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木属性極致 万物致死


 『時が止まった』という言葉がふさわしい状況とはまさに今この時であろう。

 共闘関係を結んだエヴァを除けば最も強かった同年代の戦士ゼオス・ハザード。彼があまりにもあっけなく命を落とした。

 黒と抹茶が混じった靄に触れた肉体は瞬く間に力を失い、糸が切れた人形のように生命の育み全てが枯れた大地に沈む。直後にギャン・ガイアが頭部を蹴り飛ばしても彼が何らかの反応を示すことはない。

 一人の戦士のあまりにもあっけない終わりがそこにあった。


 それを前に彼らは息を呑む。目の前に起こった事柄が信じられず己が目を疑う。現実を拒む。はたまた思考を放棄し意識を失う。ないしは棒立ちのまま死を待つ――――はずであった。


「蒼野!」

「ああ!」


 がしかし彼らは違う。そのどれでもない。蒼野も積も康太も優も、微塵も動じない。『時が止まった』と形容してもおかしくないこの状況で腹を括り、決死の覚悟で前へ出る。

 なぜか? その答えは単純明快。

 彼らはこのタイミングでギャン・ガイアと遭遇し戦うことこそ想定していなかったのだが、命を落とす可能性は十二分に考慮に入れていたのだ。


「そこをどけ狂信者!」

「ハッ!」


 先日までと比べればいくばくか使えるようになった名もなき神器を掲げ康太が引き金を絞る。打ち出されたのは百を超える弾丸であり、けれどそれは目標に衝突するよりも早くギャン・ガイアが纏う靄に阻まれ消え去る。


 「この!」


 続いて撃ち込まれたのは水の鞭で、大量の粒子を圧縮して作られたそれの目的は、単純な力押しにあらず。蛇などのような生き物が見せる動きで近づき『狂信者』に巻き付く。が、これも靄を突破できず霧散する。


「時間回帰!」

「む!」


 戦いが始まってからここまで、ギャン・ガイアはその顔に邪悪な笑みを浮かべたままである。しかし自身の身に時を戻す丸時計が近づいてきているのを見ると大きく後退し、


「原点回帰!」


 次いで放たれた赤黒い光の斬撃を目にするとその場からさらに離れるように後退。それと同じ分だけ蒼野が前進し、ゼオスのそばまで接近すると躊躇なく神器を持っているゼオスの右腕を切断。右腕を優の元へと向け蹴り飛ばし、同時に能力『時間回帰』を発動。


「よぉ、気分はどうだった?」

「……花畑に綺麗な川のせせらぎが耳に届いた。天国、という奴だろう。まさか俺がそちらに招かれるとはな」

「地獄と思ってたってか。とりあえずよかったよ」


 絶体絶命にして即座にひっくり返さなければならなかった状況は、彼らの抵抗により霧散。ゼオスの魂が彼方へと飛んでいく前に自身の肉体へと舞い戻った。


「生死判定の時間制限。知っていたのか」

「そりゃこの手の能力使う奴なら知ってて当然だろ」


 『ウルアーデ』に住む人間の魂は死亡判定をもらったからと言ってすぐに消滅するわけではない。死体の損傷が激しくない場合、五分間はその場に留まるという研究結果が三賢人によってもたらされている。そして蒼野の能力『時間回帰』を筆頭に、いくつかの方法を用いれば、その魂を肉体に戻すことが可能だ。

 今回のゼオスの場合ならば肉体に目立った傷は存在せず時間にも十分な猶予があったため、こうして蘇ることが可能であったというわけだ。


「実際に食らってみた感覚はどうだ?」

「……肉体から無理やり魂が引きずり出された印象だ。だが即死耐性の有無でどうにかなるものではないな」

「当然だ。僕が得たこの『万物致死』は相手に即死の呪いを与えるわけではない。結論として訪れる死の結末への道筋を『大きく削っている』に過ぎない。やっていることは木属性の特性の延長。ゆえに神器にも弾かれない」


 無論楽観視できる状況ではない。神器の『あらゆる不条理』を跳ねのける守りを強制的に突破するのだ。それがどれほど厄介なことなのか程度彼らとて承知している。


「にしてもやりすぎだろテメェ。銃弾や水の鞭まで消えるってことは」

「そうとも! 明確に言えば『死』ですらない! 僕は全てのものに対し『終わり』を届けることができる死神と化したんだ!!」


 さらに言えばギャン・ガイアが得た力の範囲は人間だけに留まらない。足元にある色とりどりの花はもちろんの事、銃弾ならば『錆びて形を失うまで』水ならば『蒸発して消えるまで』、ギャン・ガイアの力は伸びていく。


「それでも能力は突破できない」


 けれども万能でないことも今しがた示されたと蒼野は言う。

 『時間回帰』に『原点回帰』のような触れた瞬間に効果を発揮する類の能力を彼は明確に避けたのだ避けた。そこに勝機は存在すると蒼野は断言し、


「そうかもしれないね。なら――――――あたるまで試すといい」

「っ」


 その返答を薄ら笑いと共に彼は返す。そうすれば状況は再び変わる。成功すれば強い手札を手に入れられるが、失敗した場合は蒼野の死。となると依頼の失敗どころか全滅まで見える道が開く。


「もういいかな? 悪いがおしゃべりに興じる気はないんだ。君らは主の威光に触れることない哀れない肉袋として、この場所に転が」

「おいクソカス」


 最悪の未来が彼らの脳裏を掠め自然と足が後ろに下がり、待つことをやめたギャン・ガイアが死の気配を身に纏いながら一歩前に出る。するとそれまで沈黙を守ってきたエヴァが、『狂信者』の口上を阻み間に割り込む。


「…………無能で愚かな年寄りが何の用だい?」


 腕を組み見下すような尊大な態度で割り入ったことで、いやそもそも同じ陣営に属しながら険悪な仲であったため、ギャン・ガイアは一際嫌そうな顔をするが言葉を吐き、それを気にせぬ様子で彼女は聞く。


「お前わかってるのか?」

「何が?」

「このままお前があいつの指示に従った場合、信仰してるあいつが死ぬことについてだ」


 どうしても確認しておかなければならない、たった一つの事柄について。

 するとその直後、今度こそ場の空気が凍る。ゼオスの死でさえ受け入れていた蒼野達でさえ、その質問が耳に届くと、強い関心から戦いの手を止め訪れる答えを待つ。


「ふ、はははは。ハッハッハッハッ! アーハッハッハッハッハッハッ!!!!」


 どれほど時間が経ったのか、それは緊張の瞬間に身を浸していた彼らは正確にはわからない。それを突き破ったのは目の前にいる『狂信者』の嗤い声であり、


「なんと、なんと愚かなのだ貴様は!」

「……その様子を見るに信じていない、ということか? だがこれはおそらく事実だ。共に過ごした私だからこそ、そう言い切れ」

「違う! 違う違う違うちぃぃぃぃぃぃがぁぁぁぁうんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」


 ギャン・ガイアの視野の狭さに憐れみを抱いた彼女は淡々と語り出し、しかしその言葉の羅列を汚物の主張と捉えた彼は、それまでなどとは比にならぬほどの咆哮を喉の奥からひねり出す。


「尊きあのお方が生きるか死ぬかぁ? 貴様は、貴様という奴はそんなっ些細なことにっ! こ、こだわっているというのか!! いいかよく覚えておけ宇宙一の愚か者ぉ! この星に生まれた欠陥生物ぅ!! 重要なことはだっ、尊きあのお方の意志が! 世界を満たすことなのだ!! それに比べれば生き死になど………………どうでもいい、どうでもいいことなのだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 続く数々はまさに天を衝く勢いで打ち出される。


「つまりお前はあいつが死んでもいいのだと?」


 それを受けてもなおエヴァの様子は変わらず、神妙な顔つきで淡々と合いの手を入れ、


「くどい。そして愚かで哀れだ。貴様は生き死にでは語れないところに主の御心があることを知らない。矮小だ。あまりに矮小な魂だ」


 延々と続いた語りの結びとして『狂信者』はそう締める。


「そうか。あいつが死んでもいいのか。お前は」


 するとエヴァ・フォーネスが空を見上げ、温かな空気を運ぶ桃色の空を見つめる。そうして吐き出された言葉には様々なものが混じっており、


「ああ。やっぱり私はお前が嫌いだ」


 吐き出された拒絶の言葉は、しかしこれまでで最も穏やかな声によるものであり、それに反するように、内に秘めた思いを示すように、凄まじい密度の粒子を圧縮させた炎と水の渦が両手に纏われ、彼女が手を突き出す動作に合わせ目前の『狂信者』に襲い掛かる。


「無駄だ」


 その行為を彼は愚行と断じる。すでに示した通り水はもちろんのこと炎でさえ『終わりの形』というものは存在し、彼の得た十属性が一つ木の極致は、そこへと瞬く間に導くことができる。であればただ瘴気を纏うだけで全ては無に帰す。


「!?」


 はずだというのにギャン・ガイアの肉体は食い破られる。水と炎は終わりを迎えず、主の敵対者へと確かに届いた。


「お前さんらの推測は当たってるよ坊や達。あの力は強力だ。しかし絶対ではない。『終わり』があるあらゆるものに打ち勝てる。だがな、神器でない以上能力の効果は受ける。だからあの力は時間操作系統の能力に打ち勝てない。相殺することしかできない」


 その姿を見てエヴァは語る。いつもならば自分の思い通りに事が進んだことで勝気な笑みを浮かべたり、相手を馬鹿にしたりする彼女が、大真面目な様子で語る。


「……だがエヴァ・フォーネス。優が届かなかった水の粒子術が貴様は届いたぞ。これはどういう絡繰だ?」


 その姿にやや驚くもののゼオスがそう尋ね、それを聞きエヴァが掌を包める程度の真っ白な光を形成した。


「『永続不変』の力を付与する能力だ。これを使えば炎も水も劣化による寿命を迎えることはない。もちろん火は水に触れればかき消される。水は強烈な暑さを与えれば蒸発する。だが奴の力は物体自体の『劣化』という過程の超短縮だ。それならばこの程度の小細工で十分というわけだ」


 そこまで語ったところで彼女は一歩ずつ、焦ることなく前に歩き出す。協力者たる五人の若人を通り過ぎ、怨念めいた言葉の数々を発する『狂信者』をまっすぐ見据える位置にまで移動する。


「私はさ、絶対にあいつに会いたいと思ってここに来たんだ。会って、初めて本気の本気で文句を言ってやるって決めてたんだ」


 すると振り替えることなく彼女は優しい声でそう語り出し、


「だがダメだ。こいつだけはダメだ。このままお前らに任せてはおけん。実力的な問題じゃない。私がガーディアをダーリンとして『愛する』以上、こいつのクソみたいな『信念』だけは叩き潰さなければ気がすまん!!」


 しかしそんな態度を急変させ、胸中に溜まった憤怒全てを吐き出す。


「行け坊や達。一番最初にあいつに会えない事。文句を言えない事。どちらもこの上なく口惜しいが、こんな馬鹿げた依頼を受けてくれた前払いの報酬だ。その栄誉、今回だけは譲ってやる。だから――――――絶対うまくいかせろよ」


 そうして鬱憤を晴らした彼女は僅かな間背後を振り返り、見る者を魅了する穏やかで優しげな笑みを浮かべそう告げる。そしてそれを見た五人の戦士は一度だけ頷くと前へ進み、


「さ・あ・て」

「え、エヴァ・フォォォォネェスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

「かっこよく決めたはいいが一発でお陀仏だったらどうしようかと思ったぞこの大馬鹿者が。こい。格の違いを見せてやる!!」


 残った二人は対峙しにらみ合う。

 一方は不敵な笑みを、一方は憎悪を募らせた表情を顔に張り付け、一方は『愛』を、もう一方は『信仰』を掲げ、この時初めて彼らは『忌み嫌う味方』としてではなく『排除する敵対者』として互いを見つめる。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


前哨戦のカード公開話+ギャン・ガイアが得た能力の詳細説明でございます。ギャン・ガイアの得た力は、経年劣化がある物事や現象全てを過程を省き終わりに導くというもの。めちゃくちゃ強いのは確かなのですが、エヴァ殿とは相性最悪なものです。

こんな感じで極致は破格の力を秘めてますが、明確な弱点が存在する場合がほとんどです。

ちなみにヒュンレイの得た力の場合、ガーディアなどの強烈な炎使いにはかき消されるのが弱点です。


次回は少々前哨戦を。その次くらいには子供たち再度に戻ります


それではまた次回、ぜひご覧ください

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