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思い・選択・結末


「え…………っ」

「エヴァ!」


 上半身が嚙み千切られ、残された下半身が酔っ払いが行う千鳥足のような足取りを見せる。けれどそれはほんの数歩で終わりを迎え、背後へと大きく傾いたかと思えば耳障りな音を発しながら焼け焦げた大地に横たわり、世界を血と臓物で汚す。


「ぶっっっっっっはぁ!? し、死ぬかと思ったぞ!」


 並の者ならば、いやそうでなく一握りの強者だとしても絶命は免れぬ状態であろう。けれどその状態からでもなんら問題なく蘇るのが吸血鬼という種族の特性だ。吹き飛んだ上半身部分は残された下半身の切断面の肉が盛り上がり構築し、エヴァは何事もなかったかのように立ち上がる。


「もう。驚かせないでよ」


 エヴァ・フォーネスは不死である。そんなことはそう発したアイリーンとて重々承知である。とはいえ実際に上半身が噛み千切られ絶命した姿を見るのは初めてなので、彼女が一瞬呼吸を忘れてしまったのも無理もないだろう。


「来るぞ! 気を抜くな!」


 立ち上がるエヴァと僅かに気を緩め息を吐いたアイリーン。その二人に視線を向けることなく、延々と飛び回る魔犬の動きを追っていたシュバルツが一喝。手にしている剣をよりしっかりと握りしめる。


「…………お前、嘆いているのか?」


 彼と同じく微塵の油断も見せず、なおかつ迫る攻撃に最適解を選び続け対処し続けていたアデット。

 そんな彼は魔犬が発する唸り声を聞き、いち早くある事実に気が付いた。




 迫る猛攻を防ぎながらシュバルツは渋い顔をする。

 彼は理解しているのだ。残された時間が本当にごくわずかなものになっているということを。

 それまで対応できた攻撃に自身の動きが付いていかない。いや、自分の身だけを守ることなら十分にできるが町や仲間にまで手が届かない。

 けれどその役目を放棄することは自身の宝物を手放すことと同義であるためすることができず、結果的に彼は、己が身を肉壁肉壁とすることであらゆるものを守っている。


「ッ」


 脇腹を抉られ、左肩を噛み砕かれ、手足の指先の感覚がなくなるほど出血しながらもなお守り続ける。自分以外の全てを。


(どこまでだ。どこまで伸びる!)


 そんな彼の目の前で魔犬はより強力に、より強大に育つ。

 単純な力こそ上回られていないが速度面ではアイリーンを凌駕。すなわちガーディア・ガルフ以外では不可能であった領域へと向け動き出す。そしてそれは彼でさえ対応できない速度がすぐそばまで迫っていることの証であり、彼は即座に勝負を決めなければならない必要性に駆られた。



 

 エヴァは歯噛みする。久方ぶりの感覚に歯噛みする。

 戦いがここまで続き彼女は久方しぶりに感じていた感覚があった。我が身の情けなさである。

 かつて吸血鬼の同朋を守るために戦っていた彼女は、それがなしえることができず何度もその感覚に襲われていた。

 だからこそ強くなったのだ。自身の視界に入る全ての同朋を守るために。

 ただその思いもガーディア・ガルフとの初邂逅により打ち破られ、けれど彼が敵対しなかったゆえにその感覚は味わうことなく済んだ。実に幸運なことに。

 

 であればこれは本当に久方ぶりの感覚。優に百年以上遡らなければ思い出せないほどの感覚だ。

 自身が磨き上げた即座に発動できる簡易的な術式は軽やかに躱される。では超広範囲を殲滅できる攻撃はどうであるかと問われれば、打とうとする前に必ず妨害が入る。

 いやそもそも吸血鬼の優れた動体視力をもってしてもその動きに追いつくことができず、『役立たず』と罵られるような状況が続いている。


「おのれ! なんなんだ。なんなんだ貴様は! 勝手に現れて人の恋人を奪うなよ!」


 それらの感覚を久方ぶりに味わう彼女は、同時に同じくらい悔しかった。

 生まれてこの方初めてできた心の底から好きな人。彼を助けるために何もできない。やろうとしても全てがうまくいかずから回る。

 その感覚は生まれてこの方一万年以上生きてきて初めて味わう絶望で、夕暮れを黒く染める黒い炎柱に照らされる彼女の顔には絶えることなく涙が流れる。


(すまんシュバルツ。だが待っていろ。もう少し。もう少しだ。あと少しで私の時間がやってくる!)


 それでも彼女はまだ希望を捨てない。

 夕暮れと夜の境界線はすでに過ぎ去り、彼女の幼い少女を模した肉体には力がみなぎり始めている。それはこれまで発揮できなかった全力全開がすぐそばまで迫っている印であり、もう少しで怨敵の内部に閉じ込められている愛する人を救うことができるだけの力がよみがえると彼女は感じていた。


 ただ一つ、彼女が見逃している誤算があるとすれば、それは




 アイリーンは後悔した。自分のこれまでの人生に後悔した。

 彼女はこれまで自身の強さに絶対の自信を持っていた。

 ガーディアやシュバルツには届かないかもしれない。けれどその二人を除けば自分は最高位に存在して、学校内で現れる規則違反者や迷惑行為の対象者を取り締まることができ、外部からやってきた厄介者も退けられるという自身があった。


 事実今日までその予想は的中しており、自信があったからこそ慢心していた。

 光属性を誰よりうまく扱え、すさまじい圧縮を行うことで他の者では実現できない武器の作成ができるからと力を磨くことを怠った。

 光属性の得意分野である時間稼ぎなど自分には必要ないと練習せず、シュバルツ達のように近距離戦をする必要はないと、白兵戦については基礎こそできるものの応用はできず、自身に最適な動きなどは研究してこなかった。

 それでこれまで対応できたからこそ、彼女は今こうして誰よりも無様な姿をさらしている。

 エヴァのように不死の命を持っているわけではなく、アデットのように自分の身は自分で守りきるということができない。

 それがばれているからこそ魔犬の狙いは最も自分に注がれており、それが互角かやや優勢で戦えてるはずのシュバルツの余裕を奪っている。

 そこまでわかっているゆえに彼女は吐き気を覚え胸が締め付けられる。自分など、いなければよかったという嫌悪感に苛まれる。

 それは彼女の動きを鈍らせていき、


「アイリーンッ!」

「シュバル…………キャッ!?」


 本当に一瞬気が抜けた瞬間、シュバルツが攻撃を防いだにもかかわらず、その余波だけで四人で固まっていた現場から彼女は吹き飛んだ。

 そしてそれを見過ごすほどガーディア・ガルフの肉体から構築された魔犬は甘くはない。


「ooooooooooooo!!」


 巨大な咆哮とともに肉体に纏う黒炎の勢いが増し世界が歪む。それが貯めていたエネルギーの放出であることは一目でわかり、その瞬間を前にして全員が覚悟を決める。

 この一瞬こそ、全てが決める分岐点であると。


「なぁ!?」


 がしかし、その戦いに参加できないものがいた。

 エヴァ・フォーネスである。

 全力全開発揮直前の彼女を包むように無数の黒炎の柱が地面から打ちあがり、彼女の全身が隠れていく。


「こ、この程度!!!!」


 無論彼女は最高位の術師である。如何に超高火力の柱による妨害があろうと、腕の一振りで抜け出せる自信があった。


「シュバルツ!」


 がしかし悲しいかな。その一振りの時間をこの魔犬は待ってはくれない。

 巨大な躰を元々のサイズにまで縮小した魔犬が大地に根を張り僅かに屈む。それだけで大地はひび割れ空間が膨張するような錯覚を受けるが、それでも先ほど一度だけその急襲を目にしたシュバルツは迫る瞬間を前に最大まで神経を張り詰めることができた。


「aaaaaaaaaaa!!」


 そしてその瞬間はやってくる。

 天に轟き大地を砕く覇者の咆哮。それを号令として魔犬は突き進む。目前の最大の障害を退けるために。

 それを前にしたシュバルツはなおも剣を掲げ続け、


「よっ!」


 自身の首へと向け鋭利な爪が迫った瞬間―――――迷わずにしゃがんだ。衝突を避けた。


「!?」


 それは人語を介さぬこの怪物からしても意外な展開であった。なぜならこれまでの彼の動きがそのような選択は絶対に選ばないと示していたから。

 しかしそれこそがガーディア・ガルフに次ぐ実力者である彼の選択。

 町や仲間の守りに必要以上に徹していた彼の切り札。

 それまで頑なに回避や放置を選ばなかった彼は、ここにきて初めて衝突を避けたのだ。


(決める!)


 彼は知っているのだ。この一撃を防いだ直後、この強敵は力を出し切り大きく弱体化することを。だからこそこの一撃をしのげば、何事もなく全てが終わると踏んでいたのだ。


「え?」


 そんな彼はけれど一手だけ見誤り、その代償が彼の頬を濡らした。




 この強大極まりない相手は確かにシュバルツを狙っていたのだが、狙いは彼『だけ』ではなかったのだ。

 密集していたため彼の背におり、なおかつ精神的肉体的に疲弊していた存在。すなわちしりもちを突き動けなかったアイリーン・プリンセスまで狙いに入れていた。


 それに気づかなかった彼は防御するという選択肢を捨て、この強大極まりない相手を先に通した。

 その結果を瞳に移した。




 刹那の瞬間、エヴァ・フォーネスは身動きが取れずシュバルツは回避を選択した。疲弊し体の動きが鈍くなったアイリーンはその動きを捉えられず、魔犬の標的として選ばれた。


 さてでは――――最後に残った赤髪に白衣の青年はどうであったか。

 自身の身を守れる、すなわち魔犬の動きにシュバルツ同様追いついていた彼は、どのような選択を取ったのか?


 その答えが今、観衆の前に示される。


「ア、デット?」


 彼は他の者と同じくこの町を愛していた。仲間たちを愛していた。そして優れた頭脳によりシュバルツ以上に場の状況を理解していた。先を読んでいた。


 だから彼はこの未来を覚悟した。最後の最後に絶対にこの瞬間がやってくると腹を括った。

 

 だから彼は躊躇なく道を決めた。仲間の誰かが命を失うのを嫌い、シュバルツ同様に動いた。


 だから彼は――――――肉体の大半を失う。命まで失う。


「助かっ、て………………よ、かった………………後は、まか――――」


 振り返ったシュバルツが、黒炎の柱から飛び出たエヴァが、しりもちをついたアイリーンが目にしたもの。


 それはわが身を犠牲にして仲間を守り、満足げな笑みを浮かべたアデット・フランクの姿であった。







ここまでご閲覧いただきありがとう

作者の宮田幸司です。


そうしてその瞬間はやってくる。これにて戦いは終わり。

次回、その先へ


それではまた次回、ぜひご覧ください

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