ガーディア=ウェルダ 一頁目
「ちょっとっ! 今のを受けて微動だにしないってどういうこと!?」
腕が己の頭を握りつぶさんと迫る中、計り知れない衝撃を覚えながらもアイリーンは既に体を動かしていた。射程から逃れるように勢いよく後退したのだ。
「え!?」
しかし残念なことに、彼女は伸ばされてくる腕の射程から逃れることはできなかった。引き離した分の距離をいつの間にかガーディア=ウェルダは詰めていたのだ。
「どういうこと!? 逃げ切れない!?」
いや実際には『詰められた』という言葉を使うことさえ憚られる状況であった。そもそもの話として『追う者と逃げる者』という状況が形成できていないのだ。
大前提として『距離を詰める』という言葉を使うのならば、一方が距離を離しもう一方がそれを追いかけなければならないのだ。
だがガーディア=ウェルダはそもそもその状況にさせない。アイリーンが後ろに引いたのと同じタイミングで、呼吸をするように自然と前に出る。見知った友人に歩幅を合わすように自然とだ。
その結果追いかけっこの形にはならず、延々と腕が届く距離を形成し続ける。
「こ、のっ!」
うまく引き離せなかったこともある。離した距離を瞬く間に詰め寄られた経験もある。だが逃げるように距離をとったはずなのに、全く同じ距離を保たれた経験はなく、未知の経験を契機に彼女の額に嫌な汗が伝い、その状況を何とかするため、両の掌に光の球体を八つ作り、躊躇なく発射。
「下らねぇ」
それを受けても、ガーディア=ウェルダは怯まない。足を止めない。動揺さえ見せない。一言だけ吐き捨てるように言い、退屈そうに彼女の頭に手を添え、
「あ?」
その瞬間、彼の体を横合いから殴りつけるものがあった。エヴァが撃ち込んだ炎属性を圧縮して作りあげた巨大な螺旋を描く波動である。ただそれを受けても彼は依然姿勢を崩さず、しかし視線だけは発射口となった対象。人形のような容姿をしたエヴァへと注ぎ、その直後に彼の視界は捉えていたものを変化させた。
「んだここは? 誰かの能力か?」
自分に立ち向かう戦士達の姿ではなく、天井付近にステンドグラスをいくつも張り、巨大な木の扉を備えた教会にすげ変わったのだ。
「…………見たところ、アイリーン・プリンセスに襲い掛かった状況では神器を持っていなかったようだったのでな。俺の力で移動させた。独断ではあったが問題ないな?」
「ああ。助かったよ」
その実行者であるゼオスが僅かに声を強張らせながら告げると隣に立つシュバルツが短く応じ、
「…………ふと思うことがあるんだ」
「?」
「あいつ以外にいないから無意味な問いではあるんだがな。時折『果て越え』の定義なんてもんについて考えるんだ」
額にいくらかの汗を張り付けながら言葉を続ける。
「『果て越え』って称号が唯一無二、最強を示す言葉だと言う奴もいる。それは間違っちゃいないとは思う。俺だって同意できる。ただそれでも、もし同じ位相に存在する奴が現れるとしたら」
「現れるとしたら?」
気づけばその場にはゼオスと同じくガーディア=ウェルダの強さをまざまざと体験した康太がいて、
「そいつはたぶん、誰にも負けない『個』を持ってるやつだと思うんだ」
そんな二人に対し言いきるのだが、この時、シュバルツは確かに感じていたのだ。
目の前の男は、友であるガーディア・ガルフが持ち、自分が持ちえなかった『個』を持っているのだと。
ガーディア・ガルフの場合、それは埒外の『速さ』であった。誰もついていけないズバ抜けた速度こそ、彼を『果て越え』とさせている所以である。
対するガーディア=ウェルダの場合、それは人類未踏の域に達した肉体の堅牢さであるとシュバルツは思っていた。
なぜなら彼は今しがた目にしたのだ。
そこまで力を込めてはいなかったとはいえ、自身の一撃を傷一つつかず、自身の体を切り裂いたゼオスのレクイエムを受け、続けて康太の銃弾を傷口にあたる場所に打ち込んでも、微塵も怯まなかった彼の姿を。
「……来るな」
「効果があるとすりゃ、オレの全力全開と積の究極錬成。それにアンタの攻撃だ。頼んだぜ!」
そのようにガーディア=ウェルダの特徴を脳裏に浮かびあがらせた瞬間、男は地平線の向こう側からその姿を見せつける。
黒い靄だったものを体に張り付く服へと変え、友であるガーディア・ガルフと類似した顔を晒す、間違いなく『過去最強最大の敵』。
彼は自分らの姿を確認すると同じ顔をした『果て越え』にまでは届かないが、それでも光を追い越す勢いで駆け出し、シュバルツ達の前にいた蒼野や優がすぐさま反応し、足止めのために威力ではなく数に重点を置いた攻撃を打ち込んでいくのだが、
「こ、こいつ!」
「防御も回避もしない。というかもしかして!」
「効いてない、のか? あれだけの攻撃を受けて! 全く!?」
その結果に彼らは眩暈を覚え脳が抵抗を覚える。
蒼野・優・エヴァ、この三者が示す通り、ガーディア=ウェルダは自身へと飛んでくる数多の攻撃に対し何らかの対処をしたような様子を示さず、自動迎撃の術技が発動した様子も見せていない。
圧縮された風の刃が、細長く伸びた水のレーザーが、雷や炎を用いた無数の攻撃が全て、使用者の思惑通りの場所へと向かい直撃するが、なんの意味もなさず消え去っていく。
肌には傷どころか赤い痕さえ残らず、服だって微塵も汚れない。駆ける速度に緩みはなく、なんの小細工も弄さず、最前線に立つ彼らの側に詰め寄り、
「まずは三人」
「はっあぁ!?」
「早い!?」
ガーディア・ガルフを連想させる速度の拳で三人の頭部を真っ赤な花が咲き誇るように易々と潰し、さらに前進。先ほど逃がしたアイリーンの側まで瞬く間に詰め寄り、彼女の必死の逃走に完璧に合わせながら再び腕を前へ。
「どけ!」
「シュバルツ!?」
再び逃げるのを諦め、真正面から払いのけようと彼女が決心した瞬間、二人の間に巨躯が割り込み、その腕を手にしている神器で払い落とす。
「ほう。ちっとはマシな奴がいるじゃねぇーか」
彼の登場を前にガーディア=ウェルダの口からは歓喜の声が零れる。次いでその巨体を握り潰さんとアイリーンに照準を合わせていた右手を前へ。シュバルツはアイリーンを後方に投げ飛ばしながら、掌に触れぬよう細心の注意を払いながら左手で叩き落とし続け、一瞬の隙を突き腹部を蹴り、一定の距離を取る。
「ならこれはどうだ?」
そんな彼に、友の肉体から溢れ出した魔神は問いかけながら拳を握る。それが彼にとって初めての明確な攻撃であることを理解し、シュバルツは全身に緊張を奔らせながら剣を握る腕に力を込め、
「おぉぉぉぉ!!」
次の瞬間、彼らが舞台としている桃色の空に包まれた花畑全体を砕くような地響きに続き、振り上げられた拳が撃ち出され、先ほどのアイリーンとの戦いを見ていたシュバルツは回避に類する行動になんの意味がないことを察し、人斬り包丁が如き神器を自身の前に盾として差し出し、
「悪いが」
「ば、馬鹿な!?」
「俺に神器は通用しねぇよ!」
衝突した数秒後、分厚い音が響く中で砕かれた。
持ち主であるシュバルツを隠せるほどの大きさの刀身のど真ん中。そこに直撃した拳は制止することなく、超新星爆発を受けても砕けないはずの「神器」がくり貫かれた。
「まさかお前はっ」
シュバルツはガーディア=ウェルダの持つ『極限の個』が、『体の硬度』に関するものであると思っていたのだ。だから馬鹿正直に受けた。
だが違ったのだ。いや認識が甘かったのだ。
ガーディア=ウェルダ
彼は確かにシュバルツが予想した通りの特徴を備えていた。しかしそれだけではない。シュバルツでさえ届かぬ領域の『究極の膂力』。それさえ手にしていたのだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
ガーディア=ウェルダの馬鹿みてぇなスペックのお披露目回。
ミレニアム以上の防御力! シュバルツ以上の怪力! アイリーン以上の速度!
なんていう基礎能力モリモリの馬鹿。それがガーディア=ウェルダです。
まぁ三章まで続いた物語における最後の敵なのでね。そりゃもうふざけた存在が出るわけです
それではまた次回、ぜひご覧ください!!




