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往古来今物語 七頁目


「待ってくださいガーディア・ガルフ。貴方の……貴方の望みは何ですか? そこまでしてくださる貴方の望みを私は叶えたい」

「なんだと?」


 その言葉を彼は今でも覚えている。

 千年前、鮮やかな月が空に浮かんでいた夜。二度目の邂逅において自身が成すべきことを語り、立ち去る直前で投げかけられた言葉を聞き彼は片方の眉をつり上げた。あまりにも不可解な質問であったからだ。


 というのも彼はそのとき、彼女に自身がこれから成すべきことを伝えた直後であったのだ。つまり自身の望みはすでに伝えており、だというのにそのようなことを聞いてくることに何か裏があるのではないかという疑念を抱いたのだ。


「あ、いえ。そこまで深い意味はないんです。ただそこまでやってくださる貴方に対し、私からも何かお礼がしたいと思いまして」


 そんな思いが顔にせよ空気にせよ出ていたのだろう。振り返った彼に対し若き日の神の座は控えめな様子でそう伝え、それを聞き合点がいった。

 ようは自分では中々実現できない望み。それを『『仕事』に対する『報酬』くらいの感覚で差し出したい』という話なのだろう。無論そこまでわかったからといって彼の悩みが消えたわけではない。

なにせ彼は生まれてから今この瞬間まで、他者に対して本気で何かをお願いいたことがなかったのだ。

 そしてそれはこの時だって変わらない。少なくとも彼女に頼むような願いを彼は所持していなかった。


「ふむ。それなら………………どれほど時間をかけても構わない。いつか、私に勝てる存在を用意しろ」


 だから彼はしっかりと考えることなどせず適当なことを口にする。それこそ『無理難題を吹っ掛ければ少しは面白いものが見られるかもしれない」なんていう直感から来た行動であるが、驚いたことに彼女はそれを聞いても全く動揺せず、


「…………大変な依頼ですね。ですがはい。ほかならぬ貴方がそうおっしゃるのなら。必ず」


 それまでのような弱気な態度を微塵も見せず柔らかな笑み浮かべながら躊躇なく請け負った彼女jの姿。その様子に驚いたことを彼は覚えている。至極残念なことに、千年前の時点ではついぞ叶わなかった願いであったのだが。


「――――――来たか」


 しかし今、絶対に叶えられるはずなんかないと思っていた彼の要求に応えるため、戦士たちはやってきた。彼が最も信頼していた友を超え、自分の目の前に立つ権利を得た者たちが、重苦しい音を立てる扉を開き、桃色の光をその身に浴びながらやってくる。


「ようこそ諸君。アイリーンとエヴァがいないということは先に置いておいた二人は役目を果たしたようだな」


 先頭に立つのは彼の計画の要である古賀蒼野。その真後ろにぴったりとくっつくように控えているのは尾羽優で、手が届く距離には原口善に似た格好をしている原口善積。さらにその後ろには自分に宣戦布告を行ったゼオス・ハザードがおり、最後尾には『全てを守る』という空気を発する古賀康太が控えている。


「見間違えるような気だな。どうやら私が去った後も色々とあったようだな」

「おかげさまでな」


 彼らは百人以上が滞在できる教会内部へと歩を進め、等間隔で左右に並んだ細長いチャーチチェアの間を通り抜け、奥にある講壇の上に腰掛ける『果て越え』へと近づいていく。


「そうか」


 その瞳に宿った意志の強さと鍛え上げられた肉体の凄まじさ。それを見て彼は確信を抱く。今の彼らならばこの世界の未来を背負うにふさわしいと。ここにいない彼らの長を加えた六人ならば、輝かしい未来へと進めることができるのだと。


「とはいえ私にも引けない理由がある。今の世界をより善いものに戦い続けたという自負がある。そして――――その道は決して君たちとは交じらない。どこまで行っても平行線だ」


 だから彼は最後まで演じ切る。彼を照らす舞台の光が一つもないとしてもなお演じ続ける。

 戦いの始まりを告げた時と同じように、度々対峙し唱えた時と同じように『自身の行く道を阻む者全てを退ける』という態度で言葉を紡ぎ続ける。これまでと同じく感情というものを感じさせない、いや込めることのできない声ですべきことを淡々と成していく。


「ゼオス君。君は言ったね。『今こそ千年前の約束を果たす時だ』と。まさにその通りだ。死んだ『神の座』イグドラシルの言葉はここで成就するために存在したといってもいいだろう」


 ただ、いつもとは少々違うことを語っている彼自身も感じていた。どれだけ語ろうと胸に炎が宿ることはないことに変わりはないのだが、現代に蘇って以降最も流暢に言葉を発せられている気がしたのだ。


「望んだ新時代を築くのはどちらか、ということだ。そしてそれを決める権利は今はまだ私の手にある」


 その事実を不思議に思いながら彼は、地面に根を張った木の幹でも入っているかのように重くなった右腕を何とか彼らへと伸ばす姿勢までもっていき、開いていた掌を全力で握る。


「――――諸君。足搔きたまえそれが」

「もういい。もういいんですガーディアさん」

「………………なに?」


 続いて再び言葉を発する姿を前にして先頭に立つ蒼野がそう告げる。

 決死の覚悟を決めたわけでもなければ、怒りや勇気を孕んだ瞳でもない。『憐れみ』という人類史上最強の存在に向けるにはあまりにも相応しくない感情を言葉に乗せ、


「俺たちは全てを知りました。だから貴方の思い通りに動くつもりはありません。となれば――――貴方の計画はもう通りません。ここで終わりなんでです。だから抵抗することなくおとなしく投降してください」


 彼の期待全てを裏切る言葉を続ける。




 これは大きな大きな分岐点。

 これから始まる彼らにとって最大の戦いに挑む前に行われるもう一つの決戦。

 頭上でふんぞり返る『果て越え』を自分たちの土俵に立たせるための戦いである。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です。


再び始まる現代と過去が交わる物語。ゼオスが口にした『約束』の詳細についてです。

その内容は本編で語った通りです。


最後に語られたのはこれからの戦いについて。単純な実力では勝ち越せない彼らにとって唯一の活路に挑みます


それではまた次回、ぜひご覧ください!


追伸:次回更新についてですが、4月4日が仕事で家に帰れないため5日の夜となります。また小説新人賞の期日が迫っているため、7日分投稿後は10日まで休ませていただき、11日に投稿させていただきますので、よろしくお願いいたします。

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