ガーディア・ガルフの秘め事
休まず動き続けていた記憶のフィルムがその動きを一際緩やかなものに変化させていく。
同時に彼らの間に漂い続けていた緊迫した空気が薄れ、重苦しかった空間全体が軽いものになる。
「我々が君に見せたかったものはこれで終わりだ。そして頼みたい役柄もすでに話した。そのうえでもう一度君たちに頼みたい。我々にとって大切な友ガーディア・ガルフを助けるため、ぜひとも協力してほしい」
長かった記憶の旅が終わりを迎える。
ガーディア・ガルフらに神の座イグドラシルの幼き日の姿。
千年前の戦争についてと、賢教による悪政と、他愛もない、けれど愛すべき日々。
正体不明の襲撃者に神崎優香というビックネームの出現。
そして彼ら共通の友であるアデット・フランクの死とこれから立ち向かうべき敵の正体。
その全てを見た末に繰り出された問いに五人は無言を貫き、
「一つ確認しときたいシュバルツ・シャークス」
「なんだい?」
その視線が腕を組み、一切臆さぬ様子で語り始める積に注がれる。
現状においてギルド『ウォーグレン』の代表である彼の選択に全てを任せる。
蒼野達四人のそんな気持ちは間違いなく彼に届き、僅かに上を見上げたかと思えば、地に足着いた声色で口を開く。
「俺らはさ、今回の記憶の旅で色々なことを知れた。そりゃもうほんとに色々とだ。得難い経験だったのは間違いないからそのことには感謝してる。だけどさ、ちょっとばかし振り返ってみたらわかることだが、見せてもらった中で本当に必要な記憶は半分以下だったはずだ」
「…………」
積の物言いに対しシュバルツは何も言い返さない。表情さえ変えない。けれど纏っている空気は僅かに揺れ、それが動揺の類であることは誰の目からしても明らかだった。
「あんた俺らの同情を誘ったな? ただ頼み込むだけじゃ不安だからってこっすい真似をしたな?」
真っ赤な髪の毛にサングラスをかけた、千年前から現代に蘇った三人がよく知る原口積ならばそんな問いはしなかったであろう。頭の中で浮かんだとしても口にせず我関せずを貫いていたかもしれない。
しかし今の彼は違う。髪の毛を真っ黒に染めてワックスで固め、兄と似た鋭い眼光を携えた彼は、これまた兄が羽織っていた学ランに身を包み、彼らが隠しきれなかった弱所にナイフを向ける。
「おそらく俺らがそこまでしなけりゃ賛同してくれないからとかその辺が理由か。そりゃそうだよな。何せ俺らはさっきまでバチバチに喧嘩してたわけだもんな」
「い、いや。多分ゼオス君と蒼野君は手伝ってくれると思ってるんだがね。私としては全員が協力してくれた方が好ましくてね!」
語られる単語の一つ一つが過ぎ去る度にシュバルツの頬を冷や汗が伝い、彼の提案に協力していた二人の美女もバツが悪そうな表情を浮かべる。そんな彼らを見て積は深々と息を吐いた。
「たくっ、お前ら全然わかってねぇな………………いやよく考えりゃそれも当たり前か。だがな、よく覚えとけ。俺はな死んだ馬鹿兄貴の跡を継ぐって決めたんだ。だからあの人が動く理由で俺も動く」
「あの人とは貴様の兄である原口善の事か? 奴が動く理由というと……まさか!」
「そうだ。そりゃ『泣いてるガキを助けるため』なんて傍から見たら馬鹿馬鹿しいもんだ。いやお前らに限って言えば泣き騒いでるわけじゃねぇけどな」
シュバルツ達は原口善に関して詳しく調べていた。練っていた計画を実行するうえで彼のポジションはとても重要だったため、他の者と比べても特にだ。
その中にはもちろん彼の思想も混ざっており、積の発言を聞きすぐに浮かんだ答えを前にシュバルツは声を上げ、
「つっても気持ちは同じはずだ。『涙を垂れ流すほど助けたい、叶えたい』って気持ちはな。それが間違ったものでないなら、俺の兄貴は絶対に馬鹿にしないし否定しない。
だから言わせてもらうぜ――――ギルド『ウォーグレン』は偉大なる先達の依頼を謹んでお受けする。蒼野やゼオスだけじゃねぇ。俺ら五人全員で、あんたらの提示した無理難題に応えてみせる!」
歓喜交じりのその声さえ跳ねのけるほど力強い声で積がそう言い切る。
するとシュバルツは頭を深々と下げながら感謝の言葉を吐き続け、背後にいるアイリーンは胸元に手を置き安堵の息を吐いた。
彼らにとって少々意外な反応を示したのはエヴァであり、信じられないというように目を見開いたかと思えば次の瞬間には瞳を潤わせ、シュバルツ以上に深々とお辞儀をして涙交じりの感謝を告げた。
「それならさっそく作戦会議だ。千年前の記憶に関してはこれで終わりだが、君たちにはまだ伝えなければならないことがある」
「伝えなければならないこと?」
「推測混じりりにはなるがね。ガーディアの奴がどういう考えで現代に蘇ったのか。どういう作戦を建てて今回の戦いに挑んだのか。そして………………あいつが辿るはずだった本来の予定。我々にも隠していた迎えるはずの終着点についてだ」
こうしてシュバルツらは現代を生き抜く若人達の協力を得た。
それにより事態が一つ先へと進めることができたことを知る。
同時に記憶の旅は終わりへと向かい進んでいっていることを示すように彼らを囲っていた濃霧は晴れていき、
「え?」
「何これ。なんで!?」
「わ、私は何も触ってないぞ! 本当だ!」
しかしそこで彼らにとって想定外の事が起こる。晴れかけていた濃霧が再び濃くなっていったのだ。
比例するように彼らの側を通り過ぎるフィルムが再び明確な目的をもって動き出す。それは彼らを予定していなかった目的地へと導き彼らは見ることになる。
隠され続けていたパズルのピースを。
『~~~~♪』
たどり着いた場所は最後に見た記憶とは全く違う場所の光景。
戦火はなく、争う怒声も聞こえない。
この記憶の主人公である後の『果て越え』を包むのは静寂な空気に響く虫の音と柔らかな月光と黒い天幕で、その下を歩く彼は機嫌よく鼻歌を綴り歩き続けている。
『おうっぷ。オゲェ。オゲェア! あー酔った酔った。天地がひっくり返った気分だよおじさんは』
『…………おいおい。人が気分いいときに嘔吐音で音楽奏でるんじゃねぇよ気が滅入るだろ………………いや面白い気もするな。むしろ大爆笑」
「あーすまないな坊主。てかこれはあれか? おじさんに対するプレゼントか? 心優しいじゃないの」
「おうよ。俺は善良にして聖人君子でまかり通ってる一市民だ。困ってるやつがいたら、たとえそれが薄汚い中年オヤジだろうと見捨てねぇよ」
彼らがたどり着いた地で見たのは、まだ鼻先に黒点をつけていない後の『果て越え』の姿。
彼は歩いている途中で音のした方角を見ると、愉快で珍しいものを見たという様子で語りかけながらどこからともなくペットボトルに入った水を取り出し、それを青い顔をしながらベンチに座っている中年の男性に渡す。
「ハハッ、そりゃありがたいね。いや全く、いい性格してるな坊主」
色落ちした灰色の紳士服に同色のくたびれたシルクハットをかぶった汚れた金髪の彼はそれを受け取ると勢いよく飲み干す。
その姿を見届けるとガーディア・ガルフはその場から立ち去ろうとするが、
「ふぅ、だいぶ持ち直した。んじゃおじさんからもお礼をさせてくれよ」
「お礼?」
「あぁ。実はこんなナリでもおじさん結構貴重なものを持ってるコレクターでね。坊主にお返しの品を送りたいと思うわけよ」
話を聞くと足を止め、そんな彼を見つめ中年の男性は自身の懐をまさぐり続け、目的のものを見つけたかと思えば彼の目の前に差し出した。
それは飴玉サイズの黒い球体であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
記憶の旅、延長戦。シュバルツ達三人が予想だにしなかった最後の旅です。
重要な話ではありますが短い話です。もうちょっとだけお付き合いいただければと思います
あと最後にガーディア殿がペットボトルを取り出した方法は四次元革袋からではありません。この時代にはまだ開発されていないので。
これは必要だなと思った彼が目にもとまらぬ速さで行っただけの力技です
それではまた次回、ぜひご覧ください




