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ガーディア・ガルフの失態


 何の前触れもなくガーディア・ガルフの前に現れた男が手にしている球体は奇妙な物であった。

 真っ黒な点に関してはさして問題ない。それがビーダマくらいの小さな飴玉であることも無論問題ない。

 ただその色が数秒ごとに赤だったり青だったりに変化すること。それにえも知れぬ空気を纏っていることは無視できない奇妙な点であった。


「んだこりゃ?」


 その空気が珍しかったゆえに、普段ならばそのようなものに関心を持たないガーディア・ガルフは明滅を繰り返す街灯の下のベンチで青い顔をしている男に近づき、無遠慮に掴み上げる。持ち上げ、片目を閉じたうえでのぞき込む。さりとてその飴玉にそれ以上の変化があるわけではなく、けれどもその正体に思い至った彼は息を吐いた。


「へぇ。ロストテクノロジーの一種か」

「何も言われずに答えにたどり着くか。お前さん若いわりに中々の審美眼を持ってんな」


 ロストテクノロジー、現代では到達できない領域の『発明品』の数々。

 それが科学文明由来のものを指すことや、どれほど未来の発明品を指しての言葉なのかは千年前の時点では明確にされていなかったが、そう呼ばれるものがすでにあったのは確かなことだ。


 ただその価値についてしっかりとした裁定を下せる者は今も昔もそこまで多くはなく、何も言われずに見抜いたゆえかこの中年男性の声は嬉々とし弾んでいた。


「そこまで即座にたどり着いたのならわかると思うんだが、おじさんは今坊主が言った類のものも結構揃えててな。そういう貴重なものを見つけては売ってを繰り返して生活してるってわけ」

「で、水をくれたお礼にその貴重なものの一つを渡すって。胡散臭い話だなおい」


 が、聞いたガーディア・ガルフの態度は彼に同調しない。

 口にした通りそんなものを無償で与えるなどというのは、いかがなものかという疑問が即座に浮かんだのだ。


「いやいやそう変な話でもないのよ実際のところ。ロストテクノロジーにカテゴライズされるといっても全てが全て高値で売れるわけじゃない。こう言っちゃなんだが、ガラクタ同然のものだってあるわけよ。で、そのうちの一つがそいつってわけ。しかも数も無駄にあると来た!」

「なるほどなるほど。事情は分かった。で、おっさんはそんなもんを『お礼』に渡そうとしてくると。いい度胸してるじゃねぇの」


 説明された理由は納得できるものであった。しかし次に浮かびあがった感想はそのようなもので、さして強烈なものではないが彼の身からは怒気と敵意が零れ出していた。


「おっと。待った待った! 『売れない』とは言ったが『つまらない』ものとは言ってない。そいつは間違いなく面白い代物だ。普段使いできるようなものじゃないってだけでな!」

「?」


 ほんのわずかとはいえそれを発しているのは過去現在、そして千年経った未来でも最強と名高いガーディア・ガルフである。心底慌てながら中年男性は両手を自身の体の前で左右に振り、それを見てガーディア・ガルフもその真意を測るために怒気や敵意をひっこめた。


「そいつは『ダブルキャスト』つー商品でな。服用者の体内に侵入後、その人物の身体能力や過去の経歴を精査。それを元にして同じ肉体の中に新しい人格を作る………………言っちまえば二重人格生成装置、とでもいえる代もんだ」

「んだそりゃ。いや意味は分かるぜ。その名の通りなんだろうさ。けどよどういう意図で使うんだよそりゃ。基本的に二重人格なんざ面倒の元だろ?」

「見たところ未来の発達した文明ってのも戦いの歴史からは逃れられなかったらしい。こいつの主な対象は血を見るのもダメないたいけな少年少女で、そういう奴らに戦闘用の人格を作り上げて兵士に仕立て上げ、無理やり戦場に送りつけてたらしい。ひどい話だね。ホント」

「…………」

「いやそんなひどいツラでおじさんを見ないでくれよ。それはそういう用途で意図的に使った場合ってことだ。使い方さえ間違えなけりゃ、んな恐ろしいことにはならねぇ」

「ならどう使えっていうんだよこんなもん。不良品だろコレ」


 そう断じながら掌の中で飴玉を弄るガーディア・ガルフの判断に、この記憶を訳も分からず見せられている面々も同意する。百の害はあれど、一の利さえ存在しないと彼らも断言できたのだ。


「ま、そんなもんでも売れば小遣い稼ぎくらいにはなるってもんさ。水の礼としてはちょうどいいだろ。だがそうだな…………無理やりでも使おうってのなら友達作りとかいいんじゃねぇの?」

「友達作り?」


 自身の座っていたベンチを時たま照らしていた街灯が完全に消え、男はかぶっていたシルクハットを深々と被りなおしながらベンチから立ち上がり、側にあるしっかりとした光を放つ街灯の位置にまで移動。と同時にこぼした言葉を聞き、ガーディア・ガルフは片方の眉を吊り上げた。

 

「大枠で語る場合、二重人格ってのは二種類に分かれる。一つが『一方のことを認識できないタイプ』。もう一つが『一方のことを認識できるタイプ』だ。で、そいつは後者。まぁ戦闘時の記憶を把握しとかなきゃ、日常生活で体を動かす際に支障があるだろうからな。精神的ストレス込みで考えても、把握してる方がよかったってことだろ」

「そりゃ…………もう一人の自分と会話できるってことか?」

「んーまあ、そうともいう。かね。まぁあれだ。なんにせよ退屈紛らわせるくらいにはなると思うぜ。使うにせよ、使わないにせよ。な」


 続くガーディア・ガルフの言葉には蒼野達が聞いたこともないような高揚感が含まれており、それが彼らの胸に捉えようのない影を落とした。

 そんな蒼野達の気持ちなど一切考慮せず、ガーディア・ガルフに中年男性は望んだ答えを言うと、背を向け適当に右手を振りながらその場を去った。


「………………………………………………」


 それから数分。すでに事切れた街灯の真下で、闇に包まれながらガーディア・ガルフは様々な色に変わる小さな飴玉を見続ける。

 その時に彼が何を考えたのかをこの記憶を見ている五人の若人は理解できず、けれど同じ時代を生きた三人は理解してしまい、胸の痛みや吐き気を覚え、


 彼らが見ている前でガーディア・ガルフはそれを飲み込む。

 そして彼の鼻の先端部にそれは出た。


 真っ黒で小さな丸い斑点。すなわち彼ら共通の友アデット・フランクを殺めるに至った原因を。






 こうして記憶の旅は今度こそ終わりを迎える。

 それまで誰も知ることのなかった記憶。『果て越え』とまで呼ばれる男が人生で唯一拭いきれなかったただ一つの汚点。その始まりを見ることにより。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


長かった記憶の旅も今度こそ完結。最後の最後に明かされたのは、全ての始まりたる部分になります。

見ていただき最後の一文を読めばわかっていただけますが、完全にガーディア・ガルフのミスとなる話です。しかも後に続く色々な物語にかかわるほどのドでかい。

次回からはちょっとばかりの作戦会議。そして最後の戦いの場へと向かいます


なお、この記憶編で出てきた意味深なことを言ったりしたりしてる面々は後々また出てきます。この記憶編は彼らの顔見せだったりもしていました。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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