綺羅星よ、夜闇を貫け 三頁目
迫る巨腕を易々と粉々に砕く中、ガーディア=ウェルダは一つ、不思議に思っていたことがあった。
それは自分が今しがた対峙する面々を前にした率直な感想。一つの疑問である。
というのも彼は、彼らが『喜んでいる』ことが信じられないのだ。
自分たちの側、味方となる面々が合流し、歓喜の感情を全身から発する。その事実を受け入れられない。これは彼がガーディア・ガルフのように他者の感情に対し疎いわけではない。むしろ様々な感情を彼から吸い取ったことから、喜怒哀楽の変化については極々一般的なラインまで磨かれていた。
ではなぜ疑問を抱いたのか?
理由は実に簡単。
どれだけ雑兵が増えたところで、迎える運命が変わらぬと知っているから。『死の運命を覆すことが適わないのになぜ喜べるのか』などと彼は考えたのだ。
「お。おぉぉおぉぉぉぉぉぉぉおぉぉっっ!!?」
「え、エルドラさん!?」
五十メートルを超える巨体の片腕が瞬く間に肉片となり、その内部にみっちりと詰まっていた血潮が、雨となって地上にいた者達の全身を濡らす。
その光景が彼らの心には拭いきれない重圧としてこびりつき、
「デカい的だな。『まずは自分を狙え』なんて自己犠牲のつもりか?」
うずくまったまますぐには動けない二体の赤と黒の竜人。彼らの運命を裁く黒衣が、彼らの頭部の真横に浮かび、己の右足を鞭のようにしならせる。
「っ!」
「お前か。正直その技だけは認めてやる。すげぇよ。だがそろそろ邪魔だ。どけ」
振り抜かれたそれが頭部に掠る程度で済んだのは、割って入ったレオンが変わらず見事な受け流しを発揮したことで攻撃の軌道を逸らしたからであり、けれどそれが彼の寿命を大きく短くした。言ってしまえば、照準が彼に変わったのだ。
「レオンさん!」
その寿命を元に戻そうとエルドラの肉体の上を駆ける影がある。
どれほど傷つこうが時間を戻すことで自己再生が可能な少年、古賀蒼野が自身を肉壁にするように両者の間に割り込み、振り抜かれたなんの変哲もない腕の一振りを剣を盾にするように受ける。
「ダメだ。パワーが違い過ぎる」
蒼野に突き押され地上へと落下するレオンがその瞳で目にしたのは、振り抜かれ、剣の守りなど無いように易々と肉体を両断する手刀。それにより蒼野の肉体はへその辺りで上半身と下半身が分かれるが、すぐに能力で再生。
「邪魔だ」
それを煩わしく感じた彼は再生途中の肉体を、文字通り地平線の彼方へと放り投げ、すぐさま自由落下に身を任せるレオンへと空を蹴って直進。
「こいつ!」
「微塵も止まる気配がないぞ! どういう体の構造をしてるんだ!?」
レオンを救うために打ち込まれた様々な攻撃。それを全身で浴びてなお一切その速度は緩まない。
単純な威力に関するものだけではない。毒や強酸、それぞれの属性粒子による効果に概念や法則を捻じ曲げるあらゆる攻撃手段。
その全てを受けてなお、彼の肉体には一切の傷が刻まれない。
その姿が、この場にいる誰もが恐ろしく感じる。
アイビスの備えるような自己再生力や無限の寿命とは別の形ではある。だがそれを目の前にした時と同様の感想が彼らに浮かぶのだ。
何をしても、どれだけの数を重ねようと、完璧にして無敵の姿を延々と晒し続ける新たなる『果て越え』。
もしかしたら彼は『不死身』なのではないか? 『完全無欠の生命』ではないか?
続いて撃ち込まれる数多の存在の繰り出す封印術を文字通り素通りするその姿に、彼らはこみ上げる吐き気をさらに強め、
「んなわけないでしょうがっ!!」
そんな全員の思惑を振り払うような怒気を孕んだ声が不死鳥の座から発せられ、その直後に目前の脅威に反抗する意志を秘めた、反逆者の如き凶悪な顔を浮かべ最前線へ。
「邪魔だ雑兵」
「っ」
『致死』『崩壊』『圧縮』他様々な効果を引き起こす矢を合計百発、たった一度の呼吸の間に打ち込むが、無敵の肉体には一切効果がなく弾かれ、続けて惑星衝突クラスの威力の攻撃を即座に打ち込むがそれでも彼の者に怯む様子はなく、反撃とばかりに突き出された腕が瞬間的に生み出した無数の防御を砕き、彼女の胴体を貫いた。
「『本当』の不死身っていうのはね」
「!」
「こういう使い方ができるのよ!」
その直後に彼女は、自身の体の上に馬乗りになるガーディア=ウェルダごと大地に堕ち、肉体の大半が周囲に飛び散り色とりどりの花を汚す。
「なに?」
その瞬間である。吹き飛んだ肉体全てから、能力など一切使っていない鋼属性を超圧縮した鎖が無数に放たれ、
「決める!」
意を決した康太が両手を犠牲にして二丁の拳銃から銃弾を発射。同じタイミングで積が究極錬成で自身の両腕を一つにまとめ、巨大な固定砲弾を作り上げた状態で残る力全てを出しきる勢いの砲撃を発射。
「賢者の武器アルマテスよ!」
そして彼らのいる主戦場から大きく離れた位置。そこで切り札を打ち込むことを任務として渡された賢教最強の男が、自身が持つ投げ槍の神器を掲げ、疑似的な銀河を槍の内部に生成。生まれたエネルギー全てを切っ先に集中し、
「滅尽の!」
積と康太の最大級の一撃さえ超える、
「光芒!!」
まさしく現代最強の一撃。その名を唱え、雁字搦めに押さえつけられたガーディア=ウェルダへと投げつける。
結果三つの攻撃は事前に打ち合わせをしていたかのように完璧なタイミングで『果て越え』の肉体に衝突し、世界が白と黒で包まれる。
「……」
「…………」
「………………」
その数秒後、世界が戻る。
明滅していた二色の光は収まり、彼らの全身を駆け巡った爆風も止んだ。その直後に見えたのは、この衝撃にはさすがに無傷で耐え切れず、吹き飛んだ木々や草花。ひび割れした地面。
「決まりだ」
「…………………………」
「あいつは、生まれちゃいけなかった生物だ」
そしてなおも血の一滴さえ流さず、呼吸一つ乱さず立つ、ガーディア=ウェルダの姿であり、
「無駄な抵抗は終わりか?」
地獄の釜の蓋はここから開く。
言葉と共に発せられた赤と黒の混じった禍々しい練気が戦場に立つ全ての戦士たちの身を包み、
「そこか」
目標としていたレオンの姿を見つけた直後、彼の視線はそちらに。
「おいおい。これじゃあ予定が!」
慌てて動き出したレインがレオンの腕を掴み、光の速度で距離を取るように動き出すとアイリーンが援護として光弾を打ち込み始め、
「そいつの手を離せ」
「がっ!?」
それでも彼の追跡を逃れられない。
彼は現界するにあたり速度を大きく削いだものの、光の倍程度の速度ならば発揮できる。その速度を全力で発揮しアイリーンの足止めを置き去りにレインの元へ。腕の一振りで彼の左半身を奪うと、後ろから迫っていた優の首から下を瞬く間に奪い取り、
「この野郎ぉぉぉぉぉぉ!!」
「……待て康太。貴様の両腕はまだ回復が!」
「うるせぇ! ここで好き勝手させれば俺たちは全滅! 即敗北だ! だから今しかない! 無理を押し通して抵抗するなら今しかないんだよ!!」
既に骨が粉々になっている両腕を、痛みに耐えながら動かし、文字通り消し飛ばす覚悟で康太が銃を掴み引き金を絞る。
「コロナ・D(黒点の)」
そんな彼に対しガーディア=ウェルダは掌を向け、
「イレイザー(陥穽)」
その先から、絶望を打ち出す。
「?」
ものの一瞬で突き出した掌の前に形成されたのは、野球ボール程度の黒い炎を圧縮した球体で、康太の優れた動体視力はそれを捉えるのだが直後に消失。戸惑いの声を反射的に上げたつもりであったのだが声は出ず、なぜかと思い首元に手を置くと、八割方が獣に食い破られたかのようになくなっていた。
「お前もそろそろ死ね」
それから一歩遅れて掌はレオンに向けられ、迫る一撃を何とか受け流そうと両手の神器を構えるが、球体は振れた漆黒の神器を易々と溶かし、砕き、その奥に控える担い手の心臓を打ち抜いた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
序盤の難所。希望を一気に叩き落す一話です。
補足しておきますと、最後にあった三つの攻撃の衝突は他の場所でやろうものなら周囲一帯が粉々に砕けます。花が傷つき地面がひび割れる程度で済んでいるのは、場所柄が大きく絡んでいるのです。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




