神殺しの獣ウェルダ 三頁目
初撃を打ち込んだ三人の脳裏に同じ予感が浮かんだ直後、神殺しの役目を刻まれた獣が、他の者達を余所に置き三人を見つめる。
「…………っ」
「ウダウダ言ったって仕方がねぇか。やるしかねぇ!」
その視線には明確な敵意が含まれておりゼオスと康太の二人が顔を強張らせながら神器を構えるが、そんな彼らの前に腕を差し込んだ者がいた。
「悪いな二人とも。先に聞いておきてぇ事がある」
「……どうした積?」
それは康太とゼオス同様の感想を得たシュバルツ、ではなく、アイリーンらと同じ様子を示していた積であり、そのまま自分たちの前に体を滑り込ませた彼を見て、ゼオスが戸惑う。
「俺は兄貴を継ぐって決めたもんでな。となりゃ、こうするべきだと思うんだよな」
白いシャツの上に羽織っている兄の形見を掴み、意味ありげにそう呟く積。善が死ぬ以前ならば問答無用で口を挟んでいただろう康太も今の彼相手にそのようなことをする気にはならず、目前の存在から発せられる危険信号が膨れあがらないのも確認した上で、一歩下がることで己が意志を伝える。
「ありがとよ。さて、ガーディアさんの体から飛び出たアンタに一つ聞きたいことがあんだ。名前は……ウェルダでいいか?」
目の前に油断ならぬ強敵が存在するという認識は持っているため、積は仏頂面を浮かべた状態を保持し続け、兄との共通点である尖った瞳を僅かに緩め感謝を伝えると、直後に目前に控える存在を見つめ、
「正確にはガーディア=ウェルダってとこだな。宿主を模倣した上で成り立ってるわけだからな。ウェルダだけだと足りねぇな」
「………………そうか」
誰かに相談することなくいきなり話しかけたかと思えば、驚くべきことに花園のど真ん中に立つ男は敵意や殺意を瞬く間に顰め、素直に応じる姿勢を見せる。その姿にこの場に集まった多くの面々が動じるが、積だけは驚かない。少なくとも表面上は。
「蒼野がいきなり不躾な態度を取って悪かったな。で、その件を謝罪した上であんたに聞いておきたいことがある」
「あ? 聞きたいこと?」
「そうだ。まず大前提の話としてだ、ガーディア=ウェルダ、あんたに戦う意志はあるか――――言っちまうとだな、この場を穏便に収める気はねぇか?」
そんな彼が淡々と語った言葉に他の者が目を見開く。正気を疑う。一度目の驚きが収まらぬうちに追い打ちとばかりに襲い掛かった衝撃が、隠しきれぬ動揺となり周囲に漂う。それほどまで、積の発言は予想外なものであったのだ。
「いやそこまで驚くべきことじゃねぇだろ。なんせ俺らはガーディア=ウェルダと名乗った目の前の奴の人となりを全く知らねぇ。今のあいつは狂った獣でもなけりゃ、そもそも先に攻撃を仕掛けたのは蒼野だ。なら俺の兄貴なら尋ねたっておかしくねぇ質問のはずだが?」
「いや、そりゃまあそうなんだけどよ。ううん?」
『善さんの皮被ったまま以前みたいな及び腰に戻ったか?』などと考えていた康太も積が淀みなく口にした理由を聞けば一蹴する気も起きず、戦いの場であるにも関わらず奇怪な声を上げてしまうが、
「別に構わねぇぜ。てかそもそもだ、テメェの言う通り先に手を出したのはそこのガキだ。そいつが謝って、その上で戦う意思を示さねぇってのなら、俺がわざわざ戦う理由もねぇしな」
「は、はぁ!?」
「え、うそ。何それ?」
「それで解決できちゃう事態なの。コレ?」
頭を掻き毟りながら当然という様子で告げられた返答は、二度ならず三度までもこの場に集った戦士たちを襲った。この状況でそんな返事を聞けるなど、夢にも思ってなかったのだ。
「……ガーディア=ウェルダと言ったな。俺たちは貴様が封印されていたという事実を知っている。それはもし表に出てこれば、千年前と同じように周囲を破壊することを予期しての行動だ。貴様にその意思はないと?」
無論その発言を疑う者は現れる。ゼオスがそのうちの一人であり、投げかけられた質問を聞くとガーディア=ウェルダは元となった男と同じ顔を、千年前の彼と同じように不快の色に歪め、黒い衣に包まれた右腕をあげ、左右に振った。
「そりゃお前らの勘違いだな。そもそも俺が生み出された経緯ってのは、戦いに繰り出すための上質な兵士を作り上げるためってものだ。となりゃ当然戦闘本能みたいなもんはある。だがな、それを好き勝手暴れることで発散させる気はねぇよ」
「じゃ、じゃあなんで千年前はあんな風に暴れた! お前のせいで私たちは友を失ったんだぞ!」
「そりゃおめぇ、俺を内包してたあの野郎が敵意と殺意をトリガーにして俺を纏ったからだろ。しかも人格ができる前の不安定な状態の奴をだ。そうなりゃ暴れるのは当たり前だろーが」
(蒼野君)
(大丈夫ですよアイリーンさん。すぐに通信をつないでるアルさんに、そこら辺の兵器の事情について聞いてみます)
指をさしながら非難するエヴァを前にしても彼は調子を崩さず言い切り、アイリーンと蒼野が念話を行う。
「『神の獣』などと呼ばれていますが、そのあたりはどういった事情で?」
「知るか。どこぞの雑魚野郎が好き勝手呼んでるだけだろーが」
間を置かずに行われたメタルメテオの質問もあくびを噛みしめながら答え、その様子を見れば本当に興味など無いことはすぐにわかった。
であれば、彼らの心境も大いに変わる。
この場にいる者の中に無意味な戦いをすることを好む者はほとんどおらず、手を引けるならばそれで良しとするものが多いゆえに。
「そ、そうか。ならいい! ならいいんだ! 実を言うとダーリンと同じ顔をしたお前と戦うのは気が引けてな! 小馬鹿にした顔やら細々とした示唆も似てるからな! ならば私は! 気絶したダーリンを連れて! 愛の巣に帰り貪り……! 失礼、癒すだけだ!!」
しまいにはエヴァが上機嫌でそう語り出すのだが、
「……悪いがそれは了承できねぇな。手を引くのは構わねぇ。だが交換条件だ。そいつはここで殺させろ」
緩んだ空気を締め付ける提案をガーディア=ウェルダは行った。
「え?」
それを聞きエヴァの声が凍る。なぜであるかという困惑がそのまま飛び出る。
「俺がこうやって出てるのはだ、そいつがぐっすりスヤスヤと寝てるからだ。つまり主導権はそっちにある。とくりゃ目を覚ました場合、一方的に吸収されることはなくとも一波乱あるのは確定だ。んな面倒ごとは避けてぇ。だからそいつは、ここで確実に殺す」
「ならば、やはり手を引くことはできんな!」
その返礼として語られた内容は今こうして現世に顕現した彼からすれば当然の悩み。当たり前すぎる道理だ。だがそれを認めることができないのがここに集った者達で、その代表を務めるようにシュバルツが最前列に踊り出て大地を揺らすほどの足踏みをすると、剣を担ぎ敵意と殺意を漲らせる。
「そうだな。それだけはダメだよな。それを阻止するために俺達は集まったわけだしな!」
「ええ。それに長く居座るってことはさっき言ってた戦闘本能が溢れる時だってあるわけじゃない。それは見過ごせないわよね!!」
それを見れば蒼野達が決意を固めるには十分であり、続々と闘志を滾らせる。
「…………剣帝の座」
「どうしたゼオス君?」
「…………………………いや、何でもない。忘れてくれ」
しかしゼオスは素直にそれに続くことができず、
「お前の立場なら言いにくいか。ならオレが聞いてやるよ」
同じ様子を見せた康太が意を決した様子でそう告げると、ガーディア=ウェルダがいきなり襲い掛かってる事がないことを十分に確認したうえで深呼吸を二度三度と行い、
「いいんだなシュバルツ・シャークス! 乗っかかった船だ。最後まで付き合ってやる。だが!!」
「……」
「多分『死闘』なんて甘っちょろい言葉じゃ済まねぇぞ。こいつは」
「うん。そうかもしれないな」
意を決して口を開くと最後まで言い切るよりも早くシュバルツは口を挟み、
「ただこれだけは確信を持って言える。最初に犠牲になるとしたらそれは私だ。だからその時は、その姿を見たうえで交渉しろ。エヴァとアイリーンを説き伏せろ」
「!」
「遺言と見てくれてかまわない」
自身の行く末を明確に示した。その直後、
「アイリーンさん!」
「ええ!」
彼らの見ている前で、ガーディア=ウェルダが一歩前に進む。その速度は凄さまじいもの光の領域には届いておらず、それに合わせるようにアイリーンが動きを束縛するべく無数の閃光弾を作成と同時に投擲。さらに現代を生きる数多の強者を阻んだ転輪を周囲に漂わせ行く手を阻み、
「なんだ? まさかこの程度が足止めにでもなると思ってんのか?」
「は?」
「うそ……」
その全てを『果て越え』の鏡映しは退ける。
ガーディア・ガルフが行うような、圧倒的なスピードで避けるわけでもなければ、手数を利用し一つずつ対処するわけでもない。
真正面から飛び込むと身を守る動作など一つも見せず、目を覆う閃光を強力な光態勢で捻じ伏せ、転輪が備える光の刃を身じろぎ一つすることなく全身に浴び、それでも傷一つ負うことなく、アイリーンの目前に迫り、右腕をおもむろに振り上げた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
二日前の死に体から復活したので無事更新。
戦う前の前提確認と決戦の始まりへ。
まぁはい。三章まで続いた物語の総集編なのでね、最後の最後なので敵方もふざけた性能となっております。
今回で語った以外にも存在する彼の真価は次回で
それではまた次回、ぜひご覧ください!




