寸鉄殺人 二頁目
「さてどうなる」と古賀蒼野は考える。これ以上ないくらい堂々と、人類史上最強に対し言い切った直後、表面上はできるだけ平静を保ちつつ内心でそう呟く。
なぜそのような感想を抱くかと言われれば、現状が当初の予定から大きく外れたものであったゆえだ。
(頼むから問答無用で戦闘開始だけはやめてくれよ~~~~!!)
この場にエヴァが存在しない。それは彼らにとって補いようがないほど大きな打撃であった。
もちろん想定していなかったわけではない。かつてないほど熾烈な戦いに身を投じるのだ。様々な状況を想定しており彼女の不在も十二分に考えていた。
ただそれでも実際に起きて困ることには変わりはない。なにせ彼女は前哨戦にあたるこの舌戦において、最も重要な駒だった。
ガーディア・ガルフにとって彼女という存在はそれほどまで重要であるというのが、作戦会議をした彼ら全員の結論であった。
彼女がいるだけで彼等は確実に話し合いに持ち込めるし、彼女が口を開き否定の言葉を吐くだけで、少なくない動揺が与えられると考えたからだ。
そんな彼女がいない状況で戦いは始めてしまった。それだけで蒼野は心臓を跳ね上げた。一秒後には、死にこそしないだろうが、地面に頭をこすりつけられているかもしれないと思ったほどだ。
「私の目的? それならばすでにはっきりしているはずでは?」
これまた表に出さぬものの、蒼野だけでなく大半の面々が内心で両手を合わせ唸るように念じ続けると、幸いなことにその願いは果たされた。自分よりもやや低い位置にいる五人の挑戦者を見下ろし静かな声でそう返すガーディア・ガルフによって。
「…………とぼけるな『果て越え』俺たちはエヴァ・フォーネスとアイリーン・プリンセスの要請で貴様を確保しにきた。その際に貴様の目的も聞いた。そんな態度に意味はない」
望んでいた展開に持ち込める。そう理解した彼らの安堵は大きい。けれど胸を撫でおろし一呼吸つくほどの暇はない。質問をされればこの状況を維持するために無視するわけにはいかず、いち早く普段の調子を取り戻せたゼオスが一歩前に出て、ステンドグラスが発する黄色い光を浴びながらそう告げるとガーディア・ガルフは暗闇の中で短くだが息を吐き、
「そうか。彼女らは生きているか」
次いで静かではあるが温かみの宿った声でそう呟いた。
「生きてるわ。二人とも五体満足で。拷問なんかも一切されてないって約束するわ!」
「いやそもそも二人ともこの場に来てるしな」
その声に含まれていた感情は彼が初めて見せたもの。すなわち『安堵』と『喜び』が混じったもので、それを聞き蒼野と優は感じた。勝算は極僅か、交渉をするために必須であったエヴァ・フォーネスもいない。
けれどもうまく進めることさえできれば、無血での終戦もありえるのだと。
「ただ蒼野は『全て聞いてる』つったがな。どれもこれも状況証拠やらこれまでのアンタの動きを参考にした推測の域を出ない。答え合わせをしてもいいか?」
「…………いいだろう。彼らを殺さず生かしておいてくれた礼だ。君たちがたどり着いた『答え』を語りたまえ」
(康太?)
(時間稼ぎだ。今のうちに頭整えとけ)
(わかった。ありがとな)
「まず第一にアンタのシナリオが進んだ先にある結果は『アンタ自身の死』だ」
「…………続けたまえ」
二人の穏やかな心は周りにも波及しそれまで誰よりも殺気立っていた康太の口からもそのような言葉が告げられる。その意図が分からず蒼野が念話をするとすぐさま返事がされ、一歩前に出て橙色の光を浴びた彼が一つずつ確認していく間に残る面々はエヴァ不在での戦い方に頭を向け、
「どれほどの応援がありたどり着いた結果かまでは敢えては聞かない。しかし――――素晴らしいな。まさしく諸君の考察の通りだ」
最後に康太が初めと同じ結論を口にするとガーディア・ガルフは座っていた講壇から飛び降り、微塵の動揺もない堂々とした姿でそう言い切り、
「そこまでわかったうえで聞くがなぜ止める? 君たちが私の敷いたレールに従わない理由はないはずだが?」
そのうえで一切の躊躇も気負いも緊張の念さえなく、ロボットのような固い口調でそう告げ、蒼野達は顔を歪める。『何一つ反論することができない』からというわけではない。反論に関してならばいくらでも思いつくほどだ。
「ここで私と戦って君たちになんの得がある? ただ傷つくだけと理解しているはずだ。そこまで知っているのなら君らを無意味にいたぶる必要もない。黙って私の言うことを聞けば傷一つ負うことなく『私を殺した』という成果だけを持って帰れるんだ。それの何が不満なのかね?」
問題はどれほどの反論を重ねようと、今彼が口にした通りの結果以上の成果を得ることはできないということ。どれだけの言葉を重ねようと、そこに彼の自信を砕けるほどの『論理』を展開することが困難なことだ。
「あんたはあの二人が心配していることがわからないのか?」
「わかるよ。だがここまで世を乱したのならば誰かが責任を取らなくてはならない。世界中をめちゃくちゃにして、神の座を死に至らせた責任をだ。その件における適任者は私をおいて他にはいないだろう?」
「そのために死ぬっていうの? それを貴方自身は受け入れられるの?」
「受け入れよう。私が死ななければ君たちが語っていた獣が目覚める。そうなれば今度こそ世界の終わりだ。それを避けるためならば、私は喜んでこの身を捧げよう」
「恐怖はないってか。随分な物言いじゃねぇの」
「エヴァがいるのなら知っていると思うが、今の私は体内に眠る獣を抑えるために感情の大半を回している、であればこの程度の事柄では恐れは抱かない」
だから発せられる発言に彼の心を乱すほどの強さが乗っかからない。『自身の案に間違いなどあるはずがない』と確信を抱いている彼をまったく押し返せない。
『果て越え』ガーディア・ガルフを包んでいる闇は底なし沼の用で、ステンドグラスに照らされた彼らが放つ光を易々と飲み込んでいく。
「…………理解できんな」
「ん?」
「…………なぜそこまでできる。『生きる』ということは全ての生命体にとって何よりも重要なことのはずだ。たとえ損得に関してしっかりとした考えを持っていたとしても、それだけで割り切れるほど自身の命は軽くはないはずだ」
「ふむ。それについては実に簡単な話だ」
間を置くことなく返される凹凸のない言葉の羅列に蒼野達の方が逆に追い詰められていくように感じてしまう。それでも彼らは追求の手を止めることなく続けていき、すでにシュバルツから聞いているため答えは半ばわかっているが、それでも信じられないという思いから聞かずにはおれずゼオスはそう尋ね、
「私がこの星を愛しているからだ。感謝していると言ってもいい。そしてこの思いはあのイグドラシルにも負けていないという自負がある」
予測通りの答えを何の躊躇もなくガーディア・ガルフは言い切った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
前回までのいくらかの前置きを置きついに始まりましたVSガーディア・ガルフ。とりあえず今回の話を見ていただければわかると思いますが、前回語られた彼の凄まじい自己中っぷりにフォーカスした話です。
色々な感情を封印して、さらに大人びたにも関わらず変わらなかった彼の悪癖全力フルスロットルです。こんなガーディア殿と親友になれたシュバ公は割と偉人だと思う。
次回更新は少々火を置き11日。この様子ですと3、4話あれば終わると思うので中盤戦となります。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




