果ての先のそのまた先へ 二頁目
届いた。
彼の耳に声が届いた。己の身を労わるような声である。その声が何と言っているかまでは今の彼には理解できず、けれど「それでいい」と思うことができた。
(足は……地面を踏んでいるか)
『果て越え』ガーディア・ガルフ。史上最強と謳われた極限の個。彼はことこの状況に至り自身の敗北を素直に認めた。
遥か格下に負けることは人によっては絶対に認められない事実かもしれないが、感情の大半を体内に宿す獣の封印につぎ込んでいた彼にとってその事実を認めることはさしたる問題ではなかった。いやそもそも、この戦いは初めから自身の死で幕を閉じるはずであったのだ。であれば自身がこうして窮地に陥るのは予想外の展開ではあったが、目くじらを立てるようなことではない。
問題なのはこの後。『自身がどのような終わりを迎えるか』についてだ。
(蒼野君は……どれだ?)
このままうずくまったままでは世界が破滅の一途を辿るのは紛れもない事実であり、それだけは阻止しなければならないと、死の間際にも関わらず彼は考える。恐怖の一つさえ覚えることなく世界の未来だけを見据え、
(もはや手足を動かすだけの余力はないか)
目的を果たすために、棒のようになってしまった手足に何度も何度も力を込めた末に彼は立ち上がる。これ以上一歩たりとも動けないと知りながら、けれどもなおも「できることはある」と訴えるように立ち上がり、
「救う、のだ」
ぼそりと呟いた言葉に反応するように闘気が自身へと向けられた瞬間、朧気な視界ながらも五人の姿を確認し、史上最強の座による反撃が始まる。
「え?」
剣を、銃を、斧を鎌を構え、来るべき最後の抵抗を捻じふさんと五人の若人は意志を固め極限まで集中する。しかしそんな彼らの前からガーディア・ガルフは消えた。絶対に動けないはずの状態――――それこそ指一本動かすのさえ苦労する状況であったにも関わらず、なおも視認できない速度で姿を消したのだ。
「「上!!」」
そんな彼がどこに移動したのか。それにいち早く気付き声を上げたのは康太と優。
「……炎」
「そのとおりだ」
その二人よりもさらに早く気付き既に目標へと向け駆けていたのは、神器により反射神経さえ研ぎ澄まされたゼオスであり、飛び上がりながら彼の眼ははっきりと捉えた。
ガーディア・ガルフが再び瞬間移動が如き移動を行えた正体。それが彼の両手から噴き出た炎を利用したものであると。
「千年、か。なるほど。確かに重いな年月だな。しっかりと建てたはずの計画がここまでうまくいかなくなっているとは」
千年前から今に至るまでガーディア・ガルフに本気を出させた敵はいない。ゆえに知られざる事実であるが、今こうして彼らが見ている炎の噴射。これを交えることで『果て越え』ガーディア・ガルフはやっと真価を発揮するのだ。
他者を隔絶する圧倒的な時間を持つ彼は、何者も追いつくことの適わない速度で相手を翻弄した。これは間違いない。
ただ実のところ本人はそれだけで満足しなかった。『より早く、より縦横無尽に動くことはできないか」という命題を抱えていた。
その答えが今、彼らの前で提示されている『ほんの一瞬だけ発せられる爆発のような音を発する炎』。実に単純明快ではあるが、ガーディア・ガルフはかつて小説で読んだ、ロケットの噴射の原理を自身の掌から出す炎で再現し、その際に生じる推進力を利用し指一本動けない状態ながらも空中を舞うことが可能なのだ。
「クソが!」
「康太の銃弾が外れた!? 指一本動かせないはずなのに!?」
「あそこまで複雑な動きできるのは反則だろ。いや目で追えるだけマシなのか?」
驚くべきはその行動範囲の広さと速度の速さ。ほんの一瞬だけ噴き出ては消え去る炎は、実のところゼオスが全ての炎属性粒子を一気に放出しても足りないほどの量の粒子を圧縮したものであり、これを彼は小刻みに何度も使うことで複雑な軌道の動きを繰り出すことができ、数々の攻撃を死に体ながらしっかりと躱しているのだ。
「よし目も慣れたな」
どれほど素早いとしてもガーディア・ガルフの肉体は人間の骨格であり、となれば急な方向転換が不可能な場合は多々ある。通常ならばそのために二手三手と使うところを炎の推進移動は一手で行ってしまう。そしてそれが五秒ほど続いたところでガーディア・ガルフの口からそのような呟きが漏れ、
「迸れ。炎刃」
「え?」
回避に徹していた彼の口から続いて言葉が発せられると、その直後に最後尾に控えていた康太の両足と最前列で猛攻を仕掛けていたゼオスの両腕が同時に吹き飛んだ。
(首を狙えればよかったがこの視界では難しいな。まずは邪魔な腕と足を先にいただいておこう)
「なに、がっ?」
(視界がぼやけるのが思ったよりも厄介だな。まだ首を狙えないか)
攻撃の正体を彼らは知覚できないが、実のところそこまで大したものではない。
ガーディア・ガルフが今しがた行った攻撃は向こう側が見えるほど薄く伸ばし、しっかりとした切れ味を備えた簡易的な炎の刃の錬成。炎属性の使い手ならば圧縮の密度はともかくとして、ゼオスやレオンどころか素人に毛が生えた程度の使い手でも十分に行える類の技術である。
「こ、攻撃が見えねぇっ」
「全員首周りを守れ! それで即死だけは免れる!」
問題なのはその刃を生み出し、使った直後に仕舞う速度である。他者の十倍の時間を自由に使えるということは十倍の速度で詠唱や物質の生成を行えることと同義であり、ガーディア・ガルフは炎属性の攻撃を生み出し、自身の身に還元するまでの工程を光を置き去りにできる速度で何度も繰り返し行える。
「ちょ、これ!」
「どうしようもねぇ!」
康太の危険察知の『直感』でさえものともせず、優の自己再生が周回遅れする速度。ゼオスが神器を掴み何倍にも研ぎ澄ませた反射神経でさえ影を捉えることさえできぬ炎の刃は、美しい三日月の弧を描いては消え、それを二度三度と繰り返し、蒼野を除いた四人の首へと徐々に近づく。
「……っ」
「ゼオス! 腕をっ!」
「蒼野! テメェこのやろっ」
「静か、に、しろ。おとなしく………………していろ。疲れて、いるんだ。黙って首を差し出して、くれ」
そうして死に体の彼に即座に形勢を覆され彼らはやっと気づいた。
自分達がどれほど足掻いてもガーディア・ガルフに勝てないのだと。
たとえ数十秒後には逃れられない死が待ち受けていようと、彼がその気になれば自分たちはすぐに地面を汚す赤い染みになっていたはずで、そうならなかったのはいくつもの幸運と練りに練った戦略がたまたまうまくいったからなのだと。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
だから彼らはもう一つの秘策をここで切る。
欲を言えば自分達だけで彼を仕留め、待ち受ける後の戦いに取っておきたかったもう一つの策を使うことを決意し、その号令となる咆哮を積があげると蒼野達もその意味を察知。積が戦場である教会内部を埋めるように錬成を行い始めるとと、それに合わせて蒼野達も威力ではなく数に頼った攻撃を繰り出していく。
「無駄だ」
水に炎。風に鋼。それらに加え康太が光属性の箱を用いた熱に遮られない攻撃を打ち込むが、その悉くが出ては消え去る炎の刃で叩き落とされ、
「――――え?」
それでも何とかたどり着いた一本の鋼の剣。それが重厚感を感じさせる音を教会内部に響かせた瞬間、積の口から戸惑いの色に染まった声が漏れ、その声の意味する内容を理解しているゆえに残る四人も呆気に取られ、
「……何に驚いているのかはわからないがこれで終わりだ」
そんな状態の蒼野を除いた四人の首に対し、完璧な軌道を描く炎の刃は撃ち込まれ、無情にも戦いは終結を迎える。
「すまない積君。わかってはいるんだ。作戦通りに進めた方が確実性が高いことは」
「な、に………………?」
その運命が覆る。四つの刃全てが同じタイミングで斬り払われることで。
「わかってる。わかってるんだ。けれど、それでもだ」
「馬鹿な…………………………」
「目的を果たす前に」
それを成したのは友を忘れまいと真っ白なマントを纏いし巨漢。五人の子供たちが頼りにしていた『皇帝の懐刀』と多くの人に呼ばれた男。
「どうしても、俺はこいつと話したくなったんだ」
『最後の壁』とも呼ばれていた剣士シュバルツ・シャークス。彼が友の前に突如現れ立ち塞がる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
VSガーディア・ガルフ。その終止符を打つために男が壇上に登ります。
最後の戦い。そこで起きる事態とは。シュバルツが友に語る言葉とは
最後は前後編くらいのペースで進む予定ですが、ゴールデンウィークが少々忙しく、前編部分はちょっと短めです。それでもしっかりと濃い内容を書き上げ、皆様にたのしんでいただければと思うのでよろしくお願いいたします。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




