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ギルド『ウォーグレン』VS『果て越え』ガーディア・ガルフ 四頁目


「驚いたな。強化されたのは身体能力や属性粒子の力だけではなかったのか。見たところ………………あらゆる面が何段階も上昇したといったところか」


 断頭台に括り付けられた刃の如き一撃により血は流れる。処刑人の予想通りに。

 問題があるとすればその出所で、裁かれるはずであった人物は出血をしていない。それどころか姿が見当たらない。


「………………」


 死の運命に晒されていたはずの男の姿は同じ顔をした少年の背後にあり、前述した通り傷を負ってはいない。ではだれが出血したかと言われれば振り下ろされた刃の持ち主であるガーディア・ガルフであり、彼は顎を隠すほどの勢いで流れた自身の血を浮浪者が着込んでいるかのような服の袖で拭い、ゼオスの方に向き直る。


「……限界だな」


 ゼオスが発したその言葉は向き合う『果て越え』の状態を指しての言葉ではない。自分たちを示した言葉だ。

 目前にいる男には死期が迫っている。それは間違いない。立っているのがやっとの状態なことに疑いはない。


「同感だな。俺の直感もそう告げてる」

「お前の直感がそういうのならマジなんだろうな」


 だが勝てない。絶対に勝てないと、彼らの本能が訴えかける。

 事前に教えられた推測通りなら、いくら力をセーブしていたとしても後十分は動けないはずであると蒼野達は踏んでいる。

 しかしその十分があまりにも遠い。

 どれだけ必死に足掻いたとしても、もはや五分どころか一分さえ稼げそうにないことを自然と察知し、


「……蒼野」


 自身が狙われているからか、はたまたこの場で最も全体を見渡せる余裕があるからかゼオスが最終決定権を握る蒼野に話しかけ、


「……三十秒くらいか。助かったよゼオス」


 それを受け、彼を守る盾のように立っていた蒼野が何度か深呼吸をしたうえでそう告げ腹を括る。


「みんな。頼む!」


 直後に告げた言葉に秘められた覚悟の大きさ。それはここまで彼と戦ってきた四人だけではない。敵対しているガーディア・ガルフもしっかりと感じ取れるほど力強いものであり、彼らは口に出さずとも同じことを悟る。


 ここがこの戦いの分岐点。

 この分岐点を押し通せれば挑戦者五人の勝ちで、遮られればガーディア・ガルフの勝ちであると。


「正直に言うとね、私は『戦い』というものに対して熱を抱くことは滅多にないんだ」

「「……」」

「しかしだ、諸君がしているような表情をする者には敬意を表すことにはしている。その表情をするものがどのような感情を秘めているのかは、知っているからね」


 その直後、一歩たりとも動いていないにも関わらず肩で息をし続けていたガーディア・ガルフは、その様子とは裏腹に普段通りの凹凸のない声で彼らの姿を称賛する言葉を紡ぎ、


「ただ」


 その直後にその場から音一つ発することなく霧散。


「私がそれに付き合う義理はない」


 困惑する彼らに対し、これまでと何一つ変わることなく、己が我を押し通す。


「がっ!?」

「安心したまえ。事前に予告したことは覆さない。だが痛めつけさせてはもらう」


 次に姿を現した時、ガーディア・ガルフの姿は積の側にあり、短剣を手にしていなかった左手の五本の指には滴るような赤が付着しており、積の体の十数ヶ所から勢いよく血が飛び出した。


「積!」


 瞬間、空気が熱を帯び、教会内部を覆うそれぞれの闘気が膨張する。それに合わせるように康太が十の引き金を絞り、一つ一つの銃弾を躱す『果て越え』の元へと優がたった一歩で肉薄。鎌を捨て、手の甲に紋章を刻み、威力ではなく手数に意識を向けラッシュを繰り出す。


「ふむ」

「……優」

「お願い!」

「なに?」


 それを真正面から受け止める構えを見せるガーディア・ガルフであるが、彼女の背後に瞬間移動をしたゼオスがその予想を覆す。

 瞬きほどの間に優の背後に移動したかと思えば彼女の肩を叩き、次の瞬間にはその姿は彼方へ。


「死にかけっていうならさ」

「!」

「もう感知だってできないんじゃないのっ!」


 代わりに真正面に陣取ったゼオスが秒間一万回近い回数の斬撃を打ち込む中でガーディア・ガルフの頭上から、触れるだけでダメージに繋がる紋章を張り付けた拳を繰り返し打ち出していく。


「無駄だ」

「そうでもねぇよ!」


 二方向からの、別々の厄介さを兼ね備えた攻撃の嵐。彼はそれを前にしてもたった一言で切り捨てるが、二人の努力を康太が繋ぐ。完璧に捌きつつも動く素振りさえ見せない『果て越え』へと、銃弾を撃ち込む。


「俺も!」

「待て蒼野。お前は、あいつらを信じろ!」


 積に時間回帰を施し傷の修復をした蒼野も参戦する意志を見せるが積がそれを止め、鉄斧を持つと周囲に鉄の刃を展開しながら前に飛び出し、



「しつこいな。ならば少し化してもらおう」


 そう言いながら彼がさも当然というように掴んだのは積やゼオスの持つ武器の類にあらず。自身へと向け跳躍しながら迫った積の足首であり、己の頭上を奪っている優の脇腹へと向けなんの遠慮もなく彼の真っ黒に染めた髪の毛が生えた頭部をめり込ませた。


「傷に関しては安心したまえ。死に至る傷であろうと治しきってあげよう」


 視認できない速度の一振りで優が吹き飛び、積の頭部の右半分が左半分に埋まる。間違いなく致命傷であるその傷は、けれどそこ座に黄金色の炎で包んだかと思えば消え去っており、息を呑むゼオスを放置しながら視線を康太へ。

 持っていた積を遠慮なく、絶対に外さぬよう細心の注意を払いながら投げ飛ばし康太にぶつけると、地面にぶつかるよりも早く今度は首根っこを掴み、止まることなくゼオスへと向け疾走。


「……ガーディア・ガルフ!」

「選びたまえ。君の死か。積君の死か。予定から外れることにはなるが、君が選んだ結果だというのなら甘んじて受け止めよう」


 限界を示すように吐き出される血の滝が『果て越え』の着ている汚れてボロボロな衣服の首元からへそまでを赤黒く染め、言葉も合わさり彼を醜悪で下劣な悪鬼へと変貌させる。


「外道が」


 言葉を受けたゼオスの反応は吐き出された短い言葉に全て籠っており、そんな中でも彼は選ぶ。自身の手で一つの道を。


「っ」

「驚くほど変わったなゼオス君。いやゲゼルの奴が選んだというのならば当然か」


 少し前のゼオスならば積を切り捨てた、ないし攻撃を躱したであろう。『生きる事こそ至上の課題である』と考えていた彼ならば躊躇こそするもののそうしたはずだ。

 

 だが今の彼は違う。シュバルツとの戦いの過程で新たな道を選んだ彼は積を助けるため、振り下ろされた一撃を甘んじて受けた。もちろん死ぬつもりはなかったので頭頂部へと直撃だけは避けるように右肩で受け、それでも想定外の威力に耐え切れず教会の壁に叩きつけられた。


「それでも意外ではある。どのような成長をしたかまではわからないが、多少は迷うと思っていたのだがね」


 そのまま地面に沈んだゼオスへと、勝利を確信した故か悠然とした足取りで近づくガーディア・ガルフ。

 彼の視線の先には、もはや逃げることはできないことを自覚しながらもその相貌に『勝利への執着』を宿したゼオスの姿があり、


「…………信じているからな」


 絶対の自信を込められた言葉が彼の口から出てくる。


「何をだい?」


 するとガーディア・ガルフの口から疑問が発せられ、


「……原口積という男を俺は信じている」


 確信の色に染まった言葉が返答として放り投げられる。その瞬間、


「俺達、は……負け、ない!」

「っっっっ」


 ガーディア・ガルフが、積を掴んでいる右手を地面に沈める。

 それが大量の鋼属性粒子を展開したことによる重量の急激な増加であることを理解した彼は積を掴んでいた掌を離そうとするが、逆に積が掴んでいたゆえに離すことができず、


「理解できないな。何が君たちをそこまで沸きたてる?」

「クソッ


 しかしその直後には硬化していた積の腕を切り落とす。


「油断も、慢心も」

「!」

「心の驕りも! 傲慢も! 全てあんた自身が招いたものだ!」


 けれどたった一手。安易に離れる事がなかった間に稼げた僅かな時間を使い彼らは再起を図る。

 吹き飛ばされていた優が立ち上がると急いで駆け出し、崩れ落ちていた康太が腕だけを持ちあげ引き金を何度も絞る。地面にぶつかり、それどころか武器として凄まじい速度で振り回されていたため視界がおぼつかず脳も正常に働かない積は、それでも手癖だけで数多の刃を錬成し展開すると勢いよく発射。


「無駄だ。全て意味がないことなど既にわかってっっっっ」

 

 その全てをガーディア・ガルフは簡単に捌ききる。いつも通り変わりばえのない様子でだ。。


「っ!?」


 そのはずであったのだが状況は覆る。

 かつてヴァン・B・ノスウェルが命を賭けた時のように、デューク・フォーカスが全てを捧げた時のように、彼は体を大きく揺らし血を吐き片膝をつく。


「……俺が言うのも可笑しな話かもしれんが」

「っ」

「外道に果たせる大義なんてないのだろうな!」


 その瞬間、ゼオスが迫る。

 砕けた右肩は治ってはいない。ゆえに剣を掴む腕に力はない。それでも今この瞬間に全てを決めると誓い前に飛び出し、


「……掴んだぞ――――『果て越え』!」


 殴りはしない。投げ飛ばしもしない。花にでも触れるように優しい手つきで触り、ガーディア・ガルフの肉体がその場から消え去った。優に使った時と同じ、自身の体で何度もやっている瞬間移動で、


 彼が向かう先。それは、


「これ、は」


 他四人の猛攻をしっかりと捌きながらも彼が注視していた場所。それこそこの戦いにおいて最も重視していた男、すなわち古賀蒼野の目の前で、


「決める!」

「なんだこれは。君は一体何をしている!?」


 彼は取り乱す。それこそヴァンやデュークと戦った時さえ見せなかったほど。

 なぜなら瞬間移動した先で彼の到着を待っていたかのように敷かれていた円陣。蒼野の力を示す象徴である丸時計は白と黒をごちゃまぜにした見たことのない縁を備えており、それを見た直後に彼の全身は不吉な予感から警報を鳴らし、


「時間破戒」


 まごうことなき世界最速の足で離れようとするが動けない。なぜならば既に能力は発動しており、ガーディア・ガルフの全身を同色の光が即座に包み、消える。


 次の瞬間、


「がっ!!!!??」


 ガーディア・ガルフが崩れる。片膝を突き、体をこれまでの比ではないほど痙攣させ、口からだけではない。鼻や目、いや全身の至る所から、噴水という勢いでは足りないほど激しい勢いで血を吐き出す。


 誰が見ても考えるまでもなくわかる状態。

 『瀕死の状態』という言葉でも、棺桶に片足を突っ込んだ言葉でも足りない。

 まさしく死の一歩手前という様子の姿まで彼は一瞬で追い詰められていた。





ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


申し訳ありません。諸事情があって普段より一層遅れてしまいました。

蒼野達頑張るの巻。そして最後の最後についに秘策が炸裂します。


何が起こったのか。これからどうなるのか、彼らにとって一世一代の大決戦の行方とは………


それではまた次回、ぜひご覧ください

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