狂気再臨 二頁目
古賀蒼野がギルド『ウォーグレン』に入ってから数年。十代という若い身ながら、彼は仲間と共に実に多くの強敵と戦い、生き延びてきた。
彼ら一人一人に抱く思いは様々なれど『最もしつこかった相手が誰であるか』に関しては彼だけではない、肩を並べ戦ってきた戦友も同じ答えを返すだろう。
始まりから終わりまでいついかなる時も話し合いの余地なく襲い掛かってきた障害。己が主に殉じる根底にあるのは信ずる主に対する強い思い。
惑星『ウルアーデ』において四大勢力全てから超が付くほど危険視されている『十怪』の一角を担う猛者が一人。
死闘の果て、奈落の底へと沈み舞台から降りたはずの戦士。
『狂信』の二つ名を背負った怪物ギャン・ガイア。彼は今、死の淵から蘇り、かつてない大一番に挑もうとする彼らの前に立つ。
「お前……生きて!」
「馬鹿なことを聞く。主の御身を守るのが我が役目。主が生きているのならばその影として侍るのが我が幸せ。死んでいる暇などあるはずもない」
唖然とした声が康太の口から吐き出され、切り株に座った男が立ち上がりながらさも当然とでもいうように答える。その様子を見つめる積が彼の様子を観察するが、その身に纏う空気に綻びは皆無。いや、この最後の大一番を前にこれまで見たどの時よりも強い空気を纏っていた。
「ずいぶんとやる気じゃねぇの」
その空気に触れ思わず積が訪ねる。が、それがいけなかった。望んでもいない結果を招くきっかけとなる。
「当然だ。君たちも理解しているだろう? 今! この場所こそ! 全ての因縁が収束する終着点なのだと! 我が主が歩む新世界へと至る最後の道! 彼がここまで築いた偉大にして尊い『聖戦』! その終わりの始まりなのだと!」
太陽なき桃色の空を見上げ、両腕を空へと向けた狂信者は声高に叫ぶ。誇らしげに、これほど幸せなことはないと。
「長かった。本当に長かった! 数多の障害があった! 数多の邪魔者がいた!! しかし! 彼の望んだ道は今! こうして! 確かに開かれたのだ!! ここで邪魔者たる君らが退いた瞬間! 最後の進軍は始まるのだぁぁぁぁ!!」
聞いている蒼野達の大半が頭を抱えたい思いに襲われる。訳の分からない言葉の羅列に彼らの精神は蝕ばまれる。
「そしてぇぇぇぇこの僕こそ偉大なる彼に仕える第一の使徒!! 新世界創造のために尽力する主の尖兵! その僕の役目はぁぁぁぁぁぁ!!」
まるで舞台で俳優が演技をするかのような大げさな動きの数々。その果てに彼は恍惚とした声を上げながら自身の胸に両手を置きながら瞳を閉じ、
「貴様らのような主に仇なす邪教の徒!! その排除だぁぁぁぁぁぁ!!」
その瞳を勢いよく見開いた瞬間、戦いが始まる。
発せられる言葉に呼応するように広がった禍々しい空気はほんの一瞬だが引っ込み、その直後にはおびただしい量の木の根が大地を這う。
「ちょ、こいつマジ!?」
「オレ達と戦うってのか? 本当に?」
必ず殺すという殺意に彩られた攻撃。距離が離れているため彼らはそれをしっかりと躱すのだが、少なくない動揺が見て取れた。
神器持ちの康太とゼオスの二人、それにエヴァを含めた六人相手に大立ち回りを演じるという無謀なる事実、からではない。
ガーディア・ガルフの目的を考えれば理解できない『蒼野の足止め』をしているという行為に疑問を抱いたのだ。
「おいマジかおめぇ。信仰する主に『蒼野だけは通せ』みたいな言伝は預かってないのか?」
「その問いに答える理由がない」
「ちっ」
互いにとって重要な点。それを尋ねても返される言葉から真意を掴むことはできず、積の脳裏には嫌な考えがよぎる。「ひょっとしたらシュバルツの推測は間違っているのではないか」という、この土壇場で絶対にあってはならない疑問だ。
「いや考えてる暇はねぇな」
「積!」
「厄介なのは間違いないが今は確実にこっちの方が強い! 一気に押し切るぞ!」
だが積はその推測を投げ捨てる。今最も重要な事柄、それが『ガーディア・ガルフのもとにたどり着くこと』であると頭を切り替え、迫る木の根全てを切り伏せ、一気に距離を詰めていく。
「ギャン・ガイア!」
「ハッ! どうしたんだい原口積? 僕もそうだが君もずいぶんと気合が入ってるじゃないか!」
「うっせぇんだよ!」
一度二度三度、迫る木の根や枝葉をしっかりと躱し、足元にある色とりどりの花を踏みながら大きく日見込み錬成した両手持ちの大剣で切りかかる。しかし残念ながら積は接近戦のエキスパートというわけではない。ギャン・ガイアはその攻撃を積同様にしっかり躱し、反撃の一手を打ち込むように右腕を引き、
「……悪いが」
「ッ!?」
「……貴様にかまっている余裕はない」
しかしそれが打ち出されるよりも早く、引き絞られた右腕はゼオスにより跳ね飛ばされ、追撃に対応しようと後退しながら振り返るが、
「は、早っ!?」
ゲゼル・グレアの遺産たる神器を得た彼の速度に追いつかず、深々と袈裟に切り裂かれる。初見ゆえの結果とはいえ、ゼオスの動きはギャン・ガイアを圧倒していた。
「致し方があるまい!」
このままでは負ける。ギャン・ガイアは即座にそう理解し、己が全身をドス黒い黒と抹茶色の混じった空気で纏う。
がしかしそれを気にするゼオスではない。
その正体が急速な老化や劣化に関する能力と知っている積は勢いよく後退するが、神器を習得したゼオスは構わず突き進み、
「――――――」
「え?」
「ゼオ、ス?」
その空気に触れた瞬間、何の前触れもなく彼は草木枯れた大地に沈む。
それがあまりにも突然のことで、けれども襲い掛かる『不快』という言葉では生ぬるい、まさしく『絶望』と形容できる空気を前に蒼野は吐き気を覚えながら彼の名を呼び、
「―――――ショートカット」
「!」
「僕の所有している万物万象の劣化を司る力の最終形。辿るはずであった過程を飛び越し、訪れる『死』という結末を即座に招く究極の一!」
そんな彼らにギャン・ガイアは説明する。今しがた目の前で絶命したゼオスの頭部を蹴り飛ばしながら、己が力に酔いを覚えた様子で語りながら再び天を仰ぎ、
「それが僕が得た木属性の極致――――『万物致死』だ」
絶望の名を高らかに告げる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸です
長く続いた第三章。そのクライマックス。出てくる相手もそりゃもう反則な力を使ってきます。
息もつかせぬクライマックス、その対処法は次回
そして死んだゼオスの行方とは
それではまた次回、ぜひご覧ください!




