綺羅星よ、夜闇を貫け 六頁目
「――――――」
多くの戦士が一目見ただけで相手の力量を測ることができる。
無論それはガーディア=ウェルダでも可能な事であり、クライシス・デルエスクと言葉を交え真正面から向き合った瞬間、彼は理解した。
目の前の男は他の者とは違うと。
単純な攻撃の威力ならばシュバルツが、再生力の高さや一撃必殺の重さならばアイビスやシャロウズがいるが、この男は、総合力において他の追随を許さないと。
それこそ、この場において最も自分に肉薄している存在は目の前にいる男であると彼は認識し、この戦いが始まって以来初めて気を引き締め、
「ハハッ!」
その顔に笑みを浮かべる。
この世界に数多の戦士が抱く最も純粋な感情。すなわち闘争意欲を初めて満たすことができる存在と見えたことに歓喜し、それまで寄ってくる雑兵をいやいやながらも振り払うため、必要最低限は動かしていた体にエンジンをかけ動き出す。
「!」
その凄まじさにさしものクライシス・デルエスクも汗を拭きだす。
打ち出される攻撃の威力は少々真下程度であるが、攻撃の激しさがそれまでとは段違いであった。
自身の身を守るための盾の数々はたった一秒の間に数千枚砕かれていくため、数多の神器を取り出せる彼の頬にも自然と汗が伝う。
「むん!」
その状況を把握し、改善するために地上から上空に浮かぶ二人の間に飛び込む影があった。シュバルツである。
己が神器の砕かれた部分を即座に修復した彼は、防戦一方のクライシス・デルエスクに加勢し、状況を覆すことを考えたのだ。
「まぁテメェなら来るだろうな。だがな、来ることがわかってさえいりゃ問題ねぇ」
けれどもそれはガーディア=ウェルダに完全に把握されている反撃であり、把握されているとなれば猛攻を止めぬように躱すのも彼ほどの存在ならば容易であった。
ゆえに真下から勢いよく迫り、光を置き去りにする速度で振り抜かれた斬撃を躱し、そのまま攻撃を続ける。
「!?」
そのタイミングで、彼は自身の体に大きな衝撃が迸るのを感じ取り動揺する。
絶えず場所の把握をしていた、固定砲台として機能する康太やシャロウズではない。数多の攻撃を打ち込めるアイビスでもない。
彼が全く意識していなかった不意打ちが、初めて彼の姿勢を崩し、止まるはずがなかった猛攻を止めたのだ。
「テメェは」
その正体を知るために視線を向けた攻撃の方角へと向けたガーディア=ウェルダ。
彼の瞳に映った姿は、既に目にしたことのある男のものであり、しかし初めて見る形態であった。
「これは?」
「超進化薬、なんて名前をもらっている神器だ。受け取るといい」
話は数分前に遡る。
クライシス・デルエスクが戦場に馳せ参じた直後、エルドラがゴロレムが作り上げた氷の彫像と入れ替わった際だ。
援軍としてやってきたウルフェンの背に乗せられた彼はすぐにクライシス・デルエスクの元まで移動することになったのだが、そこで人間形態になるように言われた後、黄緑色の薬が並々注がれた透き通った青い容器を渡されそう説明される。
「超進化薬?」
「そうだ。効果は使用者を望んだ姿にまでレベルアップさせるというものだ。これを使えば、君は今すぐに急激な力を得れる。俺を信仰する徒全ての神器を使う許可を持つ俺でも類似品は見当たらない、本当に貴重なものだ。それを君に渡す」
「!」
その詳細を聞き、彼は動揺する。そんな貴重なものを自分に渡す意味が分からなかったゆえに。ただ四の五の言ってられる状況でないのは周知の事実であり、彼は急いでそれを呑もうと瓶を持ち上げ――――そこでクライシス・デルエスクに止められる。
「失礼。最後まで話を聞かなければ君も納得しないと思ってね。というのもこの薬には重大なリスクがあってね」
「重大なリスク?」
「対象を望む状態まで一気に成長させることが可能だが、そのために必要な時間は払ってもらう必要がある。言ってしまえば、寿命を前借する必要があるわけだ」
「!」
「さらに言えば望む力は具体的でなければならない。『最強の自分』なんて言葉を思い浮かべたところで不発で終わるだけだ。そうだな………………君が使うのならば神の居城でガーディア・ガルフに一矢報いた竜人族の長老の姿を思い浮かべるといいだろう。それが具体的に浮かぶ『最強』の姿のはずだ。無論、命を削る覚悟があればの話だがね」
なぜ監獄塔に閉じ込められていた輩がそんなことを知っているのか、エルドラはふと気になった。ただそのことに関して意識している時間はなかった。
今最も重要なのは差し出された『可能性』を使うかどうか。自分の残された寿命を使って、あの怪物に届くだけの『何か』を得ることができるのかどうか。
「ほう。迷わないか」
そのことに対し思考を費やす時間はおよそ一秒。つまり即答に等しいものであり、その様子にはクライシス・デルエスクほどの存在とて僅かに声を揺らす。
「賢教の支配者として君臨した男よ。私を侮ってもらっては困る」
その姿を前に、エルドラは人型形態の威厳のある物言いで、心外であると告げる。なぜなら彼は、力を得れる機会を逃すほど愚かではなく、
「いつだって我々は果ての先にあるあの星を目指していた。そこに至る方法が外法であるのは残念だが、それでもこの切羽詰まった状況で贅沢を言うつもりはない。だから――――使える物は全て使うさ!」
末尾に近づくにつれ、言葉には彼本来の粗暴さが混じる。それは肉体に大きな変化が現れる兆しであり、けれどそれを見届けるよりも早くクライシス・デルエスクはその場から離脱。いち早くガーディア=ウェルダの元に向かったのであった。
そして今現在、超進化の結果は示される。
完璧に不意を衝いた拳は強靭なガーディア=ウェルダを吹き飛ばし、それを成した男が堂々と君臨。
「ほう。見違えたな」
現れたエルドラの姿を前に、ガーディア=ウェルダが果て越えに最も近いと評した男が感嘆の息を漏らす。
赤い鱗に伸縮性のある白い肌。爬虫類を思わせる、縦に斬れた瞳孔を備えた瞳をしているのは、人間サイズまで縮んだ、否、力を凝縮した一人の竜人。
「おう。あの薬の礼は一生かけて返させてもらうぜデルエスク殿」
「ありがたいが、牢屋にいる俺に返せることは少ないだろうな」
竜人族の長エルドラその人である、彼の口からは歓喜の色が溢れ、
「………………いや、そうだな。一生分の礼にふさわしいものがあったな」
「ほう。そりゃなんだ」
「目の前に人類が超えるべき最強最大の壁がいる。これを超すことができたとしたのならば、一生かけて返すほどの礼にふさわしいのではないか?」
「ドラドラドラ! 違いねぇな!」
クライシス・デルエスクの言葉を聞くといつものように豪快に笑い、立ち上がってくるウェルダへと向け疾走。その速度は光を置き去りにする、まさしく『果て越え』の領域にまで迫っており、ウェルダの表情から慢心が消える。
「これは『内蔵したものを光の速度で打ち出す』という、いたってシンプルな神器なんだがね」
「!」
「俺が使う場合に限って、その範疇には納まらない結果を叩き出してくれるんだ」
その援護のため、巨大な木樽を思わせるサイズの砲台をいくつも自身の側に漂わせたクライシス・デルエスクが陣取ったのはガーディア=ウェルダの背後。すなわちエルドラと協力することで彼を挟み撃ちにできる場所であり、言葉とともに弾丸にする物体。すなわち刀剣類の神器を装填。
光の速度で打ち出されたそれらは、一直線に進み怪物の肉体に幾重にもぶつかり、
「邪魔くせぇ」
「っ!」
しかしその砲台は、怪物が掌から発せられた黒い炎の塊に砕かれ、
「テメェもちっとばかし強くなっただけで調子に乗るな」
「うぉ!?」
一対一の状況になったと同時にエルドラを圧倒。一気に勝負を決めようと考えたところで、
「チェック!」
「!」
「エンド!!」
シュバルツが放つ究極の一が彼の右腕に直撃。それはエルドラに届くはずだった一撃を遅らせ、彼に大きく後退させるだけの時間を与えたが、
「「!!」」
「蒼野!」
その瞬間、多くの人の視線に映るものがあり、康太が側にいる蒼野に同意を求める。
「黒い煙、だよな?」
すると若き戦士は口にするのだ。今しがたガーディア=ウェルダの肉体から零れたもの。すなわち天へと向けうっすらと伸びていく希望の狼煙を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
結構な無法ですがエルドラの強化回。そしてここまで好き勝手し続けてきたウェルダを相手に初めて光明が見えてきます。いや書いてて思いますが本当に長かったですね。
次回からは形勢逆転するために攻勢に出るフェーズに映るのですが、ここで少々ご連絡が。
普段通りであれば明後日に更新になるのですが、今日を含め少々忙しい日々が続きまして。
ですので次回29日分の更新はお休みさせていただき、31日に更新させていただこうと思います
このタイミングでこのように休ませてしまうのは大変申し訳ありませんが、なにとぞよろしくお願いいたします
それではまた次回、ぜひご覧ください!




