ギルド『ウォーグレン』VS『果て越え』ガーディア・ガルフ 三頁目
「や」
「やった!」
蒼野達が見ている先で決定的な瞬間が訪れる。
彼らの先にいるのは二人。
一方は床に片膝を突きながらも光を通さぬ漆黒の剣を振り抜いたゼオス・ハザード。
もう一方はそんな彼に近づき処刑の執行を行おうとした『果て越え』ガーディア・ガルフ。
襲撃者たる男は五分ほど前に断言した未来を現実のものとするために近づき、けれど視界に飛び込んできたものを目にして思わず足を止めた。
「――――――」
感情の大半を自身のうちに眠る獣の封印に回し、過去の記憶のいくらかを摩耗させた彼は、並大抵のことでは驚かない。いや驚けない。
それでもなお驚愕の感情を覚えたとしても、常人の十倍の時間を持つ彼からすれば、本当に短いものであるはずなのだ。
そんな彼が足を止め隙を晒すほどの驚きを示すもの。それが二つだけある。そのうちの一つ。
「――――――ゲゼル君?」
それが己が託した希望。明るい未来の実現者として選んだ自身の後継。すなわち直接バトンを託したゲゼル・グレアの残り香であり、
「っ!」
ゼオスがゲゼル・グレアから引き継いだ神器がどれほどの衝撃を与えたのか、ボロボロに汚れた衣服の左肩部分から噴き出したまっすぐな鮮血が明確に示していた。
「ま、さか………………彼が後を託したのが蒼野君でもシュバルツでもなく君とはな。奇妙なことだ。不可解でもある……だが」
とはいえ攻撃を受けた瞬間には理性ではなく本能が働いたため、ガーディア・ガルフは剣の切っ先が肩に触れたと同時に反射的に体を後ろに反らした。ゆえに左肩につけられた傷は浅い。それこそ薄皮一枚切り裂いた程度である。
「なぜか納得できるっ」
だというのに彼は膝をつく。先ほどまで一切乱していなかった呼吸は乱れに乱れ、いきなり滝のような汗を流し始めたかと思えば血の気が引き顔が青くなる。本当に僅かな傷を負っただけで、蒼野達がシュバルツやアイリーンと対峙し追い詰められた時よりも遥かに深刻な様子を見せる。
それは人類史上最強と呼ばれた存在が、ことこの状況に至りどれほど弱体化しているかを明確に示しており、蒼野や優の顔には明らかな動揺が走る。
(このまま倒すべき、なんだろうけどさ)
(ちょっと、気が、ね)
それはこの土壇場で生じた奇妙な感覚。間違いなく最強の存在であるガーディア・ガルフが自分たちのような格下相手に満身創痍な姿を見せることに対する、憐れみに似た感情であった。
「………………認めよう。君たちは強い」
しかし実際にガーディア・ガルフの前にいるゼオスは手を緩めない。持っていた漆黒の剣に通常時の数倍の威力にまで上昇した紫紺の炎を纏い、彼の胴体へと向け躊躇なく半円の軌道を描く。
これは自身の命を最優先で狙われているという事実に生来の性格ゆえの部分もある。しかしそれ以上にここまで衰弱してなお、目の前の相手に対し一切の油断は許されないという直感が働いたのだ。
「だが」
「………………っ」
「まだ青い。青すぎる」
そんな彼の予感は現実のものとなる。何倍にも身体能力が跳ね上がりシュバルツとさえ切り結べるほどの膂力と速度を備えた彼の斬撃は、一撃に全てを賭けた場合それこそ光の速度を凌駕する。『瞬きすら許さない』などと言うほど甘い段階ではないのだ。
それほどの一撃を前にしても、ガーディア・ガルフは動揺を微塵も示さない。
ほんの一瞬、自分の胴体が先ほどまで置いてあった場所に剣が通った瞬間、彼の剣の上に猫のように音もなく着地し、目を丸くするゼオスを見ながら即座に跳躍。
「他の四人も強くなっているが、間違いなく君が一番だな。今の一撃を受けて首がつながっているのは凄まじい成長だ」
音をはるか後方に置き去りにして鋭い手刀が撃ち込まれたかと思えば、ゼオスは剣を持っていない左手を盾として使いそれを防ぐ構えを見せ、けれど自身が放った斬撃以上の速度を兼ね備えた一撃に左腕は耐え切れず、首こそ守れたものの手首から先が吹き飛んだ。
「ゼオス!」
彼らの視界に映った二度目の鮮血により止まっていた時間は動き出す。康太が上げた声に反応するように残る面々も動き出し、戦いは瞬く間に正念場を迎える。
「君に見せた未来は四肢の欠損に首が吹き飛ぶ己の姿だ」
「……死に体の男が見せる動きではっ」
「先に首を離して意識を奪った方が君のためだと思ったのだが致し方がない。先に四肢をもらおう」
彼らが対峙するガーディア・ガルフの姿に変わりはない。数秒前と同じく片足を棺の中に突っ込んだような死に体だ。
そんな状態の彼が多くの戦いを経て成長した五人を圧倒している。
先ほどまでの防戦一方な状態を解いた瞬間、目の前にいるゼオスに対しては自身の右手に持った短剣を凄まじい速度と技術を用いて仕留めにかかり、残る四人はいつのまにか左手に持っていた伸縮自在の蛇剣と、足踏みに合わせて吹きだす炎の波で対処する。
「こ、ここまで!」
「まだ力の差があるのかよ畜生!」
様々な手段で遠距離攻撃を駆使しようとする積。威力・数の両立を神器で行えるようになった康太はそれらを行うことが一切できずに完封。一度の攻撃さえ許さぬ勢いで攻め立てられた影響で、教会の壁際まで追い詰められ、
「っ」
「負傷を覚悟で攻めるか。自己再生の有無が理由とはいえ、君は五人の中で最も男らしいな尾羽優」
「それ誉め言葉になってない!!」
優だけはそんな中でも愚直に前に進むが、代償として彼女が負う負傷は凄まじい。
一歩歩く度に四肢のどこかが吹き飛びついでとばかりに胴体は焼き尽くされる。それでも大量の水属性粒子を使いすぐさま再生したかと思えば、今度は全身を一センチの正方形の束になるように区分けされ、そこからもなんとか再生したかと思えば、頭上から襲い掛かった重力で地面の染みになった。
「原点回帰!」
「来るか」
そんな中で彼が耳にしたのは福音に等しい言葉の羅列で、その瞬間、彼は自身の顔を蒼野のいる方角へと向け、けれど瞬く間に落胆の色を示す。
なぜなら完全なる死を示す赤は撃ち出されておらず、蒼野の体を包む膜として機能していた。もちろんその状態でも触れれば死の波は自身の体を蝕むのだが、空間を歪ますほどの攻撃の波を潜り抜けるためだけに使っていた蒼野の力は、ガーディア・ガルフが首を向けた瞬間には掻き消えていた。
「……次のターゲットに向かう時間が迫っている。そろそろ死ぬといい」
ゼオスを殺すための猛攻が始まってから三十秒ほど経ったところで彼は再び口から血を垂らし、それ以上の勢いで汗を流しながら告げる。
すると死にかけの病人同然とは思えぬ状態から繰り出される攻撃の圧は更に増し、それまで寸でのところで攻撃をしのいでいたゼオスの左足が吹き飛び、
「まずは一人だ」
ゼオスが体勢を崩した直後、死の刃はギロチンの如く振り下ろされた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
しっかりとしたダメージを与えたという証明と、それでも全く止まる気配のない化け物のお話。
蒼野達はここにきて初めて、デュークやらヴァンが味わった何をやっても適わない無力感を味わいます。
さて早い話ですが本編でも語られた通り戦いは早くも正念場を迎えます。まぁガーディア殿相手に時間を稼ぐのは不可能に近いので、仕方がないと言えばそれまでの話ではあるのですが。
次回は反撃フェーズ。がんばれ少年少女の巻です
それではまた次回、ぜひご覧ください!




