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凶々禍々 四頁目


 勝利を手繰り寄せるため、互いの相手は入れ替わった。

 アデットとアイリーンの二人は先ほどまで対峙していた相手をシュバルツに押し付け、その代償に彼がそれまで対峙していた存在と相対する。


「さーて、と。クソガキ共が何分持つかねぇ」

「……そんなことを言って、さっきも我々に敗北したじゃないか。『嵐の無双者』は口だけか?」

「…………口達者な小僧だ。決めたぞ。まずはテメェを殺す。肉も骨も神経も、ぐちゃぐちゃにかき混ぜてやるよ!」


 そう、代償だ。

 すでに攻勢を仕掛けている『嵐の無双者』の口から紡がれる言葉の数々は、彼自身の性格や戦術を示すように荒々しい。

 全身に風と水からなる暴威を纏い、その状態で拳を打ち込む。言葉にすればそれだけだ。

 けれどたったそれだけの事が厄介なのだ。

 アイリーンが打ち出す光を使った攻撃の数々。アデットが打ち出す銃弾や刀などの鋼鉄の武器。加えて言えば二人が使える能力まで。全てが『無意味である』と示すように彼を包む螺旋に叩き落される。


「勝負だ小さいの。正々堂々一対一だ!」

「小さい、は余計だ原始人。その傲慢、命で支払え」


 その一方で、粒子の無効化の効果が届かない数百メートル離れた距離にいるもう一人の襲撃者とシュバルツの間で繰り広げられる会話はそのようなもので、それを聞きアデットは短く息を吐く。


「おらぁ!!」

「無理に攻めるなよアイリーン。反撃で死ぬぞ!」

「わかってるわ! けど多少手出ししなくちゃこいつあっちに!」

「ほぉ、よくわかってんじゃねぇかメスガキ。お前ら何ぞ、いつだって捨て置けるんだぜ俺は」


 その意味がどのようなものかを誰かが察するよりも早く地面を粉々に砕く拳が叩き込まれ、回避した二人からは光属性を固めたナイフや鎖が撃ち出され、男の煽りを聞きアデットは舌打ちした。言葉の節々から確かな余裕を感じたからだ。


「ぐっ!?」

「お前さんの動き、さっきまでと比べてだいぶトロいな。さてはあのクソガキにつけられた傷が中途半端に残ってんな? そんな状態で俺様を止める?」

「アデット!」

「できるわけがねぇだろボケが!!」


 その余裕が、彼自身の不調が、他にもいくつかの要因が、彼らを取り巻く状況を徐々にではあるが最悪の方向へと進めていく。

 優れた身体能力に、凄まじい威力の攻撃。


「くそっ。躱しきれない」


 直撃に関しては紙一重で躱しているが、それでも攻撃の余波までは躱しきれない。

 鋼属性で硬化し、その上で『破壊されない』ことに関する概念防御までした服や肌を、自身のそばを通り過ぎた螺旋の余波がハサミで紙を切るように容易く切り裂き、真っ白な戦装束は瞬く間に原型を失い、赤く染まった。


(五分、いや三分か! それ以上は持たないぞシュバルツ!)


 胸中で抱いた予測を口には出さない。出せば目の前の相手は利用してくることが分かっているからだ。


「あっはっはっはっは! 急がなくちゃねぇ! あの二人ぃ、あのゾンビマンに殺されちゃうよぉ!」

「貴様!!」

「ほらほら。僕を捕まえてみなよぉ! もっとうまいこと空を飛んで、僕を追いかけてみなよぉ!」


 ただ事実として、このもう一人の襲撃者も二人の青年に残された時間はともかくとして、訪れる結末ははっきりと理解していた。

 だから彼は無理に戦わない。

 頭が血が昇っていたゆえに正常な判断力を失っていたこのもう一人の襲撃者は、しかし数分にもわたり一方的に攻められているのを見て計画を変えた。端的に言えば、シュバルツを仕留めるのを諦めた。

 

「むん!」

「ホンット、馬鹿力だな。君みたいなやつが数人で固まってて、そのうちの一人が待ち望んでいた特異点なんて嘘みたいな話だ。信じられない! 事実は小説よりも希なりって話だ! できの悪い三文小説にも劣る!」


 無論これは一対一を前提とした話である。

 こうして時間を稼ぎあちら側の戦いが終わり、商社となった『嵐の無双者』と協力し目前にいる怪物を仕留めようと思っていたのだ。


「でもでも、君は間違いなく『怪物』だけど『万能』ってわけじゃないよねぇ。そう思うとさぁやっぱり君はあっちの赤髪の彼に、親友とかほざいてる生命の至宝! すなわち特異点! 彼らと比べれば大きく劣るよね。ハハ劣化品だ!!」


 そう決めた上で小さな襲撃者は頭上を奪いながら煽る。

 かわいらしく無邪気な、まだ年端もいかぬ声で邪気に染まった言葉を吐き出す。

 これはもちろんシュバルツの頭に血を昇らせ正常な判断力を奪い取るために行っている行為であるが、それ以上に彼自身の嗜虐心を満たすためであった。


「あれは…………」


 その甲斐あってシュバルツの攻撃の制度は徐々にだが落ちており、それを見た少年は包帯の内側で嗤う。「忌まわしい言葉を垂らす僕の喉仏を潰したいのか」などと思いながら。

 そしてそんな彼の視界に哀れな羊が浮かびこんだ。


「おねーさん。ちょっとごめんね」


 自身が張った結界の境界付近に逃げ遅れた市民がいたのだ。

 見た目からして中学生くらいの少女は突如自身の側に降りてきた彼に対し声にならない悲鳴を上げかけたが、この襲撃者はそんな彼女の口に砂埃の自身の指を突っ込み、何も言えなくして膝から崩れた地面に無理やり座らせたうえで首を真上へと持ち上げた。


「さて二者択一の時間だよ木偶の棒」

「っ」

「このまま僕を殺すために戦うか。それともこの子を救うためにそのクソうざったい神器を仕舞うか。好きな方を選ぶといい。どっちにせよ君が迎える結末に変わりなんてないんだからさ」

「腐ってるな。お前」


 挑発しているとき以上に甘ったるく小馬鹿にしているその声にさしものシュバルツも怒気を滾らせる。

 それを見た少年は顔が隠れているにも関わらず、誰の目で見てもわかるくらい明確に嬉々とした空気を発し、


「久しぶりに見たよ。お前みたいな性格が悪い奴は。だからだろうな。そのザマは結構スカッとするよ」


 直後、その小さな胴体を何本もの槍が貫いてた。


「え?」


 零れ出す血液の塊。包帯の内側で大きく見開かれた瞳。

 そんな彼がゆっくりと瞳を向けた先には、荒れ狂う暴威を両足という機動力の要を失いながらも必死に止めているアイリーンの姿。

 そしてその横には、両足どころか両手に片目まで潰されながらも、虚空に作りあげた細長い槍を自身へと向け正確に打ち出したアデットの姿があった。


「な、なん……で?」

「シュバルツの奴は正々堂々なんて言ったが、私たちまでそれに付き合う理由はない。いやそもそも我々にとって最優先なのは、君たちの対処。そして自分たちが納める町の守護だ。襲撃者風情が、卑怯とは言うまいな」

「っ」


 アデットの言っていた事柄。どう見積もっても少年としか思えない容姿をした包帯で顔を覆った彼が『戦士ではない』と断じた理由がここにある。


 彼は確かに強力な力を持っていた。それこそガーディア・ガルフを除けば、最強に近い力を秘めている。けれどそれだけだったのだ。

 本当に戦場に身を置くものなら絶対にしないであろう油断や慢心はもちろんの事、視野狭窄も目立つ。挙句の果てには卑怯な手を使っているにもかかわらず、『相手はそんなことをしてこない』なんて思い込みをしている。


 この戦場にいる誰の目から見ても、赤点は免れない判断の数々だ。


「――――――」


 小さな体から力が抜け、彼らを包む無色の結界が音もなく消え去る。

 目ではとらえられないそれは、けれど掻き消えた瞬間に彼らの心になんとも言えない心地よさを与え、思わず彼らは柔らかな息を吐いた。


「さてあとは!」

「くっ!」


 そこから先は一瞬の出来事だ。

 この状況を待ち望み力を温存していたシュバルツが、その姿をもう一人の襲撃者の側にまで一瞬で移動し、手にしている神器をバットのフルスイングのように振りぬいた。


「常日頃から思うことだが油断しすぎだ。だから無様な結果を晒す」

「なに?」

「嘘! 三人目!?」


 残像さえ残さず打ち出された一撃をかわすことも守ることもできず『嵐の無双者』は吹き飛ぶが、その追撃に満身創痍の二人が攻撃の手を向けた瞬間、背後から声が聞こえる。

 そこには燕尾色のローブで顔まで完全に覆った新たな存在がいて、今しがた意識を失った小さな体にそっと触れる。

 

「クソックソックソッ! この僕が! この僕がぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 それだけで腹に空いていた傷は塞がり体には活気が満ち、発せられた声の力強さに放つ空気から、出現した当時と同じ万全の状態にまで戻っていることが分かった。


「死に晒せぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 次いで彼の激情に合わせ世界が歪む。

 数多の星が浮かんだ、彼らが何度か遠征のため惑星『ウルアーデ』の外に出て見た宇宙空間。その姿に変わる。

 幸いなことに無重力になる、空気がなくなる、他いくつかの厄介な事例が顔を出すことはなかったが、この世界が形成されたと同時に少年の周りには数多の光が集い始め、それに合わせるように星々が揺れる。


 それがどのような意味を持つか、アデットやアイリーンが言葉にせずとも理解したところで――――その空間が瞬く間に解けた。


「は?」


 いや、四方八方から撃ち込まれた真っ白な杭により粉々に砕かれたといった方がいいだろう。

 その事態に直面し、あっけに取られ口を半開きにした少年が目にしたもの。いやその場にいる全員が視線を注いだ戦場に現れた新たな乱入者。それは、


「おいおいおいおい。どうやって隠したかは知らねぇがよ」


 真横に金髪赤眼の少女を携えた一人の青年。


「俺のシマでずいぶん好き勝手やってくれたみてぇだなこの野郎!!」


 すなわち怒れるガーディア・ガルフの姿であった。




 












ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


リセットボタンことガーディア・ガルフ登場。ということでこれにて襲撃者たちとの戦いは終了となります。

こっからもう一戦あるんじゃないの?

と思われるかもしれませんが、まぁガーディア殿出てきた時点で終わりだよね、という話です。


ではこれからどうなるのか?

衝撃の展開とはどのようなものか?


その答えは全て次回で


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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