ギルド『ウォーグレン』VS『果て越え』ガーディア・ガルフ 二頁目
頭首亡きギルド『ウォーグレン』に残った五人の子供たち。
出会いから今までで、幾たびもの視線を乗り越え、なお朝日の美しさと夜の静寂に身を包むことを許された五人の戦士。
彼らはシュバルツが告げた超弩級の難関依頼を受理した。
断言してもよい。これは誰もが『偉業』と称える類の出来事である。
千年前でも現代でも、自身が仕組んだ以外では一度たりとも『敗北』を経験したことがない人類の現状最高到達点ガーディア・ガルフ。
これに二十歳にも満たない少年少女が己が意志で挑むというだけで、新聞の一面を飾れ、テレビは連夜ゴールデンタイムに報道や考察の番組枠を設けるだろう。他の情報メディアにしても、彼らについて様々な憶測や意見が飛び交うのは間違いない。
最も、今回の場合は貴族衆の手厚い協力もあり、ガーディア・ガルフ復活の報は世間から隠されることになったため、そのようなことは一切なかったのだが。
さて、なぜそれほど騒がれるかについてだが、この理由は様々なれど元を辿れば至極単純。
熱した頭が冷めてきたとき、当の本人たちも同じ疑問にぶつかることになる。
『どうやってあの怪物を下すのか?』そんな当然の疑問が契機であり、冷静になった彼らは残念なことに断言できた。
『無理』であると。
自分たちは強くなった、それは間違いなく、彼らとて自覚している。それこそゼオスや康太に限れば各勢力の最高クラスの人らと肩を並べられるくらいには強くなった自覚さえあった。
ただやはりガーディア・ガルフには適わないという考えを捨てきることができなかった。いかに自分らが強くなり、彼が弱体化しているとしても、彼我の実力に大きな隔たりがあることを彼らは認めざるえなかった。
「さて、ならどうやって」
「……時間を稼ぐかだな」
それでも彼らは諦めない。シュバルツの必死の懇願を聞き、彼らの過去を知った今になってこの依頼を断ることなどしない。
なぜなら『勝てない』とわかってはいても活路はあったのだ。デュークやヴァンを筆頭に、先にある板多くの者が進むべき道を示してくれていたのだ。
「身近で見ていた私の感想だがな。動くことに関してだけなら、あいつはもう五分も持続できないんじゃないかと思う。本来のあいつならどんな攻撃が迫ろうと触れる事なんてしない。接触するだけで発動する類の効果なんて山ほどあるからな。躱すだけで終わたせる。それをしないってことは」
「ただ動くだけでも億劫な事情があるってことか。なるほどな」
その事情について彼らは既に知っている。
直接戦った竜人族の老人が残したメモ。それに五人が実際に目にした光景の一つに『不自然な吐血』があり、彼らが苦労して得たその情報が誤ったものでないことをシュバルツが保証する。
「……一つ尋ねたい」
「ん?」
「……そこまで弱っているのなら貴方なら倒せるのではないか? それとも、それほどまでにガーディア・ガルフという存在は遠いのか?」
ただそうして一つ情報が手に入れば疑問が湧くのは当たり前のことで、向かい側のソファーに座るシュバルツはゼオスの質問を聞き困ったように笑った。
「いや勝てる。全力時の一割程度の出力しか発揮できないあいつが相手なら流石に勝てる」
「それでしたら俺たちが戦う意味がないんじゃ?」
「ただし大前提としてあいつが『戦ってくれる』とするならだ」
「え?」
「これは断言してもいい。もしも私が目の前に現れたとしてそのまま戦おうとしたら、あいつは取り合わないだろう。全力で逃げる」
「に、逃げる!?」
「ああ。蒼野君の能力による『完全なる死』を目指してるあいつからしたら、私と戦った際のメリットは皆無だからな。というかデメリットしかない。だから目的のために逃げることを選ぶ。でもって奇襲人質なんでも使って蒼野君を追い詰める方向にシフトする。それなら私を出し抜けるからな。で、それがどれだけ厄介かは説明しなくてもわかるだろ?」
直後に伝えられた内容には蒼野達五人だけでなくエヴァやアイリーンとて頷かざる得ない。極端に衰弱し力を出しきれないとはいえ、『最速』の称号を持つガーディア・ガルフが奇襲を行うのがどれほど厄介なのかなど考えるまでもない。堂々と待ち受けると言っている今がどれだけ恵まれた状況なのかもそれにより把握できる。
「君達が行う作戦は強力だ。はっきり言って今のあいつに対する最適解と言ってもいい。けれど忘れないでくれ。あいつを相手に二度同じ手は通用しない。それどころか、最初の一回で対処される可能性だって大いにある。それともう一つ。重要なのは」
「……たった一度のチャンスを活かすため、それまでの間にどれほど消耗させられるかだな」
「ああ」
そんな彼らに念押しするようにシュバルツは告げ、ゼオスの言葉にしっかりと頷く。ガーディア・ガルフが僅かでも傷を負えば回復の有無に関係なく大きく体力を消耗すること、すなわち残された時間を著しく消費することは彼ら共通の認識であり、
「攻撃の手を緩めんな! 持ってるもん出し切る勢いで攻めるぞ!」
「「応!!」」
それを延々と行うことを許されているという『恵まれた五分』の間に彼らは死力を尽くす。
どれほど阻害されようが、どれほど受け流されようが、どれほど防がれようが、彼らは攻撃を続ける。
短距離走を延々と繰り返す行為に等しいそれは、通常時ならば後先考えておらず不自然に思われるかもしれないような光景であるが、幸いにもその違和感を消し去る好機を『果て越え』自身が作り上げたのだ。彼らは黙ってそれに乗っかる。
「ふむ」
「嘘!? 分解された!?」
「それはアイリーンさんのっ」
「彼女が行うあれは明確には『稀少能力』ではない。極めた技だ。それならば私は再現できる」
「化け物だな本当に!」
二分と少しが経ち、それまで行われた二十を超える近接戦、その間に打ち込まれた十万を超える攻撃と優が使う能力や康太が使う特殊な弾丸の数々は、手にしていた短剣とアイビスしかできないはずの秘技で容易くいなされた。
そこからさらに一分。康太の威力特化の銃弾を筆頭に積による遠距離攻撃も加わったが、それらは目で終えぬ速さで動く彼をとらえることはできず、時は悪戯に過ぎていく。
さらに一分の時を経てもそれは変わらない。そして彼らは今更ながら痛感するだろう。ガーディア・ガルフは他全ての戦士と違うのだと。
数多の者が見せるように、攻撃の質や量を見切る、ないし推測して『対策を練る』わけではない。
シュバルツのように、二度目の時点で完全に見切り『最適解』を叩き込むわけでもない。
万物万象の正体を自身しか持ちえない特別な時間で完全に捉え、把握し、構造や起こりえる事象を解析し『全て捻じ伏せる』。絶対強者たる彼しかできない贅沢な権利を彼は所持しているのだ。
「さて、辞世の句を聞かせてくれないかゼオス君」
そうして刻限はやってきた。
五分という時が過ぎたと同時に五人の体は壁に叩きつけられ、死刑執行者の瞳が罪人をはっきりと捉えながら無機質な声でそう尋ね、
「………………今のお前の姿を見たとして」
「……」
「ゲゼル・グレアはなんと言うと思う?」
「悪いがこの場にいない死人が何を思うかなど考えるつもりはない」
「そうか」
辞世の句の代わりに告げた質問に対し、僅かに固くなった声で応じる。
「ゼオス!!」
「逃げて!!」
直後にガーディア・ガルフが僅かに屈んだと同時に蒼野だけでなく全員が物量で挑み始め、けれどその全ては無表情のままいなされる。
「壁!」
なおも諦めきれぬとばかりに康太と積が分厚い黒鉄色の壁を展開し、
「無駄だ」
しかしそれは瞬く間に溶けて消える。そうすればその奥にいるゼオスの姿は無論彼の目に届き、
「ならば知れ」
彼は見ることになる。シュバルツと同様に。
「あの人は! こんな未来を決して! 望んでいなかったと!!」
『果て越え』が未来へのバトンを託した男ゲゼル・グレア。
「その、剣、は……………………」
彼が死にゆく間際、かつての『果て越え』と同じように託したバトン。その向かった先を。
ゼオス・ハザードという少年が引き継いだ、思いの結晶たる神器の姿を。
「――――」
それを見た瞬間に彼の脳を満たしたのは千年前の終わりにして在りし日の記憶。彼の胸を熱くし、思考を過去へと誘う昔日の鍵。
「おおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
「――――――っ!」
それは凄まじい肉体強化を施したゼオスが斬撃を放ってもなお続き、その切っ先が左胸の辺りに触れた瞬間に現実へと戻されるが時すでに遅し。
「早っ!?」
全力を発揮できる彼であれば間違いなく結果は違ったであろう。しかし今の彼は突如シュバルツ・シャークスと切り結ぶことができるようになったゼオスの動きに対応しきれず、
その体に真っ赤な線が刻まれた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
ガーディア・ガルフの現状把握と積達五人の反撃。そして最後の最後に叫ぶゼオス。ガーディア殿からしたら彼のその変化にもびっくりである。
そして死後になって存在感を増すゲゼル殿。シュバルツとガーディア殿二人の二人を潰すためだけに生まれてきたかのような男です。
次回から戦いはヒートアップ。蒼野達の全力全開が続きます
それではまた次回、ぜひご覧ください!




