ROAD TO FIVE 七頁目
「待てダーリン。それ以上はいけない!」
シュバルツ・シャークスが敗北を喫するというのは彼らからすればガーディア・ガルフの敗北と同じくらい信じられない事であった。
彼が敗北するとすれば、それは友であるガーディア・ガルフ以外にはあり得ないと踏んでいたからで、そんな考えを裏付けるように、此度の争いでも彼は屈強な襲撃者二人を退けるに至ったのだ。
「そいつを離してもらうぞ!」
ただそんな状況に陥っても百戦錬磨の彼らは動き続ける。
彼らが最も優れていた点は、予想だにしない光景を目にしても微塵も動揺せず、次の行動に移れたこと。友を傷つけられ瀕死に追い込んでいるという怒りを原動力として、全身に迸る動揺や衝撃を踏みつぶし、いち早く動いたことだ。
そしていの一番に打ち込まれたアイリーンの光球を受けると、それまでシュバルツに意識を向けていた巨大な獣の体が僅かに横に逸れ子犬のようなかわいい悲鳴を上げる。
ただその点に関して感傷に浸る時間はない。左側面に揃っている四つの真っ赤な瞳が、新たな獲物に意識を定めたからだ。
「むん!」
ここでシュバルツは動く。
自身に向けられる力が僅かなものになったことを知ると、それまで沈黙を守っていた彼は今が好機と動く。
胴体に風穴を開けられた事実さえ放り投げ、額に嫌な汗を浮かべながらも掴んでいた己の得物を振り抜き、自身を貫いた右前足を吹き飛ばし、耳をつんざく悲鳴を聞きながらも大きく後退。
その途中で忌々しげな視線と憤怒を孕んだ唸りが漏れ出すのを感じるが、その衝動に身を任せ魔犬が飛び掛かるのを防ぐように光の刃と煙幕が打ち出された。
「胴体に風穴を開けながら動くか。流石だ」
「流石なもんかよ。本当の強者、例えばガーディアならそもそも腹に風穴なんぞ作らん。クソ、油断した。あと腹がいてぇ!」
「そりゃあな。見てるだけで自分の腹が痛くなってくる! さっさとこっちに来い! どでかい風穴を塞いでやる」
僅かな間、肩を寄せ合う彼らは雑談を行う。すると巨大な緊張感を孕んでいた空気はわずかにほぐれ、それを各々が同時に確認し息を吐くと、その直後に彼らの顔に張り付いたのは『戦士の顔』だ。
「君が胴体を貫かれるとはな。俄かには信じられないな。そこまでの強敵か?」
「信じられんかもしれないがまごうことなき現実だ。無理やりでも信じてくれ。で、後者の質問に関しては『そうであってそうではない』なんて答えになるな」
「?」
話しかけられる言葉に対し、眉を顰めるアデットとアイリーン。
その理由が自分の中途半端な答えであることを理解すると、魔犬が飛び出てこないことを気にしながら自身の流した血で濡れた掌で目前の脅威を指さす。
「今はほんの少しでかい程度だが、さっきまではあの二倍以上の巨体だったんだ」
「…………小さくなったということか。それで?」
「あいつの強さはな、自身の肉体の膨張と収縮が大きく関わってくる。膨張するたびに身体能力は増し、反面収縮すると膨れ上がった分の力が落ちる。ただ、ここで気をつけなくちゃならないのが膨張状態から収縮する一瞬。その瞬間だけ、こいつは蓄えていた力全てを体に乗せて攻撃に転ずるんだ」
「膨れ上がる度に力が増し、吐き出す一瞬にその全てが乗っかる…………風船に空気の代わりに大量のエネルギーを補充する感じか」
「合ってるんだが変な例えだな。いや合ってるんだけどさ!」
顎に手を置き考察を進めたアデットになんとも言えない表情で口を挟むシュバルツ。
そうしているうちに彼の胴体にできていた巨大な風穴は塞がり、時を同じくして煙幕が吹き飛び、厄災はその姿を露わに。
「はっきり言って結構きつい。この連戦は体に効く。普段通りのパフォーマンスは期待するな」
「弱気なことを言うじゃないかこの野郎。なんだ? 本当に木偶の棒に転職か?」
「無茶言わないの。それより、なら速攻がいいんじゃない?」
「そうなんだが、奴は傷を塞ぐたびに大きく膨張し成長する。おそらく攻略法は別。中でぐーすか眠ってるあのバカを取り出すことだ」
合わせるように四人も臨戦態勢に移る。
戦うことに抵抗を覚えているエヴァでさえ周囲に多種多様な拘束用の魔法陣を展開し、アイリーンは手元に鞭を、周囲に攪乱用の光の塊を生成。アデットは両手の袖からかぎ爪を出し、そのうえで自身の身を守るように服の下に鋼の盾を生成した。
「ハハッ。余裕のある面々もいるのに俺に一直線か! 光栄だねクソ犬が!」
それらを前にしても魔犬は狙いを変えない。
ガーディア・ガルフの記憶を持っているゆえかはわからないが、シュバルツこそ最大の障害と認識し、一度の跳躍で距離を詰め、噛み砕くことなど考えず、体を横にして面制圧するように体を押し込む。
「むっ!」
疲労困憊の彼はそれをその場で受けきれず、肉体が背後にある木々を突き破り、虚空へと放り投げられる。
「頼むぞお前ら!」
先と同じように魔犬はそんなシュバルツに追い縋り、連撃を加える構えを見せる。違いがあるとすれば、追い縋るのが魔犬だけではない点。
アイリーンを先頭にして、続いてエヴァの発動した様々な属性の拘束術や能力が巨体に迫っている点だ。
「あら? 能力は無効かしら?」
「俺が差し込んだ神器の効果を引き継いでる感じか? 面倒だな! てかそんなナリになってもお前やっぱガーディアなのな!?」
アイリーンの回し蹴りが巨躯の進軍を止め、その状態で撃ち込まれた無数の拘束術の約半数がガラスが砕けるような音を発しながら消え去るが、残る半数が効果を発揮。それらは体を傷つけぬよう、縛り付けたり輪で挟むようなものであり、そこにはエヴァの今の心境が明確に示されていた。
「よし」
何はともあれ炎を纏った魔犬は動きを止めた。あとは中にいる友の姿が見えるほどの傷をつけ、アイリーンが手にしている鞭を投げかけ取り出せばそれで終わり、という風に彼らは思っていた。
けれどそんな彼らの想定を上回る速度で傷一つないにも関わらず魔犬は勢いよく巨大化し、数多の拘束を力技で瞬く間に砕いた。
「シュバルツ!」
間違いなく想定外の出来事である。
ただそれで彼らが動きを止めるようなことはなく、シュバルツへと振り降ろされた前足をアデットがどこからともなく打ち出したミサイルで弾いた。
「クソッ!」
「本当に厄介な性質ね。これじゃジリ貧よ」
そうして弾かれた腕には僅かながら傷がつき、その傷から火山の噴火の如き炎が湧き上がると同時に振り下ろされるはずだった腕は一際たくましく、強固に。
噴き出た血液代わりの黒炎は周囲を燃やし、それが瞬く間に広がったかと思えば熱は吸収され、さらに全身が大きくなっていく。
「クソ! これだから脳筋は!」
「待ってシュバルツ。貴方がそれを言うのはちょっと違うわ!」
その事実に四人もさすがに冷や汗をかく。
能力に重点を置いた相手の場合、そこには多種多様な戦術や戦略が生まれ、相手の得手不得手を図るという戦いになる。ついでに言えばシュバルツが持つ神器の効果で、こちら側は大抵は無視して力押しできるというボーナスさえある。
だが相手が神器の能力無効化の力を持ち、そのうえで単純明快な力押しに面倒なギミックを搭載している場合は話が違う。
さほど力の差がないのならば四人で連携してどうとでも対処できるのだが、そこにギミックが含まれ、しかもそれが無限再生+強化。それに周りの炎を自己強化に用いるという面倒極まりないものとなれば、慎重に行かざる得なくなる。
「Uoooooooo!!!」
「は、はぁ!?」
傷を負わせればその反動となる強化が厄介で、ただ待っているだけでも成長し追い詰められていく。
とすればむやみやたらに手出しできず、強烈な一撃に備えながら機を伺いカウンターを狙うしかなく、疲労を重ねた体にはつらい長期戦が待ち受ける。
などと彼らが想像したとき、憤怒の念を感じさせる咆哮とともに事態は進展する。
「確かにあいつは炎を使う。使うがな、お前みたいなクソ犬が真似るんじゃねぇよ!」
咆哮とともにいくつもの火柱が彼らを囲う。
真っ黒なそれは瞬く間に周囲の温度を上げるとその熱は吸収され、そのエネルギーは肉体に補充され巨大化。余った分は火柱の維持と強化に使われ、さらなる熱気が周囲に充満すると再び吸収、というループが完成。
しかも巨大化して地面を踏むだけで砕くほどの膂力を得た魔犬はその火柱の間を軽やかに、器用に飛び跳ね続け、
「うぐっ!?」
その姿をいの一番に見失ったエヴァの上半身を瞬く間に食いちぎった。
ここまでご閲覧いただきありがとう。
作者の宮田幸司です。
最初からにせよ途中からにせよ見てくださった皆様ならわかると思うのですが、基本的にこの物語はチートと呼ばれる能力よりも鍛えられた肉体の方がものを言う場合が多いです。
そこに特殊な性質が加わるとどうなるか、という感じのテーマが今回の戦いです。
さてその戦いも順調に進めば次回で終幕。最後までお見逃しなく!
それではまた次回、ぜひご覧ください




