千年前の遺留品 三頁目
「ぜ、善さん。これ」
今現在目にしている目の前の光景に対し蒼野が息を漏らす。
「おいおい、どうなってやがる」
解説書に書かれている情報によれば、目の前の爆弾の残る配線の数は四本だ。
しかし今蒼野の瞳が見つめている物体に取り付いているチューブ状の配線は六本ある。
「ど、どうしましょう」
予想外の事態を前に、泣きたくなるような表情を浮かべ善に縋る蒼野。
「落ち着け。お前が選ばれた理由を思い出せ。たとえ失敗したとしても時間を戻せば問題ないからだろ」
そんな様子の蒼野を立ち直らせるために力強い声で善が蒼野を励まし、それを聞いた蒼野の口からは安堵の息が漏れる。
「そ、そうでした」
そう、今回蒼野が呼ばれた理由はその能力があまりにも目の前の物体と都合がいいからだ。
解説書によれば間違ったものを切った瞬間すぐに爆発するわけではない。どのようなミスであれ、蒼野が時間を戻すだけの間はあるのだ。
「落ち着け……落ち着け」
気負いなく作業を続けられるかわけではないが必死に心を落ち着け、ハサミを持っていない左手で早鐘を打つ心臓を押さえ震える手を必死に抑えようと意識しながら、ハサミを六本の内の一本に近づける。
「あ」
次の瞬間、無意識に六本の内の一本を斬り裂いてしまう。
するとエクトデスが揺れ、残った配線が千切れそこから真っ黒な煙が漏出。
「蒼野! 能力を使え!」
「え、あ、はい!」
突如起きた異常事態を目にして意識が散見していた蒼野が、善の言葉を聞き能力を発動させる。
すると現れた半透明の丸時計が目の前の物体に当たり、元の数倍にまで膨れ上がっていた姿が元に戻っていく。それを見て善が安心したように息を吐くが、
「はぁ……はぁ……はぁ!!」
「大丈夫か……ってんなわけねぇか」
蒼野はそうはならず、顔を青くして滝のような汗を流し心臓を押さえうずくまっている。
だがそれを責める事を誰ができよう。
今蒼野は自らの不手際で、多くの命を奪う事ができる兵器を爆発させる可能性があったのだ。事の重大さを考えれば、むしろ一般的な反応である。
「残りは少ないが一度休憩をする。その状態でやるのは危険だ」
万が一の事を考えればここは一度作業から離れるべきだ。そう考えた善の提案を、
「……いえ、このまま最後までやりきりましょう」
蒼野は断る。
「…………大丈夫なのか」
「ではないですけど、恐らくここでこの場を離れたら、俺は二度とここに戻って来れない気がします。それに」
「それに?」
「あいつの意図がわからないのが一番怖い。仕事を終えて、さっさとこの場を離れましょう」
付き合いの長い康太でなくてもわかるほど蒼野は追い詰められており、本人にもその自覚がある。にもかかわらず作業を続ける理由は自らを狙う暗殺者が理由だ。
蒼野は考える。
この場で休憩をしながらゆっくりと爆弾の解体作業を行うのと、意識を集中させ早く終わらせ戻ること
どちらの方が安全でどちらの方が危険か。
ラスタリアからそう遠くないこの場所に、過去の大戦の遺物がポンと置いてある事やそれが改造されている事から、これが自らの命を狙う暗殺者の策なのは目に見るよりも明らかだ。
ならばそんな場所から一刻も早く離れる事が命を繋ぐ最善策ではないか?
目の前の爆弾はたとえ失敗をしたとしても時間を戻せば何とかなり、それでもだめならば背後で控えている善が何とかしてくれる。ならば、手を止める必要はないではないか。
口には出さず自らの胸中で考えを固め、一度だけ深呼吸を行い、
「……よし!」
そうして無理やり緊張を抑え自身を奮起させると、六本の内の一本を再び切る。
「はずれか!」
再び膨張を始めた爆弾の時間を戻し、次の一本を切る。
「……大丈夫みたいだな」
すると今度は、大きく膨張することもなく爆弾は沈黙を貫き続けた。
「そう、ですね。善さん確か完全に解除するとどうなるんでしたっけ?」
「その形を保てなくなって砂状に変化する。そこまで行ければ終わりだ」
新たに二本増えたことでどのような変化をしているかはわからない。だが解除した際の反応は分かっているため、それを目指し蒼野は再び配線を切る。
「何も起きないですね……」
「ああ」
蒼野の緊張感が善にも伝わり、そんな少年を支えようと彼もまた意識を研ぎ澄ませる。
「もう……一本!」
残る配線は四本。そのうちの一本を切ると、先程の比ではない勢いで黒い煙が溢れ、その場から飛びあがるような鼓動を開始。膨張の速度は先程よりも早く瞬時に爆発の瞬間がやってくる。
「っ!」
が、蒼野の集中力はそれを上回り、再び時間を戻すと、爆弾が戻ったのを確認しそのまま勢いよく右隣の配線を斬り裂くが、今度は膨張する様子はない。
「はぁはぁ……」
「何とかなったみたいだな」
隣に立っていた善が話しかけ、それに頷く蒼野。
そうして残った配線は三本。どのような策が仕込まれていようとも、あと二本で終わりは来るはずだ。
「蒼野」
「大丈夫です。行けます」
四本の際の膨張速度はその前と比べかなり早くなっていた。もし本数が減るごとに早くなるのだとすれば、ここでのミスは大災害に繋がりかねない。
時刻は午後四時。
夏から秋に移行するにあたり日の入りの時刻はだんだんと早くなり、カラスの声が辺りに響く。
「……行きます」
そんな中、切るべき一本を見定めハサミを通す蒼野。
蒼野と善の意識が研ぎ澄まされる。
蒼野はこの先に起こるであろう事態に備え意識を集中させ、それこそ命を捨てるような勢いで配線をハサミで切る。
「……」
ドクンと一際大きな音が聞こえる。
その反応を見てすぐに能力を発動させようと蒼野が動きだすが、エクトデスがそれ以上鼓動を続ける事はなく、沈黙を貫いた。
「さ、最後の一本…………どっちだ?」
そうして終わりが目の前に迫っている事を蒼野が理解し唾を飲みこみ、善もまた何度も爆発しかけたその物体に意識を注ぐ。
その時であった、蒼野の体が真後ろへと引きずられていく。
「え?」
思わぬ事態を前に、意表を突かれ声を上げる蒼野。
振り向いた彼が目にしたのは一枚の鏡だ。
自分と同じ顔を一人の少年の姿。
大きな違いは着ている衣服のみで、蒼野が赤を基調とした上着に下はジーンズであるのに対し、目の前に存在する自分は、墨汁で染めたかのような真っ黒な服を上下に着ている。
頭が何かを考えるより先に視線は善がいた方角へと向くが、そこで見たのは先程まで男のいた場所の上下左右の加えて前後にできている黒い渦。
「ぜ!?」
危機的状況を前に意識を極限まで集中させていた蒼野の脳は突然の事態を前に混乱し声を上げるのだが、
「逃がすかよ!」
彼にとってのヒーローは未だ健在。
自身が黒い渦に覆われるよりも先に移動を済ませていた彼は、危機を瞬時に脱し、それから間を置くことなく、黒い渦に呑みこまれようとしている蒼野に向かい手を伸ばした。
「視線を外したお前のミスだ原口善」
「あ?」
その最中に言われた言葉の意味を善は正しく認識することができない。
自分はこれまでずっと蒼野の方に意識を飛ばし、今も自身の側から消えようとしている彼に対し追従している。
そんな自分に対し目の前の見知った顔の男は何を言っているのだろうか?
疑問を感じた善はそこで、
「!?」
自身の背後からこの上なく不吉な空気を放ち続ける物体の存在を察知した。
見るとそこには真上から現れた黒い渦から出てきた剣によって串刺しにされたエクトデスの姿があり、それは今にも爆発しそうなほど膨張していた。
「なめんなクソ野郎が!」
自身を挟みこむように訪れた危機を前に善が咆哮を上げると、エクトデスへと体を傾け瞬時に接触。
結果爆弾の鼓動はみるみる縮小し、最終的に剣が刺さっているのにもかかわらず正常な状態にまで戻っていった。
「っ」
そのまま間髪入れず蒼野へと向け再び腕を伸ばし進んでいく善。
だがそんな彼の前に巨大な壁として黒い渦が展開され、それを見た善は迷う事なく回り込み、
「あのやろう……」
そこで彼は、既に誰もいなくなってしまった空間を前に、憤怒の声を漏らしていた。
「!」
その後すぐに携帯電話を取り出し優に連絡を取る。
『もしもし、善さん?』
「すまんミスった。蒼野を連れてかれた」
『………………はぁ!? え、ちょ嘘!?』
「俺が言うのも筋違いかもしれんが落ち着け。まずは康太と聖野に伝えろ。そんで姉貴が付けた発信機の確認だ。世界中のどこにいようと、それである程度の位置は掴める」
『そうね。ええそうよ。ここまではこっちの想定内。ここからが勝負なのよね』
自身の失敗を素直に謝り、焦る少女に淡々と指示を与えていく。
するとこの状況自体はありえた事であるのを認識した彼女も気を取り直し、これからやるべきことに向け意識を注ぐ。
「そうだ。こうなった時でも生き残れるようにこの十日間は過ごしてきた。場所がわかり次第俺の方にも連絡を頼む」
『ええ』
善からの電話は切れ優が二人に伝えるため動きだし、善もまた動きだす。
そして
「……久しぶりだな」
蒼野は再び対峙する。
自らと同じ顔をした、自身に向け強烈な殺意を向ける少年と。
「ゼオス・ハザード…………」
古賀蒼野の命をかけた戦いが、ここに始まりを告げた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ということでついに終盤戦。
蒼野VSゼオス・ハザードです。
ここでも何度か口にしていたことですが、今回のテーマは熱血バトルですので、それにふさわしい戦いを見せていただければと思います。
そして今回でついに第100話!
ここまで続けられたのも皆さまが見てくださっているおかげです!
これからもまだまだ続くので、見ていただければ幸いです!
この物語の新たな始まりとなる101話は、今夜の深夜帯に必ず上げるのでよろしくお願いします!




