砕かれるは二つの歯車
空を覆う星々のカーテンが千切れ、戦いの形成が傾いたことをその場にいた全員が感じ取った。
戦場に突如現れ小生意気な台詞を発する男は、しかしその言葉とは裏腹に重厚で先が見通せないほど強烈な気を身に纏い、対峙する三人の襲撃者のうちの一方が理解する。
目の前にいる存在こそ、自分たちが待ち望んだ存在だと。
息を呑むほどの圧倒的存在感。ただそこにいるだけで見返してしまうほどの美貌。全身から満ち溢れている計測不能な粒子の量。
その全てに彼らは釘付けになるのだが、彼らのうちの一方。小さな小さな襲撃者の脳は『否』と叫ぶ。
この男のなにが一番恐ろしいのか。その答えは別にあるのだと。
(ああ、僕はこの感覚を知っている)
その直後に彼は正確に理解する。
この場に現れた此度の目標。彼に感じる最も強い感情は『拒絶の念』であると。
『怖い』なんて負の感情からではない。もっと別の感情。許せないという『怒り』が彼の小さな体を迸り、全身に浸透する。
彼は考えてしまうのだ。
なぜ、自分達でないのか?
なぜ、彼だけがその領域に至ったのか?
憧れ、望み、手を伸ばした『究極の一』にして『至高の個』
そんな存在が存在しているのだということをまざまざと見せつけられ、プライドの高い彼は強い『抵抗』を覚えたのだ。
「ん」
「!」
そんな男の視線が自分に向けられる。
喜怒哀楽のどれ一つとして宿っていない視線。それがわずかな時間自分と背後にいる燕尾色のローブを着込んだ援軍に向けられたかと思えば、なんの感慨も抱いていない様子で視線を外される。
(お前にとってはこの僕でさえその程度かよ!)
目前にいる存在のすさまじさなど誰に言われるまでもなくわかっている。しかしこの小さな襲撃者にもそれなりどころではない意地があった。
それは自分が他者を下に敷く圧倒的強者であるという傲慢極まりない心であり、そんな自分に対するガーディア・ガルフの反応を見て、彼は掌を自身から視線を外したガーディア・ガルフに向け、まだ空中に残っている自身の領域の破片をまとめはじめ、
「最初にやるならお前だな」
「え?」
直後、状況が大きく変わる。
掌を向けた先にいるはずの男の姿が消え、自分の背後から声が聞こえるのだ。
そんな思わぬ出来事に即座に対応しきれなかった彼は、けれど一歩遅れて振り返り、そこで自分の背後に控えていた味方が、近くにあった瓦礫の山に音を沈んでいることを確認し、息を呑んた。
「こ、の…………」
音一つたてず、瞬きほどの間に行われたその行為を前にして、彼は素直に認めざる得なかった。正しくガーディア・ガルフとは、自分らとは『別の存在』なのだと。
「原始人がぁぁぁぁ!」
しかしだからといってこの少年が退くようなことはない。
たとえ万人に『勝算など無い』と言われようと、最期まで自身が行うべき責務を全うする。
集めかけていた自身の領域の欠片を集め、超圧縮し、一つの惑星の運営が可能なほどの粒子の塊が彼の周囲に五つ形成され、
「おいおいおいおい! 好き勝手言ってくれるじゃねぇの。これでも俺は、多種多様な文化を学ぶ超インテリだって自覚があるんだぜ?」
「――――!?!?!?」
その全てが彼が腕を一振りした際に生じた炎でかき消された。
奇しくもアデットやアイリーンにやった時と同じような、圧倒的な粒子量の暴力による被害を受け、口からはかすんだ呻き声が漏れ出し、
「ハッハァ!」
その直後、嘲笑を漏らしたガーディア・ガルフの肉体が宙を舞う。
その場で跳躍した彼の足先がまっすぐに上に昇っていくと小さな襲撃者の顎へと向け迷いなく進み、けれどそれにギリギリ反応したことで小さな襲撃者は二本の腕を顎を守るように交差させ、
「ぶぁっ!?」
けれど顎に訪れるはずの衝撃はなく、代わりに彼の頭頂部から地面へと、鋭い衝撃が一直線に迸った。
「こんだけ広い範囲をぶち壊したんだ。ちっとはやれることを期待したんだけどな。ツマンネ」
空中に浮かんでいだ体を即座に地面に戻し、しゃがみかけていた体を持ち上げ、大きく振り上げた右足の甲を小さな肉体の頭部に正確に振り下ろす。
ガーディア・ガルフが行ったのは説明してしまえば、誰でもわかるような簡単なことだ。
しかしそれらの事柄を実行する速度が桁外れなのだ。
自身を除く数多を置き去りにするほどの速度で行われたそれは、さして精彩でもない大雑把な攻撃を二つ順番に繰り出すだけで、万人の防御を引き付けるフェイントと、そのあとに訪れる本命打という関係を作り上げてしまうのだ。
「今日はよく人を埋める日だなぁ。こうやってウザい奴を自然に還元してるんだから、こりゃエコだな。あとは光合成でもできるようになってくれれば、生まれたエネルギーをうまい具合に使えるんだけどなぁ」
こうして一つの戦いが終わりを迎える。
彼の親友を苦しませた膨大な粒子を駆使する怪物と、すさまじい回復術技を備えた刺客は瞬く間に意識を失い、その場にはたった一人の勝者だけが立っていた。
「さてと」
「!」
「アンタはちっとはやれるのかい?」
となればガーディア・ガルフの視線が向く先は決まっている。これほど一方的で悲惨な戦いを目にしながらも逃げずに残った、『嵐の無双者』と呼ばれる筋骨隆々な男である。
「へぇ! あんたは中々!」
「バグの類だろテメェ!」
「? なんだそりゃ? 虫の事か?」
直後、再び彼の体が世界から消失する。
それから間を置くことなく聞こえてきたのは水と風を混ぜた螺旋と炎の渦が凄烈な衝突を繰り返す際に生じる轟音なのだが、どちらが有利なのかは、二つの天災のどちらが押しているかを見れば誰でもわかった。
「まぁなんにせよ中々楽しめたぜ。デートを邪魔されたストレスが半分くらい飛んだ。あんがとな」
その形勢がひっくり返るようなことはなく、戦いは順当に終わりを迎える。
分厚い嵐の壁と灼熱の渦をぶつけていた状況が男の爽やかな声から発せられる一言とともに終わりを迎え、次の瞬間には『嵐の無双者』の両腕が前後左右から啄まれたかのように肉を抉られ、
「っっっっ!!」
「へぇ! 楽しませてくれるじゃねーの!」
並みの物ならば意識を失うほどの激痛を、いかし彼は歯を食いしばることで耐え、なおもボロボロになった腕を突き出し、
「シュバルツに一歩劣るくらいか? 機会があったら留置所から飛び出せや。そんときゃ、俺がまた遊んでやるよ」
けれど渾身の一撃は周囲に飛び散る衝撃波を含め完璧にいなされ、すれ違いざまに右脇腹と両肩を深々と抉られ、そのうえで膝を蹴りで粉々に砕かれたことで、彼はそれ以上の抵抗が不可能となり大地に沈んだ。
「たくよぉ」
こうして周囲に飛び散っていた殺伐とした空気は霧散し、そのうえで彼は友のいる方角に振り返り、
「だらしねぇじゃねぇのシュバルツ。お前がいてここまでやられるか普通。それじゃあ俺にはまだまだ遠いぞお前!」
「無茶言うなし。いやまぁ、その通りなんだけどね!」
いつもの空気。いつもの時間。いつもの会話が彼らの周囲を舞う。
それを自覚しているからこそ周囲の悲惨な状況を一度意識の外に放り投げ、シュバルツは様々な思いを抱きながらもいつも通りの対応を行い、しかしアイリーンはそこまで切り替えることができず、らしくもなく腰を抜かし大きな息を吐いた。
「ってうぉ! 大丈夫かアデット!? めっちゃすごい怪我だな!? おいこら木偶の棒。せめて親友を守る肉盾の役目くらいしっかり果たせよ!」
「クソッ! どいつもこいつも俺に厳しい!」
そのタイミングで意識を失った三者の捕獲を終えたエヴァも加わり、血だらけ死にかけ状態のアデットも含め、彼らは笑った。
「どいつだ」
「え?」
「どいつがお前をそこまで痛めつけた」
ただ一人、ガーディア・ガルフを除いて。
「ガー、ディア?」
異変に気が付いたのは同時であるが、言葉として発したのはエヴァであり、その声色は普段は絶対に聞かない『怯え』が混じったものであり、
「許さ、ねぇ。許さねぇぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
咆哮が木霊する。
ここにいる彼の親友四人の誰もが聞いたことのない、純粋な憤怒の感情の塊が彼の口から発せられる。
「お、おい! 何がどうなってる!?」
「わからん。いやこれは、一体っ?」
そして事態は急転する。
彼らの見ている前でガーディア・ガルフの鼻先から広がっていた黒い塊が勢いよく広がっていく。
それは瞬く間に全身を包み込んだかと思えば黒い炎に霧と煙が彼にまとわりつき、
「ガ、ガーディア。お前………………!」
それら全てが晴れた時、そこには『獣』がいた。
真っ黒な炎を全身に流し、鋭利な牙を生え揃わせ、八つの目を備えたシュバルツを一回り大きくした巨大な狗。それが彼らの前に現れたものの正体である。
こうして悲劇の幕は上がってしまった。
927話 砕かれるは二つの歯車 訪れるは一つの厄災
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
襲撃者との戦闘はこれにて終了。そして約束された悲劇が始まります。
辛い話になりますが、最期までお付き合いいただければと思います
それではまた次回、ぜひご覧ください




