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寸鉄殺人 三頁目


 『生きていれば誰にだって転機はある』彼が子供の頃、何度か耳にした言葉だ。

 その言葉を聞くときというのは誰かが自分と競いあった後で、負けた息子娘に対して父親や母親が慰めていた時であった。


「………………面白くない」


 生まれてすぐに両親を失った少年。なくなる直前にガーディア・ガルフと名付けられた彼は人間を超えた才覚を持って生まれた。自我が芽生えてすぐに自分と他者の時間の流れの違いを理解し、脚力や記憶力、情報処理能力など、様々な点が他の人らと比べ『違う』ことを自覚した。

 ただそれを自慢しようなどと思うことはなかった。幼い頃、それこそ片手の指で数えられる程度の年齢の彼は、繋がりを大切にしており周りに溶け込むよう努力した。しかしそれでも違いは漏れ出てしまう。


 例えばスポーツをした際。例えば勉強をした際。園芸や文芸、他にも数えきれない物事を他人とするが、その全てで彼は同年代を超えた結果を残し、興味本位で挑んできたプロや大御所さえ容易く退けた。


「つまらねぇな」


 そんな彼が周囲から関心を失ったのはそれからしばらくしたとき。十歳を僅かに超えた程度の頃。逆上した大人の一人が彼に戦いを挑み、完膚なきまでに叩きのめされてしばらくした時であった。

 多くの大人達はその結果が示されるまで、なんの根拠もなく考えていたのだ。『どれほど多くの才に恵まれていようと相手は子供で、本気を出せば大人の自分は叩きのめせる』と。

 その自信が砕けた瞬間、周りの人々は彼を忌み子として扱った。あらゆる面で他者を隔絶する結果を示す彼を『人ではない恐ろしい怪物』として扱い、避けるようになったのだ。

 その範囲は戦いを中心に様々な勝負を挑む人が増えるのに比例して広がり、彼の周りから人が寄り付かなくなるまでそう時間がかからなかった。


 そんな世界を彼は『諦めて』いた。自分が頂点という『優越感』を抱くわけでもなく、のけ者にする周囲の人らに『憤り』を感じたわけでもない。

 これから先、少なくとも常人の十倍の時間を生きることを宿命づけられた彼は、自分と同じような地平に立つ存在はいないと、幼いながらも悟ってしまったのだ。


「お前がガーディア・ガルフか!」

「誰お前?」

「俺は隣町で一番の益荒男だ! ここには世界最強がいると聞いてやってきた!」

「………………それで?」

「俺と勝負しろ!!」


 そんなガーディア・ガルフの前に彼はやってきた。

 草原の中にポツンと立っていた大樹。自分と同じように仲間はずれであったその樹の太い枝の上に背を預け、お気に入りの本を飛んでいるときにその男はやってきた。

 声の質からして同年代ではあるのだが、そこらの大人と比べても一回り大きな体。手にしているのは剣や鎚ではなく、自身が寝そべっているものほどではないものの巨大な木の幹で、


「ぷっ。いいぜ。相手になってやるよ」


 そんな変哲なものを武器として背負い戦いを挑む彼が面白くて、ガーディア・ガルフは久方ぶりに勝負を受けた。そして


「つ、強い!」


 彼は勝った。いつものように。


「――――――」


 けれどいつもと違うところはあった。

 その時のガーディア・ガルフは右腕を折り、額にはまっすぐな線が迸り、鼻血も出ていた。吐き出す息は荒く、自身の心臓の音をうるさかった。そのどれもが初めての経験であり、始めて感じた感情の数々に彼の口角は自然とツリ上がり、


「なぁ」

「な、なんだ? 息するのも辛いから、短い返答で、済む、質問にしてくれ!!」

「お前、名前なんていうの?」


 そう問う。


「シュ、シュバルツ……シュバルツ・シャークスだ」


 すると大の字で草原に寝そべっていた巨体はそう名乗り、


「そうか。シュバルツってのか」


 彼はその時、初めて心から笑えた。自分と同じ地平に立てるかもしれない存在を見つけた故に。


 それからの彼の人生は既に記したとおりである。彼はアデットと出会いエヴァと出会い、アイリーンとも出会った。周りに彼らがいるからこそガーディア・ガルフは『常識』や『善悪』を覚え、他の人とも交流を持てた。


 そんな人生を送らせてくれた幸運に、いや出会いをくれたこの世界に彼は感謝している。

 誰もいない世界の果て、そこに存在している自分が『楽しい時間』というものを送れるのがどれほどの奇跡か、理解していたゆえに。


 それほどの喜びをくれた世界の継続、そのためならば彼は『命さえ捧げてもいい』と思っていた。

 それが今のガーディア・ガルフの根底だ。




「そもそもだ。そこまでして君らが戦う理由がどこにある? 先ほども言ったがね、戦ったところで痛い目を見るだけだ」

「それ、は」


 そうして問いかけは一巡する。蒼野達が反論できない最大の壁に戻るってくる。


「彼女らに頼まれたからか。自殺という行為に対する忌避感からか。いやもしかしたら、私が想像できないような理由かもしれない。けれども冷静になって考えてみたまえ。諸君はただ酔っているだけじゃないかね?」

「酔っている?」

「そうだ。涙ながらに頼まれたのかもしれない。土下座されたのかもしれない。私には事の経緯まではわからないが、それを叶える『善良な自分』に酔っているだけじゃないかね?」

「テメェ……」


 言葉に窮する五人に対しガーディア・ガルフは続けざまに弾丸を打ち込む。肉体に対する損傷はない。けれど確かな痛みを与える弾丸を。そしてそれを聞き康太があからさまに苛立った表情を見せるのだが、ガーディア・ガルフの様子には何の変化もない。


「そういうアンタは」

「ん?」

「自分が死ぬってわかりやすくて楽な手段に逃げようとしてるだけじゃないのか? 千年前だけじゃねぇ。現代だって好き勝手に乱して、その後始末を楽な道で済まそうとしてるんじゃねぇか?」


 言葉と彫刻のように固まった表情。その二つを前に五人は嵐に晒されたような感覚に襲われ、直接戦ってもいないというのに、勢いよく追い詰められていくのがわかる。

 すると『言われっぱなしでは黙ってられない』と暗に示すような声色が康太の口から突いて出て、それを聞いたガーディア・ガルフはかぶりを振る。


「私とて死にたいわけではない。当然だ。しかしだ、これしか方法がないのだ」

「え?」

「自分が生き残る道を考えなかった日はないよ。『こう動けばどのような結末が訪れる』。『ここでこんなことをすればどう変わる』。そんな風に生き残れる道を探す毎日だったさ。しかしだめだった。私では――――私を救えない」

「………………」

「それにだ、間違っているよ康太君。私だからこそ、この革命はこの程度の被害で抑えられたのだ。他の者ならば、この十倍以上の悲劇があった」

「減らず口をっ!」

「世界に潜む多くの悪を明るみに出した」

「………………ッ」

「賢教と神教が手を結ぶきっかけを作り、悪しき治世に手を貸していた枢機卿を退けた。私怨があったことは認めるが、それでもその治世の根元となっていた神の座も殺めた。これに対する犠牲は、悠久の時を生きる竜人族の生き字引と神教第二位の実力者だけだ。天秤に乗せれば、どれほど得に傾いているのか一目でわかる」


 凹凸のない単調な言葉の羅列。けれどそこには僅かではあるが『色』があり、それだけで蒼野達は言葉を飲み込む。それまで一切感情をこめてこなかったガーディア・ガルフが自身の思いを明確に表すというのは、それほどの強さがあった。


「蒼野君。君の持つ稀な力に頼るのは文字通り最終手段なんだ。こうしなければ、世界が滅ぶ」

「だ、だとしてもっ!」

「なぜそこまで拒むのだ。ここで私を殺せば、君たちは全てを手に入れられる。それでいいはずだ」


 『死んで終わりなんて卑怯だ』と続くはずの言葉は阻まれ、


「それじゃダメだって言ってんだよオレらは!」

「ならば戦うか。勝算なんて微塵もないだろうに……いやそうだな。もし万が一勝てたとしても君たちが望む結末を辿ることはない。なのに戦うのかい君たちは」

「なに?」


 吠える康太を前にしてもガーディア・ガルフは揺れない。先の見えない崖のように彼らの望む道を阻むように言葉を並べる。


「考えてもみたまえ。もし私に勝てたとして、その後にくる厄災はどう超える? それさえ超えられたとして、世界が私の存在を許すのか? 許さないだろう? 私はその意志に従うつもりだ。『死ね』と言われれば、よりよい世界の作成のために命を捧げよう。だとするならば――――君らがどれだけの奇跡を起こそうと、私が辿る結末は変わらない」


 そうして最後まで語り、彼は頭上を見上げる。薄暗い影に潜む彼の視界の先には七色の光を零すステンドグラスがあり、


「大人しく私を殺してくれ古賀蒼野。それが最善最良の道なんだ」


 両手を広げながら堂々と言い切る彼に対し、蒼野はもう何も言い返せない。なぜなら彼は認めてしまったのだ。『目の前の男の意志を曲げることができない』と。

 自分たちがこれからどれほどの言葉を重ねようと、彼は自身が掲げる『持論』を曲げれない。それほどの熱量を込めた言葉をを自分たちは吐き出せない。


 いや認めたくはないが、それ以前に彼の言葉を『正しいもの』であると認めてしまっている自分もいた。『大人しくガーディア・ガルフが命を捨てる事』それによるメリットの大きさは見過ごせない。

 そのような思いを抱いたのは蒼野だけでなくゼオスに優。それに最も歯向かった康太で程度は違えど同じであり、彼らは揃って口を噤む。


「――けんな」

「………………なに?」

「ふざけんなよこのクソ野郎!!」


 けれどただ一人。原口積だけは違った。

 体内で抑えきれないほどの怒りで拳だけでなく全身を震わせ、自身を見下ろす『果て越え』を睨む。




 ここから原口積の反撃が始まる。








ここまでご閲覧していただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


皆様お久しぶりです。新人賞の投稿も終わり帰還しました。

と言うことで前哨戦その三。続けてガーディア殿のターン。

彼の過去の生活とシュバルツとの出会い。そして今胸に秘めてる思いについて。


前哨戦は今回が折り返し地点。うまくいけば次回で終わり。うまくいかなければ次々回まで。

作者が積無双をどの程度書くかによるのでご了承ください。うまいことスカッとする話に仕上げたい所存


それではまた次回、ぜひご覧ください!



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