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『果て越え』の誤算


「何故、だっ」


 人類史上最強と謳われる男が膝をつく。そこから立ち上がることはなく体を震わせるに留まる。


 戦いは終わった。逃れられぬ終わりがやってくる。ガーディア・ガルフが時を超えて抑え続けていた怪物が目を覚ます。

 そこまでわかっていてなお、その状況、最後の最後に当の本人の口から零れ落ちるのはただ一つの疑問。『なぜ絶対に味方であるはずの友が、自分に牙を剥けるのか』なんて解けない難題だ。


「……ガーディア」


 両膝を床に突き、もはや頭を上げる余裕さえない友の側にシュバルツは近づく。戦いが終わったことを察した、微塵も戦意を感じさせない声を発しながら。

 するとそれを耳にしたガーディア・ガルフの方が揺れ、発せられる言葉の内容が変化する。


「今ならば勝てると思ったのかね。千年追い求めた私を超えられる好機と見たのか? それとも…………何か別の不満でもあったのかね?」


 施していた封印が解けた故に、発する言葉には確かな感情が宿っていた。それまで凹凸が極端に少なかった彼の声にはしっかりとした色が宿っており、それに懐かしさを覚えながらもシュバルツは同じように片膝を突き、


「あぁそうだ。私にはどうしても耐えられない不満があったんだ」

「……」

「私だけじゃない。エヴァだってアイリーンだって、たぶん同じ不満を抱えてた」

「それ、は、何かね? 教えてくれシュバルツ。君は……私の友たちは…………いったいどんな不満を抱えていたのかね?」


 行われた失態を諭すような厳しい、けれど同時に労わるような物言いを行い、それを聞きガーディア・ガルフは縋るような声でそう呟き呟き、残る力全てを捧げ自身を見つめている友の顔を見つめる。


「たとえそれが最善だとしても、私らはさ、お前に死んでほしくなかったんだ」

「…………」

「自殺を選ぶなんて、どうしても受け入れられなかった。だから抗った。君の考えに異議を唱えた」

「……なん、だそれは。何を言ってるんだ君は。そんな、そんな幼子のわがままのようなことを!」


 そんな彼は友の答えを聞き、信じられないという思いを目と鼻から垂れ流す血の勢いで伝えながら、血反吐と一緒に言葉を綴る。

 『愛する世界を前にして、そんなことを言っていいわけがない』と言外に伝え、


「なぁ友よ。もしもだ、もしもだよ。私が今の君とは逆の立場で、何らかの理由で死のうとしたとしよう。そうしたらさ――――――お前はどうする?」

「下らないことを聞く。そんな事、絶対に許すわけ、が」


 けれどそんな思いは直後に揺らぐ。シュバルツが言いたかった言葉の意味。それを理解したゆえに。

 彼が語る『己が犯した過ち』をこれ以上ないくらい明確に突き付けられたゆえに。


「いや待て。そんなはずが……ない! 他のものならば、いい! だが……だが! この私が、この私がそんな!」


 けれど彼は受け入れられない。己の過ちを『理解した』としても彼は素直に受け入れられない。

 だから首を左右に振りながら浮かんだ考えを振り払うよう、目前に迫った終わりさえ無視して言葉を発し続け、


「友よ! いやガーディア・ガルフよ!」

「!」

「お前は……いやお前だって!」


 そんな彼を逃がさないとシュバルツは崩れ落ちる寸前の友の肩をがっしりと掴み、


「―――――――――助けを求めてよかったんだ。他の人と同じように! 困った事、どうにもできない事があったのなら、俺に、仲間に相談してよかったんだ! それで無理ならもっと色々な人に相談してよかったんだ!」

「っ!?」

「恥も外聞も捨ててさ、もっと死に物狂いで生き延びようとしてよかったんだ。そのために人を頼ってよかったんだ!!」


 声を震わせながら、生まれた時から今日まで彼がしていた最大の過ちを指摘した。


「…………………………なん、だと?」


 その言葉はさほど長くもない生涯ながら、最も彼を戸惑わせた言葉だった。

 何しろ彼は今日という日まで、本当に一度たりとも誰かに助けてもらいたいと思ったことがなかったのだ。面倒ごとを押し付けたいという思いこそあれ、そういう発想を抱いたことはなかったのだ。

 どんなことをしたとしても他の誰よりもうまくことを進められる彼は、そういう思いを抱いたことがなく、だから此度の一件も自分の力だけで何とかしようとした。


 言ってしまえば、彼は最初から間違いを犯していたのだとシュバルツは告げる。


「シュバルツ」

「ん?」

「君なら、君なら私を助けられるというのか?」


 そして友の必死の訴えを一笑に伏すほど彼は愚かでも冷たくもなく、


「お前が不可能だと断定したとしてもだ」

「……」

「約束する。俺は、いや俺たちは、必ずお前を救うと! だって彼らはそのために集まってくれたんだぜ」



 友の疑問に対し、計算や打算ではない。どこまでも純粋な『友を守りたい』という気持ちから、シュバルツ・シャークスは満面の笑みを浮かべ力強くうなずいた。


「…………………………………………………………頼む」


 その答えを聞き、ガーディア・ガルフは初めて懇願する。

 人生で初めて自分の手では届かない事態の解決のためにそう懇願し、


「任せておけ!」


 意識を失い全身から黒い靄を立ち昇らせた友の姿を見ながら、シュバルツ・シャークスは言い切った。


 そして


「シュバルツさん!」

「あぁ。ここからが本番だ!!」


 その光景を見届けたシュバルツの、蒼野のゼオスの、康太の優の積の目の前で、最後の敵は現れる。


 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


少々長く続いた前哨戦はこれにておしまい!

最後の最後はこの世界で最強の存在が抱いた勘違いを正す話でした。


そして長く続いた三章もついに最終決戦!

最後の最後まで見届けていただければ幸いです


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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