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原口積の激昂 一頁目


 原口積という青年は元来穏やかな気質の人物であり、そのため声を荒げて本気で怒るということはほとんどなかった。

 蒼野にせよ康太にせよ、いや他の誰が相手せよ、文句を言ったり反論することはあれど本気で怒ることはない、そんな彼が誰かを本気で糾弾する姿を見た者もいなかった。


「ふざけんなよこのクソ野郎!!」


 だがそのような背景を背負った原口積が今、本気の憤りを晒している。

 事前に何らかの相談をしたわけでもない。こうして思ったことを口にするよりも前に、念話で誰かに断りを入れたわけでもない。

 本当になんの前触れもなく唐突に、彼は『果て越え』を相手にそう口火をきったのだ。


「………………え? 原口積。私の聞き間違えかな? いま、なんと?」


 驚きは蒼野達だけに留まらない。

 対峙し、それまで蒼野達を圧倒していたガーディア・ガルフでさえ、口から戸惑いが突いて出る。

 他の者とは違う特異な時間感覚を備えているため、万が一にも『言葉を聞き逃す』ということはあり得ない彼でさえ、信じられない相手から信じられない言葉を聞いたと思い少々裏返った声を発した後に聞き返し、


「クソ野郎だよクソ野郎。聞こえねぇのならはっきりと言ってやる。お前は人類史上最大最悪のクソ野郎だ!!」


 そんな彼に対し積は一歩も引かない。自分よりも遥か格上。いやそれどころか誰を相手にしても上の立場を取れる『果て越え』に対し、己が言葉を激流のような勢いでまくし立てて堂々と突き通し、


「――――――」


 それが此度の戦いにおいて初めて彼を閉口させるだけの時間。すなわち彼らが反撃に出れるだけの猶予を作る。


「テメェらもテメェらだ。何を好き勝手言わせてやがる! 忘れんな! どれほど理想を掲げようとな、悪いのは世界中を混乱に巻き込んだ『インディーズ・リオ』なんて名乗ってたこいつらで、それを先導しやがったこいつが一番の重罪人なんだよ! 

 この野郎はさっき、俺らに対して『善意に酔ってる』みたいなことを言いやがったがな、逆だ! 本当に『酔ってる』のはこいつの方なんだよ!」

「「!」」

「…………聞き捨てならないな。この私が自分の行為に酔ってるだと?」


 そうやって作り上げた猶予に彼自身が言葉を挟み込む。するとそれを聞いた蒼野達が冷や水を顔にかけられたかのように目を丸くしながら彼を見つめ、その言葉を真正面から投げつけられたガーディア・ガルフが初めて口から発する言葉に棘を含んだ。


「そうだ! それが罪悪感から目を逸らすためか。それとも! 自己肯定力が無駄に高いからなのかまではわからねぇ! だがな! 忘れるなよガーディア・ガルフ!! どれほど崇高な目的を語ったところでなぁ、あんたは自分勝手な目的のために! 世界中の人らを不安にしたんだ! 不幸にしたんだ! 

 誰よりも強くて! 誰よりも時間があって! 誰よりも優れた仲間に囲まれたあんたなら!! もっと別の手段があったはずなんだ! 多くの人の賛同を得られる手段があったはずなんだ! なのにあんたはその道を選ばなかった!! あんた自身が言ったとおりだ! 世界中の人が血を流す「めちゃくちゃ」な道をあんた自身が選んだんだ!!!!」

「っ」

「その果てに自分が死んで終わりだぁ? それのどこが『最善最良』だ!! 綺麗ごとと下らん正論並べた末に死んで終わりなんざ、自分勝手にもほどがあるだろ!!」


 積は吠える。喉が千切れんばかりに。

 どのような困難も圧倒的な実力やカリスマで踏破できるガーディア・ガルフならば、もっと別の道があったはずであると。多くの人らを傷つけることなく神の座イグドラシルのやり方を否定できたはずであると。潜んでいた悪人を世間に晒すのだとしても、わざわざ敵対する必要はなく、賢教のやり方を改善するのならば、他三つの勢力を味方にすることさえ容易かったはずであると。


 本来ならば多くの人らが不幸になり、血と汗を流す戦などまったく必要がなかったのだと。


 これまで踏んだことがなかったほど強く、自身の体内に内包していたアクセルを踏み、一息に言い切る影響で半ば呼吸困難になり額や頬に汗を浮かばせながら積は言い切った。


「この私が自分勝手だと? 無限に等しい時間を費やした結果叩き出した答えを、自己陶酔の塊だと君は言うのか?」

「あぁそうだ。いや……それだって鼻で笑える話だな。なにが時間を費やしただよ。考えに考え抜いたみたいに言うが、あんた最初から他人を全く勘定に入れてなかっただろ」

「あ」


 積の怒声に対する返答はか細い。それは彼が押されていることや耐えられないほどの怒りを感じている証左であったのだが、そんな彼に対し積は追い打ちをかける。そしてその言葉の意味に優が気がついた。


「そっか。そうだったんだ」

「…………何に気が付いた」

「うん。積の言ったことを聞いてみて思い返してみればさ、さっきのガーディアさんの物言いからして『他人を使うことは考えてない』と思ったのよ。ほら、さっきガーディアさんはこう言ってたじゃない『『こう動けばどのような結末が訪れる』。『ここでこんなことをすればどう変わる』』。これってさ、自分が動いた場合、世界がどう動くかについての語り方じゃない。つまり」

「『彼に動いてもらえばどうなるのか?』『彼女に相談したらどうなるのか』みたいな、他者を入れてないってことか!」

「あぁそうだ。めちゃくちゃ悩んだなんてこと言ってるがな、その実こいつは、他人を全く勘定に入れず自己完結させることにこだわった。言い換えりゃ――――――『自分以下の存在に、自分が抱えてる悩みを解決できるわけがない』なんて傲慢な考えを抱えてやがった!!」


 その違和感を彼女が噛み砕けば蒼野が乗っかり、それをさらにはっきりと、相手の胸に響くような言葉にして積がまとめる。人類史上最強『果て越え』ガーディア・ガルフ。彼が意識無意識に関わらず抱えていた、傲慢極まりない思想を浮き彫りにする。


「…………………………………………………………」


 それに対する返答はない。長い長い、それこそ常人の十倍もの時間を持っている彼からすれば、ありえないほどの沈黙が続き、返す言葉が見つからないことを示すように息を詰まらせる。

 そうだ。その通りなのだ。彼は袋小路に陥っていると理解していながら、終ぞ『誰か』を、『他人』どころか『仲間』を頼ることを考えもしなかった。

 シュバルツ・シャークスにエヴァ・フォーネス。アイリーン・プリンセスのように自分にはない長所を持つ存在を、ゴロレム・ヒュースベルトのような権力を持つ者に対し、自分が抱えていた悩みを最後まで伝えなかった。

 そのクセ被害者面して悲劇ヒーローのように語ると積は攻め立てる。


「――――――下らんな」


 長い、本当に長い沈黙。

 蒼野達にとってもそう感じたのならば、ガーディア・ガルフから永遠にも等しいほどの長さを持ち、その果てに彼はそう口にする。

 それは彼が現代に蘇ってから初めて見せた、他者の考えを真正面から否定する意固地な感情を込めた発言であり、


「君が語るのは理想論だ。『もしも』の話だ。確かに語られたような未来があったかもしれない。しかしそれは『かもしれない』だけだ。根拠がない。ただの『理想論』だ。

 現実は『今』なんだ。数多の不幸があれど私の死で完結する道。神の座イグドラシル。竜人族の生き字引ヴァン・B・ノスウェル。そしてセブンスター第二位『守護者』デューク・フォーカス。神の座を抜きにしたとしても、他二人に対しては素直に申し訳ないと思っている。これは本当のことだ」

「え?」

「……なに?」

「……なるほどな」


 彼が続けて零した言葉の羅列。それが告げる意味を、この展開を見守っていた四人も気づく。『果て越え』ガーディア・ガルフが抱えている、致命的な見落としを。






「しかしだからこそ、私は進む歩みを止められない。彼らを犠牲の犠牲は手痛い。それでも私は辿り着けると信じているのだ。諸君ら五人。そして」






「――――――諸君をまとめる『原口善』ならば、神の座亡き世でもより良い治世に――――!!」






 これまで本気で怒った姿など一度も見せた事がない積が、何を察し怒り狂ったのかを






「俺の」

「ん?」

「俺の兄貴は死んだ」

「――――――――は?」

「俺の兄貴は死んだんだよ。あんたがこんな未来を選んだから――――死んだんだよ!」

「!?」

「んなことも知らずに……したり顔で語ってんじゃねぇよバカヤローーーー!!!!!!」


 続く青年の悲嘆にくれた咆哮を聞き、彼はついに理解するのだ。自分の計画が、自分の預かり知らぬところで完膚無きにまで崩れ去っていたのだと。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です


長く、本当に長く続いた三章の総まとめにあたる話です。

完璧に言い当てられるなんて烏滸がましいことを思ってはいないのですが、私としてはガーディア・ガルフという存在の印象を覆すつもりで書いた話です。

兎にも角にも彼は他のキャラクターとは別の場所に立ってて、延々と苦しめられる立場だったわけですが、今回の話はそれを逆転させる話です。


一話で終わるかなぁ、なんて作者は思いましたが筆が乗ったので前後編に分かれました。

もう一話ほどの間、積による鬱憤晴らし劇場を楽しんでいただければ幸いです


それではまた次回、ぜひご覧ください!!

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