『愛』と『信念』の先に
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ガーディア・ガルフを主としてからのギャン・ガイアの人生は間違いなく生涯で最も輝いていた。宝石のように輝く時間の連続であった。
誰も到達できない領域に至った力であらゆる困難を打破し、思うがままに事態を進めるさまには常日頃から平伏した。そこに邪念の類が一切なく、心の底から世界を善くするために動いていたことも彼が崇め奉る大きな要因になっていた。
がしかしそんな彼には、いつだって歯に小骨が刺さったような感覚があった。シュバルツとエヴァ、信仰する主が侍らせる二人の側近を彼は忌々しく思っていたのだ。否、より深く追求するならば特にエヴァ・フォーネスを忌々しく思っていた。
シュバルツ・シャークスに対する思いは彼の『態度』と『嫉妬』から来るものである。ガーディア・ガルフのことを荒んだ現代に現れた救世主であると感じていた彼にとって、シュバルツの主に対する友人然とした態度は頭を痛めるものであった。さらに言えば主のために必死に動く自分以上に重用されていること、それに納得せざる得ない力の差が彼の苛立ちをさらに増幅させていた。
「さっきからうっさい奴だな。私の顔が見たくなけりゃなぁ!!」
「っっ!!」
「テメェが死んでろこの馬鹿がぁ!!!!」
そんなシュバルツ以上に彼はエヴァを許せなかった。『態度』もそうだ。もちろん主に対し好き勝手動き回れることに対する『嫉妬』だってある。しかしそれ以上に、信仰する主に対する思いの形、彼に捧げる『愛』を彼は疎ましく思っていた。
「エヴァ……エヴァ・フォーネスゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
自分と同じく彼を慕うクセに、自分と同じく彼に尽くすクセに、手足となって動くという空気を発しているクセに、見据える先が違う場所にあるという確信があり腹がたった。
それら全てを乗せ行われる超高密度かつ超広範囲を覆う瑞々しさと死の呪いを兼ね備えた樹木の圧殺は、しかし迫る不死の概念を乗せた黒い炎の勢いを吹き飛ばせない。万物を死に至らせるだけの力を持ったというのに『終わりの形』を奪われた炎を超えられず、焼け尽き、開いた空洞から迫る光を纏った銀の杭が彼の胴体を貫く。
「ぬぁぜぇだぁぁぁぁ!!」
無論そんなものが致命傷になるはずがない。極致に目覚めた彼はさらに木属性の扱いを洗練させており、肉体を貫いた杭を抜き取ると、抜け落ちた先から体の傷は塞がる。そしてそれが完治に至るよりも早く彼は駆け出す。足元に咲く色とりどりの命に満ちた花を枯らし、大地から生命の息吹を根こそぎ奪いながら進み、自身が生み出した木々を足場にして小さな少女の体をした悠久の存在に迫る。
「君は! 君ほどの者が! なぜ彼の行為に賛同しない!! わかっているはずだ!! 彼が行おうとしている行為!!!!! それがどれほど尊いことかを!!!! だというのに………………だというのになぜ拒む!!!!!!??」
「っ!」
真っ黒な炎の渦を超え、銀の杭に貫かれようと足を止めず、視界が闇で塞がれようと彼は愚直という言葉がふさわしいほどまっすぐに進んだ。激流に流されようと前に進み、肉体が凍りつこうと無理やり砕いて先に進んだ。
その末に彼はついに目標へ辿り着き、伸ばした右腕が幼い体に触れると、無数の木の根がへそから内部に進んでいき、その場所を起点に胴体から無数の尖った木の根が溢れ出した。そうすれば彼女のシミ一つない口からは鮮血が溢れ顔が苦渋に満ちるのだが、攻撃を行うギャン・ガイアの形相はさらに凄まじい。
「このカスッ――――」
「彼を心から愛している君がなぜ賛同しないぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」
「ッ」
唾を吐き出し喉を枯らす勢いで叫ぶ彼の顔は憤怒に染まっている。しかし目元だけは違った。今まで彼女に向けていた『憐れみ』や『侮蔑』の感情などそこには微塵もない。
「貴女だけは――――――彼を誰よりも愛している貴女だけは、彼の側にいなくちゃいけないだろう」
あるのは邪気一つない、心からの願い。縋るような『こうあってほしい』という念が込められた言葉。この世界で唯一自分が勝てないと痛感してしまったm主と慕う人物にとって唯一無二であろう彼女に対する願いである。
「なんで、なんで貴女はそこにいる…………貴方こそ彼の願いに寄り添わなくちゃいけないはずだ。愛し合ってる貴方たちこそ、手を合わせなくちゃいけないんじゃないのか?」
彼が人生の下り坂を転がり落ちたきっかけは間違いなく『愛』である。父が母を裏切り、母が父を裏切り、それが露呈したことで彼の世界は崩れ始めたことに疑いの余地はない。
けれど彼は決して愛を憎んではいない。母が亡くなった時に現れた再婚相手の男の言葉に邪気がないことはわかっていた。その提案が母からの『息子を一人にしないでほしい』という思いからきたことを聞き胸を熱くした。
だから彼は『愛』を重視する。シェンジェンが善を殺すことを目指した父への思いを尊いものだと思っていたし、邪教と断ずる賢教のために身を捧げる覚悟をしたゴロレムを決して馬鹿にはしない。
そんな彼だからこそエヴァ・フォーネスという存在を憎むのだ。
自分でさえ持ちえないほどの『愛』を主に注ぐエヴァ・フォーネスが、彼の理想を応援しないことを憎む。自分ではなく彼女こそ隣に立たなくちゃいけないという自覚があるのに、相反する場所に立ち、挙句の果てに主が行く道を阻もうとしている彼女が、今の彼は何よりも許せないのだ。
「そうだな。うん、そうだな」
その思いをエヴァも正しく受け取る。失った血肉を瞬く間に再生させながら、これまで彼を相手には決して見せてこなかった表情と声で応じる。
「ギャン・ガイア。お前の言うことを私は理解するよ。悔しいけど同意だってしちまう。お前の言う通りさ。今のあいつは間違いなく自身の終わりを望んでる。そしてあいつを本当に愛してるなら、私は隣にいてその願いを叶えるために動くべきなんだろう」
「ならなぜっ!」
「だがそれは『今』のあいつの望みだ! 本当の、本来のあいつの望みじゃない!」
会話を始めればそれまで続いていた周囲一帯を覆いつくすほどの攻撃の応酬は止み、両者は初めて相手をしっかり見据え語り合う。同意を得たことでさらに困惑を示すギャン・ガイアに対し、エヴァは真摯な対応をする。
「だって! だってあいつは!」
胸に手を置き目尻に涙を浮かばせ、いつもの邪悪な空気など一切纏っていない、年相応の少女のような姿を見せるエヴァ。彼女の脳裏によぎるのは彼が抱いた『最初の夢』であり、
「私の知ってる本当のガーディア・ガルフは!!
それを目の前にいる愛する人のために尽くす青年に告げようとした瞬間――――空気が揺れる。
「これ、は!?」
「あいつら!」
それがガーディア・ガルフの身に起きた異変であることを両者はすぐさま察知し、ギャン・ガイアの口からは動揺の息が漏れ、エヴァ・フォーネスの顔には会心の笑みが浮かび、
「どけぇぇぇぇぇぇぇ!! あの方に何をするぅぅぅぅぅぅ!!!!」
もはや一刻の猶予もないと理解した彼は、吸い上げた木属性粒子全てを吐き出し、生まれてこの方最大規模の樹木の生成を開始。それはどれほどエヴァ・フォーネスが足掻こうと覆いつくせるほどの急速な勢いを秘めており、彼はこの力を使い主の元へ馳せ参じようと考え、
「させないよ。お前はここで止まれ。いや――――私が止めて見せる」
彼の覚悟を前に彼女もまた全てを出し切る覚悟を見せ、その瞬間、世界が光に包まれた。
「う、うおうぅぅぅぅ!?」
彼女の肉体から発せられた黄金と白銀が混ざった光は、彼女とその背後にある教会に近づく全てを拒絶した。数多の木の根や幹。死の香りに邪悪な鱗粉を、一つの壁として機能することで全て阻み、
「うん。これだけ語ったけどさ、根底にあるのは私自身のエゴなんだ」
閃光の向こう側から聞こえてきた、聞き覚えがあるものの完璧には一致しない声を前に彼は大きく心臓を跳ね上げ、
「その願いがどれほど正しく尊いものでも、私は愛しくて仕方がないあいつに死んでほしくないんだ。隣を歩いて色々な場所を巡りたいんだ。昔みたいに話したいんだ。心の底から――――笑いあう日々が欲しいんだ。だから! だからそのためなら!!」
顔を覆っていた両手を離した先で彼は見た。
「私は、私はあいつが嫌った姿にだってなる! あいつを守るために全てを使う!」
アイリーンを相手に見せた十代の姿よりもさらに成長した、ただの人ならざる異形を宿した全盛期にして真の姿。
色素の抜けきった真っ白な髪に瞳孔が縦と横に開いた黄金の瞳。黒曜石を連想させるような鋭い爪を備えた手足は肘や膝から先が真っ黒に染まり心臓のような脈動を繰り返しており、陶器のようにではなく、蝋のように白い不健康な肌は、血と汚れが染みついたボロボロの黒い布で簡素に包まれている。
「っっっっ」
顔からはかわいさと無邪気さが消え、それら全ては妖艶な色と大人の成熟した美しさに変わり、肉体は凹凸のはっきりとした見る者を虜にする天性の肉体へと変換。けれど今のギャン・ガイアはそれらに意識を向けることができない。余裕がない。全身から発せられる桁違いの粒子の量に人外の意気に達した覇気。その全てが危険信号を発する契機となり、
「お、おぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「退け。胸に抱いた『信仰』と共に!」
迫る数多の樹木全ての猛攻全てが、彼女の腕の一振りによって生じた黒い鎌鼬の嵐により切り刻まれる。それは彼女が抱いた『愛』の強さの証明であり、
「着いた、な」
「俺が開けるよ。俺ならガーディア・ガルフも不意打ちはしないはずだ」
そんな彼女から先へと進んだ先で、思いを託された五人の若人が目的地である教会に到着。蒼野が入り口の扉を開き、そこで彼らは相まみえる。
「来たか」
多くの人が夢見た『先の先』に辿り着いた男と。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
エヴァ・フォーネスVSギャン・ガイア、たった一話ですが詰め込みたいことは詰め込んだつもりです
そして物語は最終地点へ。
五人の若人は『果て越え』の元へ辿り着きます
次回、『果て越え』は思う
それではまた次回、ぜひご覧ください!




