ROAD TO FIVE 六頁目
「なんだこの切り傷。ただの物理的な斬撃に概念的な『斬る』って意味合いも込められてるぞ。これを治すなら普通の回復術だけじゃだめだな…………てかこれを考案するまでは誰だってするが、実際に実行するとか頭やばいだろ。めっちゃ難しいんだぞ。変態だ。変態の所業だ」
「考察を進めてくれるのは別にいいんだが、すぐに治らせれるのかい?」
「…………いつもみたいに触れるだけ、とはいかんな。それほど厄介な傷だこれは。数分もらうぞ」
「そうか。仕方がないことではあるが急いでくれ。あっちはもっとやばい」
「わかった………………ああそれとアイリーン。貴様にはこれを渡しておく」
「なにこれ?」
「人弾きの結界の術式を固めたものだ。範囲は半径十キロ圏内。あとは粒子さえ込めれば発動するんだが、あいにく私はこっちに専念しなけりゃならん。お前はそれを発動して、そのあと私の護衛に回れ」
「時間稼ぎやら護衛は苦手なんだけどね。仕方がないわ」
アデットの傷とアイリーンの掌に置かれた、罅や凹凸が一切存在しない球体。それを挟みながら彼らは会話をする。
今現在彼らがいるのは魔犬とシュバルツの二人が熾烈な争いをしている現場から幾分か離れた位置で、身の安全は確保されと言っても差し支えないのだが、彼らはいまだ緊迫した時間の中に身を置いていた。
その理由をエヴァは語りアイリーンは頷くが
「いやそれより気になるのはシュバルツの身だ」
アデットは最も重要な点はそこではないと論じる。
「あいつがか? そりゃないだろう。ダーリンが変貌したあの魔犬は強いさ。そりゃ見ただけでわかる。けれどなダーリンには明確に劣ってる。ならシュバルツには勝てない」
しかしそんな彼の意見をエヴァは否定する。普段どれだけ馬鹿にしようとも、彼女は心の底から信じていたのだ。
『シュバルツ・シャークスこそ、ガーディア・ガルフという傑物の後ろに控える存在』だと。
その考えはアイリーンも同意できるものでしきりに頷くが、
「……できるだけ早く頼む。ゆっくりしている理由はないはずだ」
「まぁそりゃあな」
残念ながらアデットは同意を示すことができなかった。だから急かせるような言葉を口にした。
「あっついな。お前さんの血はマグマかなんかか。たくっ、元々の害悪度を上回ってどうするってんだ!」
小さな襲撃者が『ウェルダ』と呼んでいた獣とシュバルツの最初の交錯の結果がたたき出される。
剣というよりは槍に近い射程を備えている大剣は獣の胴体を深々と切り裂き、想定していた中では最良の結果が出されたこと、それに初撃の取り合いを制することができたという事実が、彼の頬に笑みを浮かべるだけの結果につながる。
「あれは!」
その直後の事である。彼の双眸は目にした。この理性を感じさせない獣の内部。硬質化した炎の奥に自身の友の姿があることを。
「人の気も知らないでぐうぐうと。起きたら飯くらいおごってもらわなくちゃな」
ガーディア・ガルフが眠り姫のように穏やかな顔をしている姿は少々珍しいもので、けれどそんなことを考える暇なく、彼は別の事実に思い至る。
(あそこから引きずり出せばいいのか?)
それはこうして戦う中で考えなければならなかった当然の内容。すなわち変貌した友をどうやったらもとに戻すのかという問いで、正答であるかどうかまではわからなかったが、少なくとも彼はそのような考察を行った結果、先行き不安の状況から逸脱できた気になり息を吐く。ついで友の身に対し腕を伸ばす。
「ォォォォォォ!!」
「ッッッッ!」
その瞬間、少々気を緩めていたシュバルツの体に魔犬の左前脚が真横から撃ち込まれ上空に。
三人の襲撃者を瞬く間に屠ったその膂力は、如何にシュバルツが肉体を鍛え神器を盾のように構えたとしても、襲い掛かる衝撃全てを受けきることはできず、シュバルツの体が彼方へと吹き飛んでいき、数百メートル先にある繁華街のビルを三つ貫いたところで制止。崩れた天井が彼の頭に降りかかる中、
「ゥァ!!」
「容赦がないな!」
シュバルツが立ち上がるよりも早く、頭上を取っていた魔犬の右前足は彼の頭部を踏み、彼の肉体が十階建てのビルの屋上から地上一階へと貫かれる。
「ははっ! いいねぇ。そういう状況じゃないってことくらいわかってるんだが笑っちまっ」
自身の体が地面に埋まり、その影響で建物全体が揺れ、歪み、自身へと降り注ぐ。まるでそこにシュバルツ・シャークスという人間の墓標を作るかの如く。
ただ当の本人はと言えば降り注ぐもの全てを手にしている得物で跳ねのけ姿を現すのだが、反射的に零れた剛毅な言葉も、対峙する相手の姿を見てしまうと途端に口にしずらくなった。
血肉ではなく黒炎の鎧だけを砕いたため当たり前と言えば当たり前なのだが、先ほど自分が負わした傷がなくなっている。だけでなく魔犬は先ほどよりも幾分か膨れ上がっているのだ。
「この野郎。まさかまだ成長するつもりか? ゆくゆくはビルだって踏みつぶします、なんて言いそうな具合じゃねぇの」
それを見れば待ち受ける未来とて容易に浮かび、強敵との戦いに歓喜の色を示していたシュバルツも、住処の保護のことに頭を回すようになりそうは言ってられない状況になってくる。
「Uloooooooo!!」
おまけに圧倒的なスペックは据え置き、いや微量ながら増しており、先ほどは難なくいなせた一撃を、今度は真正面から馬鹿正直に防ぐしかなかった。
「ッッ!!」
そこでシュバルツは歯を食いしばる。自身が想定していた以上の衝撃が全身を迸ったために。
(こりゃ長いこと抑えられていられんぞ!)
一歩二歩、どころではなく数メートルほどシュバルツの足裏が地面をこすり、吹き上げた火花が明かりのともっていなかった屋内を照らす。
「Hoooooo!!」
「迂闊に傷つけられんのが面倒だなこりゃ!」
そうしてわずかに距離が離れたかと思えば、離れた分の距離を魔犬は縮める。そうして牙や爪が届く距離に到達すれば、息もつかせぬ猛攻が絶え間なく行われる。
それを受け流すだけならば、先の一撃で魔犬の今の強さを正確に把握したシュバルツならばできる。だが反撃ができない。いや『してはいけない』とわかってしまう。
その結果が魔犬をより強くする結果に繋がるとわかっているためだ。
(戻ってくるアデットやらアイリーン、それにエヴァに期待するしかないなこれは!)
ただ希望もある。
つい先ほど見えたガーディアの肉体に視線を送った時のことだ。それだけでこの巨躯はそれまで行っていなかった傷の修復を行い始めた。
それがどのような意味を示すのかも、シュバルツはすでに理解していた。
そこまで厳重に守る意味は何か?
その問いに対する答えは至極単純。『巨体にとらえられた友を取り出せばこの騒動は終わる』というものだ。となればそれを狙うのが最上の手段であると彼は先を見据え、自分では苦手な分野をこれからやってくる味方に任せる。
「…………………………」
「っ! ああそうかい。そりゃ当たり前だわな! 傷の修復で行う行為が、万全の状態でできない道理はないわな!」
がしかし、刻限は迫っている。喉元まで。
それを示すように魔犬は呼吸に合わせその体を肥大化させていき、纏う黒炎をより強大に、荒々しく。この町の支配者であるガーディアに合わせるように作られた極度の熱体制を持った、特別なコンクリートやガラスから構成された建物が、彼の目の前でドロドロに溶解。
いやそれだけではない。そこから発せられたあらゆる『熱』が、魔犬に吸収されその身をさらに大きくなる栄養となる。そしてそれがまた周囲にさらなる熱を生み出し建物が溶け、などというように無限にその力を増していく。
それが数秒ほど続きシュバルツが剣を構えた直後、
「Hou!」
「ッッッッッッ!!」
その肉体が、これまでなどとは比較にならないほど勢いよく膨れ上がった。
その理由が単純な膨張による結果などではない。
「は、やい! 油断した! あいつを相手にするつもりで挑むべきだったッ」
目にもとまらぬ愚直な接近であることに気が付いたのはその直後。彼の思考は一歩遅れた。
けれど思考するよりも早く彼の体は最適解をたたき出し、迫る爪の連撃を完璧に捌ききる。
エヴァやアイリーン、それにアデットもできない、部に全てを捧げ、友の打倒を狙う彼だけにしかできない絶技である。
「!!!」
「しまっ!?」
しかしその直後に起きた行為。
牙揃う巨大な咢が開かれた先から打ち出された熱光線への対応は所見ゆえに間に合わず、シュバルツは避けきることができず、真正面からそれを受けるに至った。
駆ける。駆ける。溜まっている疲労を押しのけ、体に残る痛みを無視し、アデット・フランクは駆け続ける。
口の中を満たす嫌な味に顔を歪めながら、けれど一刻も早く戦場にたどり着かなければと彼は駆ける。
「お、おい。やっぱり完全に回復した方が…………」
「ダメだ。ことは一刻を争う」
「それはわかったわ。けど襲えてアデット。貴方の頭はどんな結果をたたき出したの
「理論はない。直観だけだがな」
自身の横を飛ぶエヴァ・フォーネスに対し、普段の彼ならばしないであろう強い声色で語る。
そのような声を上げたのは今しがた口にした通り嫌な感覚を覚えたから。彼の本能が『今すぐにいかなければ取り返しのつかないことになる』などと囁いたゆえである。
「色々なものが溶けてるけど……あら熱くない。不思議ね」
「熱くて近づけない場合エヴァにどうにかしてもらうつもりだったが、これなら都合がいい。何もせずに近寄れるなら不意打ちのチャンスもあるな。行くぞ」
彼らは戦場の跡が色濃く残る場所にたどり着いたかと思えば現場の分析を手早くすまし即座に先へ。
それから数秒ほど走り続け、
「っ」
「そんなっ!」
最前線までたどり着いた彼らは目にしてしまうのだ。
あらゆるものが溶け、凝固し、平地とも荒地とも形容しきれない戦場のど真ん中で、腹部を巨大な爪の先端でしっかりと貫かれ、地面に縫い付けられているシュバルツ・シャークスの姿を。
ここまでご閲覧いただきありがとう
作者の宮田幸司です。
またも遅く待ってしまいました。申し訳ありません。
シュバルツVS魔犬ウェルダ。その顛末。そして仲間たちの合流。
現代・過去を通しても中々ないシュバルツの敗北シーン。そんな彼の前に一歩遅れてやってきたのは友アデット・フランク。
さてさて、ここで彼らが顔を合わせる意味とは
それではまた次回、ぜひご覧ください!




