きつけられた剣があっけなく弾かれたタイミングでしっかりと掴み、目標を逃がさぬよう狙いを定めた上で、一切の躊躇いなく全身を殴打。


「どうやらお前らは全員、脇から飛び入り参加が好きらしいな」

「ここまで付き合ったんだ。誰一人欠けなく終わらせる。それくらいの贅沢を言ってもいいだろ?」


 その全てを間に入ったエルドラが両手をかつてない速度で動かし受け切り、


「夢物語は早いところ諦めた方がいいぜ? その方が落胆が少なくて済む」

「うぐっ!」


 ガーディア=ウェルダとは別の意味で極まった、『衝撃を吸収し外に流す』ゴムのような弾力のある体ゆえに助かったが、それでも彼は押し負けた。


 衝突の最中にクライシス・デルエスクやシュバルツ、他数人が援護をしたにも関わらず、その全てを捌き、平伏せ、ガーディア=ウェルダが押し勝った。


 それはなおも存在する彼我の明確な力の差であった。






ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です


タイトルが変わり戦いは新たなステージへ。

多くの味方を揃え、攻略法を見出し、ウェルダもついに臨戦態勢に移ります。


長い戦いとなっていますが、これから行われるのは血肉削るような消耗戦。これまで得た全てを出し切る大戦に注目していただければ幸いです


あ、次回はまたいつも通りの更新に戻ります


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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