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一つの終わり、一つの始まり


 いくらかの記憶を辿り若人達は悲劇を見た。

 結果示されたのは千年前に訪れ、今また現代で現れようとしている災厄の姿。今なおガーディア・ガルフの体内に宿っている最後の敵の姿である。


「君たちに頼みたいのはあの魔犬を出現させるための手助けだ。なあに、そのあとのことまでは頼みはしない。後は我々が何とかして見せる」


 大きな大きな物語が終わり最初にそう口にしたのはシュバルツで、その内容は友を労わる言葉でもなければ、同情でもない。自分たちが現代で果たさなくてはならない義務だ。


「ちっとばかし気になったんだが」

「ん?」

「ウェルダってのはどういう意味だ? 『神殺しの獣』なんて呼ばれてたが?」


 その返答を五人の若人はすぐにはしない。自分たちの周りを駆け抜ける記憶のフィルムが動き続けているゆえに、まだ旅が終わっていないことを理解しているゆえに。

 なので次なる目的地まで飛んでいくまでの移動の隙に、彼らを代表するように積がふと気になったことを尋ねる。


「あぁ。そういえばお前らの中に賢教出身はいないんだったな。『ウェルダ』ってのは経典で語られてる太古の生物。賢教の開祖であり象徴である大賢者が使役し、この世界を支配する神を打ち滅ぼす大きな要因となった存在の名らしいぞ」

「賢教にいる人なら最初に習う内容で、そのあと大体忘れちゃう奴よ。出てくるのって教科書の中のほんの数回だけだから」


 その内容に関して覚えていた二人が説明をし彼らは納得。続けて気になったことを尋ねてみようと彼らのうち幾人かが口を開くが、


『つまり私たちはスパイってやつか?』

『そうなるな。私は亡き友アデットとの最初の誓い。この世界の平定を成し遂げる』


 それを遮るように流れていくフィルムの速度が緩慢になり、彼らの耳が発せられる言葉を正確に聞き取る。

 それは千年前に起きた戦争の真実に到達するための扉であった。




「久しいな。元気にしていたかいイグドラシル」


 その日その瞬間、戦いの勝敗は決したと言っても間違いないだろう。

 戦士たちが寝静まり警備の兵だけ神経を張り詰める満月の夜、戦士たちをまとめる誘蛾灯の如き存在に変化していたイグドラシルの寝床にガーディア・ガルフは現れる。


「以前君が話していた提案に乗ろう。君たちの味方として我々は立ち回る」


 音一つ立てず、気配さえ完全に消し去り、千年前の戦いにおいて難攻不落と呼ばれていた砦に現れた彼に、かつて相まみえた際の面影をいまだに色濃く残していたイグドラシルは警戒心を強める。ガーディア・ガルフの様子が以前とは全く違ったため。

 ただ語られる内容はこれ以上のものはないというほどの吉報で、それを聞くと彼女は抱いていた極度の警戒心を僅かに緩めながら上半身を布団から持ち上げ、今が際立って異常な状況な事さえ忘れ笑みを浮かべる。


「そうですか。それでしたら貴方の親友もご一緒ですか? もしよければ明朝に皆さんに紹介を! ご安心ください。相手が誰であれ、どのような立場であろうと我々は貴方がたを歓迎します! あぁいえ、その心配すらありませんね。貴方がたなら実力で信頼を得ることが簡単に……」


 発せられる言葉の一つ一つが弾んでおり、それを聞けば誰であろうと彼女の喜びようが理解できるであろう。

 ただ目の前にいる男はそれを最後まで聞き遂げることなく、表情一つ変えず待ったをかける。すると彼女はつらつらと流していた言葉を止め、


「そのことだが、我々は『君たちの味方』にはなるが『賢教側に所属』する」

「え?」


 続けて行われた提案を聞くと息を詰まらせ体を強張らせた。その直後になぜかを問い、


「今の賢教を統治している男はまさしく『暴君』だ。たとえば我々が君たちに与したと知れば、趨勢が決したことを嫌でも悟る。そうすればきっと暴挙に出る」

「暴挙?」

「予想でしかないがね。彼自身にはカリスマがなくとも、賢教を篤く信仰する者はまだまだいる。そして彼らは『自分たちの宗教を終わらせたくない』と考えている。そんな彼らは命を捨てる覚悟で我々に挑みかかるだろう」

「わ、我々はその点を否定するつもりはありません。やりたいのは、教皇の座から支配権を宇奪いたいだけでっ!」

「エヴァやアイリーン曰く『それを馬鹿正直に信じる理由はない』とのことだ。加えて言えばその支配権だって離したくないものがいるのではないかね?」

「っ」


 示された内容を聞くと言葉を詰まらせた。言い返すに足る理由を彼女は即座に言えなかったのだ。


「だから我々が賢教全体をコントロールする。『世界最強の戦力が味方になった』と思わせ有頂天にし、勝利を重ねさせる。そしてそうして奴が気を緩めている間に、賢教全体の支持を奴から我々に集める」


 それからさらに彼は自分たちが考えたプランに関して語りだす。

 自分たちが先陣に立つことで被害を最小限に抑える事。シュバルツが変装の達人であることやアイリーンならば無傷で戦場を保てるということ。


 そのような各々の特徴を駆使して戦果を挙げたうえで教皇の座を蹴落とし、最期には自分たちの敗北で全てを終わらせるように仕上げること。


「美しい計画ですね。ですが推測で物を進めすぎている。私以上に、です。そして最も重要な事ですが………………私がそれを信じるだけの裏付けがない」


 その計画に対し彼女は辛辣ではあるが当然の言葉を吐く。ただそれを聞いても月の光を背景にして佇むガーディア・ガルフは表情一つ変えず、


「信じる必要はない。というよりその行為の有無に意味すらない」

「?」

「君が何を言おうと、我々は今しがた言ったとおりに行動する。そして口にした通りの結果をたたき出す。それを君が拒むというなら――――やってみたまえ。力づくで」


 そう言った。そしてそれに対し彼女はまたも言い返すことができなかった。

 ガーディア・ガルフの言った内容ははこの星における紛れもない大原則であり、そして彼の行動を覆すことができるだけの戦力を保持していないと知っていたゆえに。


「行くぞ。彼女に我々の思想を叩きつける」


 こうして世界中を巻き込んだ戦争は進んでいく。

 数日後に行われたガーディア・ガルフたちによる初陣は、敵味方による死傷者を一切出さず敵軍全員を退け、それは続く戦いの九割以上で続いた。


 古賀蒼野がかつて抱いた儚い理想。彼はそれを数多の戦場で実現し続け、そのうえでアイリーンやシュバルツは味方側を動かす軍師としても類まれなる才覚を発揮し、全軍及びにあらゆる賢教の信徒からの信頼を得て、神教側が知らぬうちに教皇の座から政権を奪取。


 そのうえで彼らはなおも戦い続け一度たりとも負けることなく、


「じゃ、この戦いの終わりに冬眠だな。どのくらいにする?」

「千年くらいでいいんじゃないか? そうすれば我々のことも大半の奴らが忘れてるだろ」


 最後の戦いに赴く直前、エヴァ・フォーネスが自分らの肉体と魂を未来へと持っていく秘技の開発を成功。

 アイリーンとエヴァは残る二人が後々で来ることを理解しながら、ほどほどのところで最後の戦場から敗走する様子を見せ、


「シュバルツ・シャークス!」

「ッ!」


 シュバルツは死闘の末、若き日のゲゼル・グレアとその仲間に初敗北。溶岩の中に沈んだものの彼は強い熱耐性から命からがら抜け出し、エヴァが示した方角へと向かうより先に友のもとへと向かい、


「ゲゼル・グレア」

「え?」


 そこで見た。

 数多の抵抗が無意味に終わり、それでも決死の覚悟で戦いを続けたゲゼル・グレア最後の一撃。

 それをガーディア・ガルフは躱すことも防ぐこともなく、むしろ自ら心臓に突き刺し、


「………………っ」

「な、なんで!?」

「君は、いや君たちは千年の平和を築け。それがここで勝利し、全てを手に入れる君たちの責務だ」


 そう彼は口にする。




 これが千年前の戦いにおける全ての終わり。そして現代に続く戦いの全ての始まりである。



 こうして彼らはシュバルツ・シャークスらが見せたかった全ての記憶を見届けた。


ここまでご閲覧いただきありがとう

作者の宮田幸司です


長かった記憶の旅の完結編。千年前の戦いで何があったかの説明です。

今回の話で語られていましたがガーディア・ガルフとその一派は本気で死傷者ゼロの戦いを築き上げました。もちろんうまくいかないときもありましたが、超巨大な星に住むすさまじい能力者や鍛え上げられた武道家さえ大半を退けたわけですから、全盛期のガーディア殿は本当に強かったわけです。


さて次回なのですが、実はこの旅にはもう少しだけ仕掛けがありまして、その点について語り、長かった過去回想を終わらせたいと思います


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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