狂気再臨 一頁目
自分たちの前に立ち塞がる存在をこの場を訪れたものは幽霊でも見たかのような表情で見つめた。
いや少々語弊はあるが目の前の存在はそういっても過言ではないものだろう。
なぜなら彼は『既に死んでいた』。
世界中の人々をラスタリアという限られた空間に集めた戦争で、『勇者』レオン・マクドウェルとの決戦の末に自爆したはずだ。そのあとのことを考えてもこの場所でこうして相まみえることはないはずであった。
「め、メタルメテオ!」
だというのに彼はいる。かつてと同じくメタルメテオという男は立ち塞がる。
傷一つない鋼鉄の鎧に機械の決して錆びず衰えない記憶力を備えた彼は、花が生い茂る道のど真ん中に直立不動で立ち、剣を掴んだ右腕は真下を指したまま、左腕をまっすぐ前に出していた。
「どうして…………アンタは間違いなく死んでっ、記憶媒体だって三賢人がしっかりと利用してなくしたはずじゃ!」
『シンプルに本体は別にあったということだろう。粒子を用いた術式はもちろんの事、いまだ発展途上なこの星の科学でもそれくらいのことはできる』
「そういうことだ」
みなの動揺を代表する優に対しすぐさま返事をしたのはメタルメテオでもなければこの場にいる誰かでもない。
この場に馳せ参じる事こそなかったものの、ヒュンレイ・ノースパスの代わりとして技術顧問的な立場で彼らに携わってきたアル・スペンディオだ。彼は子供たちに渡した発信機や通信機越しに声や現場の状況を確認し、さも当たり前という様子でそう説明。メタルメテオもこの部分に関しては隠す意味はさほどないということで素直に答える。
「こちらの要求は一つ。お妃さまにアイリーン様。貴方がたにはこの場にとどまっていただけたい」
「私とエヴァ?」
「なんだなんだ。お前の言う通りならオレらは素通りできるってことか? ずいぶんと都合がいい話だな」
「疑うのも無理はない。しかしこちらにそれが真であると示す材料がない以上、『信じてくれ』としかいうことができないな」
父であるガーディア・ガルフと同じく強弱の少ない声でそう発するメタルメテオに対し、けれど彼らはそこまで疑いを抱いてはいなかった。
シュバルツが説明した通りならばガーディア・ガルフは蒼野を自分の元まで導く必要があり、他の四人に関しても無下にはしないこともシュバルツが説明していたのだ。
「お妃さま、か。いい呼び名だ。喜びで心が弾む…………しかしだ。お前はいつから私に命令できる立場になったメタルメテオ?」
自分達よりも強い二人を失うのは手痛い。それを彼らはしっかりと把握している。
しかしこちらの手札を見せるよりはそちらの方がマシであると五人の若人は考え提案を受ける姿勢を見せるが、そこで口を挟んだのはエヴァだ。
腕を組み凄まじい怒気を発する彼女は味方であるにもかかわらず恐ろしい存在であり、彼女の周囲の空間が瞬く間に歪む。それがどのような意味かをこの場にいる誰もが理解している。
「それでしたらお妃さまは先へ進まれてください」
「へ? い、いいのか?」
死の香りが辺りを漂う。避けられぬ衝突が間近に迫る。
それを予期して蒼野達も腹を括るが、意外なことにメタルメテオは迷うことなく意見を変えた。するとエヴァも取り繕っていた怒気をかき消し、呆気に取られた様子で尋ねてしまう。
「お妃さまがそうおっしゃるのでしたら私は止めはしません。ですがアイリーン様、せめてあなただけでもこの場にとどまっていただければと思っています」
とはいえアイリーンに関しては引く様子がなく、左手を前に出した姿勢を崩さぬままそう告げ、
「仕方がないわね。ここで戦うのは得策ではないし、その提案を受けましょう」
「お前……」
「私とあなた、両方が足止めを食らわない結果になっただけでも良しとしましょう。いきなさい」
他の者が口を挟むよりも早く白いスーツに身を包んだ彼女は提案を受け入れ、一切の敵意なくメタルメテオの側にまで歩いていく。そのまま隣に立つとメタルメテオは持ち上げていた左腕を下げ体を道のど真ん中から脇に移動させ、それが『通ってよい』という無言の証であることを理解すると残る面々は先へと進んだ。
「で、エヴァをおとなしく進ませたっていうことはまだ何か障害があるってことね」
五人と一人が先へと進み、彼らの視界から消え去る。
人が建てたとしか思えない建造物続く、けれど人の気配が微塵もしないその場所にはたった二人だけが残り、誰にも聞かれないことを理解しアイリーンは口を開く。
「流石でございます。その障害に関してもすでに察しておられるのでは?」
「…………」
その返事に対し彼女は何の反応も示さなかった。動揺することもなく、シラを切ることもない。無駄な言葉を発することもなく、纏う気配に変化はない。
つまり無言の同意である。
「ちょっと信じられない気持ちはあるけどね。でもそうね。そうなんでしょうね」
けれど驚きがないかと言われれば『驚く』と言いきれたのも真実だ。まさかこのタイミングで彼が立ち塞がるとは思わなかったのだ。
その者の名は言葉となり外界に放り出さる。しかしそれは誰の耳に入ることもないほど小さな声で、そのまま空中で固く縛られた縄が解けるように綻ぶと、やがて桃色の空の向こうに溶けて消えた。
「ところでガーディアさんはどこにいるんですか?」
「こっからもうしばらく歩いた先にある教会だ。結婚式とかも行ってる場所らしくてな、私がお願いすると、よく一緒に近くの花畑を歩き回ったんだ」
木々生い茂る林をさほど慌てず歩く中、気になったことを尋ねる蒼野。前を行くエヴァは振り返ることはせず、けれどどのような表情をしているのかわかるような声色をしながら色とりどりの花を踏まないよう空に浮かびながら前に進む。
「で、よく私は話してたんだ。いつになるかはわからない。けどここで結婚式を挙げようってさ。この空間はこれだけ明るいにも関わらず太陽に照らされてないんだ。だから吸血鬼の私にはうってつけなわけだ」
「あ、そういえばエヴァさんって吸血鬼なのに太陽の下を歩けるんですね。確か吸血鬼って太陽の光に弱いとかって聞いたことがあるんですけど」
「あってるよ。けどずっと前にそれをある程度克服したんだ。ダーリンが『太陽の下を歩けないのは不便だから何とかしろ』って言ってな。無理やり太陽の下に引きずり出されて、体中から煙を出しながら炎属性の耐性を上げたんだ」
「あ、それで何とかなるんですね」
「根本から覆るわけではないがな。『熱に強い』っていう特徴はある程度吸血鬼の弱点も抑え込める。大変だったけどいい思い出だよ」
実のところ五人にとってシュバルツやアイリーンの印象というものはさほど変わりはなかった。ただエヴァだけは違った。
敵として見た姿と味方として見た姿。そして過去の記憶で見た彼女の姿。その全てで彼女は違う様子を見せた。気まぐれな猫のように。
だから彼らは『どれが本当の彼女』なのか迷ったが、その答えを見つけるのにさほど時間はかからなかった。
要するに彼女は『ガーディア・ガルフを愛している』のだ。
様々な性格の変化の根っこにあるのは彼に対する『愛』なのだ。それを見つけたのは紅一点である優であり胸を張りながら言い切る姿に対し残る男子四人は首を傾げたが、三日間という僅かな時間ではあるが共に過ごすことでその意味を理解。
そうなれば彼らの半数に芽生えた感情がある。
ここまで彼女が恋焦がれた彼にもう一度会わせてやりたいという気持ちだ。もちろん依頼を受けるからには絶対に助けるつもりだったが、それとは別口でそう思ったのだ。
そんな彼女を先頭に彼らは林を抜ける。
すると目的地となる教会らしき建物の先端部が見え、
「来たか。待ちくたびれたよ」
そこに彼はいた。
花畑を裂くような断崖絶壁が一瞬だが彼らの視界に移り、しかし何度か瞬きするとそれが錯覚だったとわかる。
代わりに彼らの目に移ったのは一人の男だ。自身が生み出したであろう切り株に腰掛け、やってきたものを迎え入れる一人の青年だ。
「そしてやはりいたか愚か極まりない悪女よ。メタルメテオの言葉は我が主の言葉だぞ。それを無視してやってくるとは、やはり目を覆いたくなるような愚者だな貴様は」
「お前………………」
先に見た時と変わらない狂気に身を浸し、確かな殺意を身に纏い、ギャン・ガイアは立ち塞がる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
ここ最近十二時以降の投稿になり、それがデフォルトになっていることに違和感を抱かなくなってきてしまいました。もしかしたら、これからはこれがオーソドックスになるかもです
それはそうとこの最後の戦いに三章きってのトリックスター、出れば話を動かす男の登場です。
メタルメテオの方は何もありませんでしたが、こっちはきっちり前哨戦を行います。彼はこういう時に好き勝手暴れるタイプですのでね。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




