原口積の激昂 二頁目
蒼野達がガーディア・ガルフと戦う前に、シュバルツから頭の中に叩き込むように言われたことがある。
『ガーディア・ガルフという男を決して神格視するな』という忠告である。この言葉の意味が分からず蒼野は言葉の意味を尋ねた。それほどまで彼らにとってガーディア・ガルフは凄まじい存在だったのだ。
「あいつはそりゃもうめちゃくちゃ強い。そこに疑いを持つ必要はないさ。けどな『全知全能』やら『万能』なわけじゃない……いや実際にはそう名乗る奴ら全員を容易に下してきたわけなんだが、あいつ自身はそういう類じゃない。あいつはそうだな『対応の達人』と言った方がいいかな?」
「た、対応の」
「達人?」
するとシュバルツは二十歳にも満たない五人の挑戦者が見せた意図を感じ取り少々悩む素振りをすると、少々ながら時を置いた後にそう告げ、今度は康太と優が意味が分かっていない様子で言葉を繰り返した。
「あらゆる状況の処理を誰よりもうまくできるってわけだ。どれほど予想外の事態があったとしても、持ってる力と技術、それに知恵でなんでも処理できちまう。どれほど後手に回っても覆せるだけの素質を秘めてるってわけだ」
「あぁ、お前にしてはいい表現だなそれ。確かにあいつはそういうところがある」
「そうね。だから彼はどんな事があったとしても目的を果たすことができる。結果的に何でもできる存在、『万能』や『全能』『無敵』『最強』なんて言われてる。でも」
「ああ。そりゃいい過ぎだ! あいつは割とダメダメだ!!」
すると噛み砕いてシュバルツが説明を行い、同じ空間にいたエヴァとアイリーンも同意する。
彼女らが付け足した内容曰く、ガーディア・ガルフという男は此度の戦いでも千年前の戦いでも、そのものずばり思惑通りに物事を進められたことは常人よりは多くとも、全体を通してみればやはり少なかったらしい。
その都度その都度アクシデントが生じ、けれど常人の十倍以上の時間を所持し、さらに優れた身体能力や技術、それに頭脳を持つゆえに困難な状況を次々と打破してきたのが実態であると。
「忠告感謝するよシュバルツ・シャークス。ならその大前提を崩すのが前哨戦の肝ってことだな」
「察しがいいな。その通りだ」
「身体能力の低下は望めないなら…………狙うは頭脳面か」
その言葉の示す意味を積は即座に理解。前哨戦の目的がガーディア・ガルフの絶対的な強さに大きく携わっている頭脳。これを揺らすための戦いであると、他の誰よりも早く理解し告げる。
「判断能力が落ちれば技術面にだってほころびが生まれる。結果、対応能力は大幅に落ちる。だからそれを狙うような弁論をしてもらいたいというの私からのアドバイスにしてお願いだ。なぁに、失言くらいならあいつだって普通にする。それを零させるために色々としゃべらせてくれ。まぁ、うまくいったからといって油断できるわけではないがな。そこまでしてなお強いのが『果て越え』なんて称号を得たあいつだ」
ソファーに座るシュバルツが気軽にそう伝えるが蒼野達の表情は浮かない。
「あの、シュバルツさん」
「ん?」
「簡単に言ってくれますけど………………そんな都合よく失言なんてしますかね? 急所をつけるほどの失言なんて、中々しないもんじゃないですかね?」
少々遠慮がちに思ったことをそのまま口に出し、ただそれを聞いてもシュバルツの態度は変わらず、顔には確信を抱いていることを示すような笑みが浮かんでおり、
「そう心配するな。あいつは結構なうっかりさんだ。それこそ俺なんかは、あいつのことを『失言大王』だとさえ思ってる。だから喋らせとけば君達が思っている以上に簡単に致命的なやらかしをする。これが戦闘時の動きの最中なら楽にリカバリーするんだが、言論となればそうはいかん。君たちはそれをしっかりと把握して、うまいこと前哨戦の勝利に役立ててくれ」
最後まで余裕を感じさせる朗らかな声色で言い切る。
ただそこまで聞いても蒼野や優、いや五人の不安を払拭することはできずにいたのだが、
「原口善が…………死んだだと?」
ここにきて彼は絶対に取り繕うことのできないほどの失態を見せた。
積がその事実に気づいたのはかなり早い段階からだ。
再び現世に舞い戻ってから今日の数日間、ガーディア・ガルフほどの男がシュバルツが生きている事実を掴めず、さらに言えばゼオスや自分の変化にも応じきれていない様子を示していた。
その理由が実際に現場を見ていないであろうことが原因なのはすぐに把握できたのだが、とすれば一つの仮説がさほど時間をかけず積の脳裏に浮かぶ。
「ひょっとしたらこの男は、自身の兄が死んでいることも知らないのではないか?」なんてもので、それがどれほど大きな意味を占めるのかは積は容易に理解し、その事実こそが突破口となりえるものであると感じ取った。
なぜならガーディア・ガルフは今、間違いなく自分たちを持ち上げ、自分を殺さそうとしているが、そのような行為を行うのは自分達の背景にギルド『ウォーグレン』という存在があるから。もっと言えば『原口善』がいるからだ。
ギルド『ウォーグレン』と言うのは原口善が作り長を務めている組織であり、であれば部下が得た功績や名声が最後に向かうところは長である彼のもとだ。
従ってもし原口善が生きているのならば、神の座になるのは常識的に考えれば蒼野や積ではない。彼らを見出し、その上に立っている善なのだ。多くの人が新たな神の座として納得する数多の功績や信頼を得ている積の兄で、ガーディア・ガルフはこの点を最終目標にしていると積は判断。
すぐさまこの計画の修復できない綻び。善の不在による計画の完璧なる瓦解を見通した。
「ばか、な」
その彼の想定が正しいものであると示すようにガーディア・ガルフは声を上げる。
闇の中に身を浸しているため表情をはっきり見ることまではできないが、聞こえてくる声に混じった震えが彼の胸中を示しており、積はそれを正確に読み取る。
「お前が馬鹿なことをしなけりゃ兄貴は死ななかった! 今も俺たちの側にいたはずだ!! その未来をお前が奪った!!!!」
考えればすぐにわかるはずなのだ。この場に原口善がいない違和感に。このような状況ならば絶対にいるであろう彼が不在であることの意味に。
「戦死者は極僅かだと? それがどうしたってんだ!! 『死んでない』ただそれだけのことだ!! 切り取られた片腕がまだ生えてこなくて、失明した目を治すだけの金がなくて、今も苦しんでいる人がいるんだ!! それを見て悲しむ家族がいるんだ!!!! お前は――――お前はそういう悲劇全てを見ないふりして好き勝手エゴを通したんだ!!!! そんな奴が、そんな奴が被害者ぶってんじゃねぇ!! 世界を救うなんて妄言を宣うな!!!!」
「っ」
「何が『これしか手段がない』だ! 何が『生きるための手段は考え尽くした』だ! 何が……何が『犠牲者は極僅か』だ!! なんでもできるお前さんは、そのクセ考えうる限り最低最悪の手段を選んだんだ!!!!!!」
どれほど弱体化してようがガーディア・ガルフならば積を下せるだろう。今すぐにでも動き出し、心臓を突き刺し体を灰にすれば、積の絶命は免れない。
それほどの実力差があるというのに、今薄暗い闇の垂れ幕に隠れた状態で、『果て越え』ガーディア・ガルフは苦しい顔をしている。
「世界中の誰もがあんたの道を許そうが、俺だけは絶対に認めねぇ!」
顔を赤くして額に汗を流し、呼吸困難になりかけながらも体を大げさに動かし思いの丈を投げつける積に対し、彼は彫刻のように体を固め、呻くような反応しか示せない。
「そこまで私を恨むのならば、なぜ殺すことを良しとしない。それが最良ではないのかね?」
「俺の兄貴はたとえ相手が犯罪者だったとしても、救える奴は全部救った。『死んで終わりではなく生きて償わせる』道を選んだ。それにだ、ここでおめぇの言うことに従えば、俺たちは犯罪者の提案に従っちまうって結果になる。んな結果を認めてたまるか!」
「………………私を救ってどうする。たどり着く結末は同じだと言ったはずだが?」
「違うな。俺たちはおめぇみたいに犠牲を出す道は選ばねぇ。俺たちの誰一人としてかけず、さらにあんたさえ殺さず戦いを終わらせる。神教が文句を言ったとしても、賢教が暴れるとしても知らねぇ。貴族衆やらギルドが全面戦力で襲い掛かろうと、抵抗して必ず生き残らせる――――あんたを生かすことを必ず押し通す!」
「理想論だな。できるわけがない」
「できるできねぇじゃねぇんだよ。譲れないもののために必要なのは『やるかやらないか』の二択だ。てかいちいち反論するんじゃねぇよ。いいか大馬鹿野郎。わかってないようなら言ってやる」
そんな彼の弱弱しい抵抗を跳ねのけ呻き声を上げさせたのを見届け、その上で積は締めくくりのセリフを告げるための自身の前に広がる滑走路を整え、
「おめぇは偉大な人物でもなければ被害者でもねぇ。できることをせず好き勝手やったクソ馬鹿野郎。大量の被害を出した頭のおかしいサイコパスだ!!!! そんなおめぇを俺たちは否定する! 不可能だと言われたおめぇを下すことによってな!!」
「っ」
「だからおめぇはもう黙れ。妄想話に付き合うのは終わりなんだよ!!!!」
堂々と全力で言い切る。
「だ――」
「!」
「――れ」
全てが終わり教会内部に静寂が訪れる。蒼野に康太、優にゼオスという積の背後に控えている四人は口を開くこともできず前に立つ積の背中を見つめ、
「黙れ原口積!!」
しばらくの間を置き白い石とステンドグラスに包まれた教会が揺れる。彼らに対し始めて晒した、いや現代に復活して以降間違いなく初めてのガーディア・ガルフの激昂。溢れ出た感情の迸りによって。
「ただの理想論を語るな!!」
(よくやったよお前は)
その姿を見届け、念話でそう返しながら真後ろにいた康太が積の肩を強く叩き、前のめりになった姿勢を整える積を尻目に残る四人も覚悟を決める
事前にできることはこれで全て終えた。『果て越え』のメンタルは崩れ、フィジカルはこれ以上ないくらい弱体化している。技術面での衰えだってメンタル面を考えれば十分なはずだ。
であればあとは腹を括るのみであり、それを示すように康太が二つの神器を出現させ、他の者もそれに習い己が得物を持つ。ただゼオスだけは神器を携えずに、アル・スペンディオが作成した籠手から爆発する漆黒の剣を取り出し構えた。
この瞬間、彼らはその年若い年齢からは考えられないような風格。すなわち世界中を巻き込んだ今回の戦争により練り上げられた一流の戦士にふさわしい空気を纏い、
「え?」
「!?」
「下らん。たとえどれだけ語ろうが必要なのは結果だ。結果のみなのだ」
しかし残念な結果に終わる。
いやほんの一瞬ではあるが、彼らは気を抜いていたと言わざるを得ない。
どれだけ弱体化しようとも、『果て越え』が絶対に届かない位相になおも存在するというシュバルツが告げた忠告を忘れていたと言わざる得ない。
「思いあがるな」
気が付いた時、首が宙を舞っていた。
首から下が跡形もなく消えていた。
全身がはじけ飛び絶命した。
そのように五人が五人とも別々の『死』を迎えた。
それはあまりにも無情な戦いの終わりの様子であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です
随分と遅くなってしまい申し訳ありません。
積が咆哮を上げる後半戦です。
これにて前哨戦は終了。本格的な戦いになるわけですが………………こうなると『ふざけるな』と言いたくなるくらい強いのがガーディア・ガルフです。
この続きはぜひ次回で知っていただければ
なお、積の追及に関してはもうちょっと濃く書きたいところでもあるので、今日中に加筆修正できればと思います。
もしよければその際にもう一度見ていただければ
それではまた次回、ぜひご覧ください!
追記:4月17日零時、修正完了。微調整と積のセリフの追加となります




