寸鉄殺人 一頁目
「君たちにやってほしいことは話した通りだ。それに加えもう一つの作戦も進めてあいつを仕留めにかかる。つまり二段構えの策となるんだが、実のところこれがうまくいく確率はあまりに低い。一パーセントさえ存在しない、小数点以下だろう」
「おいおい。ここまで自信満々に話してそれっすか」
時は遡り数日前。千年前を駆け抜けた者たちの過去を知り、打倒ガーディア・ガルフの策を語った直後のことである。それまで自信をもって話を進めていたシュバルツ・シャークスは、けれどいきなり正反対の意見を口にして、康太が自身のくせ毛を掻き毟り息を吐いた。
「いやでもそれも仕方がないんじゃないか?」
「蒼野?」
「相手はこれまで生まれてきた全ての生命の中で、最強の存在だろ? なら勝算が僅かでもあるってことの方が奇跡に近いんじゃないのか?」
「…………『仕留められる手段がある』と『それができる確率がゼロに等しい』は共存できるということだろう」
「そりゃそうなんだけどよ。お前らあれ見てよく落ち着いてられんな。くそっ調子狂うぜ」
彼らの過去を覗く最中に彼らはガーディア・ガルフの『無双』を幾度も目にした。
同じ惑星『ウルアーデ』の内部だけではない。彼とシュバルツ達は度々宇宙へと飛び出し、この星に危険となる存在を退けていた。
なかでもガーディア・ガルフの成果はすさまじい。
一つの銀河を統べる覇者を片手で捻った。概念や因果を操る神をあくびをしながら退けた。宇宙を駆け巡る百を超える大艦隊とて十秒と持っていなかった。ひどいときには一瞥するだけで退けたくらいだ。
そんな存在に『勝算がある』。それだけで奇跡に等しいが、康太のように文句の一つを言いたくなっても仕方がないところではある。
「けどまぁ、その勝算を賭けの席につく気になる程度にまで持ち上げる方法があるんだろ?」
「察しがいいな。その通りだ」
そんな彼の思いを晴らすように積が訪ね、すると千年前に毎日座っていたソファーに腰掛けていたシュバルツは快活に笑う。それは明確な案があることを示していた。
「といっても方法自体はありきたりなものだ。誰にだって当てはまる。君たちにだって当たり前だが当てはまるものだ」
「そうなんですか?」
「あぁ。要はあいつを万全な状態から不調な状態にまでもっていく。それだけのことだ」
「はぁ? なに言ってんだお前?」
『とっておきだぞ』なんて前置きさえするように語ったシュバルツの案。それを聞き誰よりも早く口を挟んだのは、かつてガーディア・ガルフが座っていた会長席に座るエヴァである。
「今のあいつの状態が『万全』? んなわけあるか。私が知る限りこれ以上弱体化したことなんてなかったはずだ。なんだったら、本来の力の一割だって発揮できてないはずだぞ」
侮蔑するように言い切るエヴァの言葉を聞きダメージを受けたのはシュバルツではなく子供たちだ。世界中の猛者が必死に足掻いてようやく一時的に退けた怪物が、その程度の実力しか発揮していなかったことに胸を抉られるような思いになる。
「出力はそうかもしれないがあいつの強みは他にいくらでもある。だからそうだな。弱体化が激しい状態だったが、それでも三割ほどの力は発揮できてたと思うよ。で、今回の作戦ではそれを著しく落とす。本来の力の一割すら発揮させなくすることが目的なんだ」
「そんなことが可能なんですか?」
「ああ」
五人の顔が暗くなったのを見てシュバルツが救いの手を差し伸べそこから本題に進める。ただそこまで聞いても俄かには信じがたい気持ちは残っており優が弱音を吐くのだが、シュバルツは躊躇なくうなずいた。
「あいつは大きく弱体化したよ。それは間違いない。けれどな、まだ一つだけ万全の状態のものがある。それが鍵なんだ」
「何っすかそりゃ?」
顔の前に突き出した右手の人差し指だけを立て、内緒話でもしているように声を潜ませるシュバルツ。その雰囲気に乗せられた康太が右手に顔を近づけそう尋ねると、
「『自信』だよ。どれだけ発揮できる力が劣ったとしても、あいつは『己の成す行動が正しい行為』であるという『自信』だけは微塵も失っていない。だから強い」
「じ、『自信』?」
「…………なるほど。確かにこれは盲点だったな。認めるぞシュバルツ。確かにその一点だけは私の愛したあいつは一切失っちゃいないだろうな」
彼はそう言い切りエヴァも珍しく悪態の一つも吐かない。心から同意しているように頷く
「いや待ってください。どういうことですか?」
ただ蒼野はまだ答えにたどり着かず、他の者とてそうであった。だから聞き返すとそれに関して応じたのはそれまで静観を続けていたアイリーンである。
「スポーツとか見てるとよく言うじゃない。『メンタルの状態が本番に大きく影響する』って。それは当たり前だけど戦いにも大きく関わる。そこら辺のことはわかるわよね?」
「そ、そりゃわかりますよ。けどそれがそこまで大きく影響するんですか?」
「するわ。なんせ彼はアデットの件を除けば全て自分の思い通りに進めて、大多数に文句なんて言わせない結果を叩き出してきた怪物よ。本人の前で言うのは気が引けるけどね、彼は人類史上最強の自尊心の塊………………いえ史上最強最悪の『自己中自己愛の極み』なんて言ってもいい存在よ」
「言い切るなぁ。まぁ否定はしないけどさ」
長年連れ添った友の言葉に苦笑するシュバルツは続きを語り出す。
「ま、戦いにおいてメンタルが大きく関わることくらいはわかるはずだ。君たちだって何度も経験したんじゃないか? 相手の方が格上で劣勢を強いられても『自分たちの行為は正しい』『負けてられない』と自分で自分を鼓舞して戦い、勝利したり生き残ったことがさ。あいつの場合、その影響がかなり大きい」
続けて彼は語る。ガーディア・ガルフの場合それは技の冴えはもちろん、普段の思考や喜怒哀楽の激しさにも関わると。
「あいつはエヴァが教えた術式で自分の感情を内部に秘めてる奴を封じ込める檻にしてるがな、けど感情を失ったわけじゃない。わかりにくいけどな。強いストレスを与えれば怒りや悲しみが『無に近い状況』からでも湧き上がって技の冴えは落ちるし思考も鈍る。自分の行いに疑問を抱かせればそっちに意識が向く分楽になる。他の奴なら別だがな。普段そういう経験をしていないあいつの場合、自分に絶対の自信を持ってことに至れないってのは弱体化の大きな要因になるんだ。そしてそれは大きな突破口に必ずなる」
そう断言されてしまえば蒼野達も疑念は抱いたものの否定はしない。強い思いがどれほどの力を発揮するのかは、それこそ目の前にいる面々と戦う際に何度も感じたことであった。なおかつガーディア・ガルフの力を僅かにでも削げるならばやる価値があり、成功率に関しても普通に戦うよりもはるかに存在するように感じたからこそ同意を示す。
「俺たちは貴方の目論見を全て知りました。だから――――貴方の野望はもう叶いません」
こうして蒼野達は戦い始める。
常日頃行う単純な実力勝負。強者の意識外を攻めるような戦い――――ではない。その前哨戦とでも言うように、『果て越え』の心を折る戦いに身を投じる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
先日は失礼しました。そして日を跨いでしまいすいません。
VSガーディア・ガルフ第一回戦の意図に関するお話です。
今回の話で語られた通り次回からは舌戦。これまであまりやってこなかった戦いですが、やることは決まっているのでうまく進めることができればと思います。
ものすごく長くなるお話でもないので、そこまで身構えることなく、ニヤニヤとしながら彼らのやり取りを見ていただければ幸いです
それではまた次回、ぜひご覧ください




