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凶々禍々 三頁目


 自身の意思に反し引かれた先で、現代と同じく真っ白な戦装束に身を包んだアイリーンは背中から肩にかけてをしっかりと掴まれる。

 あまり衝撃がかからないよう注意が払われた上で行われたその行為は、シュバルツやガーディア・ガルフのような性格のものでは困難なもので、彼女は振り返るよりも早く、誰の手によって行われたのかを察した。


「傷は大丈夫なの?」


 シュバルツの発した名により、これをしたのが誰であるのかは分かった。ただ応じた際に聞こえた声に含まれるものを前にして彼女はそう尋ねる。


「心配をかけてすまなかった。この通り、もう大丈夫だ」


 『半分本当で半分嘘』。自分を丁重に焦げた地面に下ろした彼が両手を広げながら発した言葉を聞き、アイリーンはそう判断した。

 確かに傷は消えている。それは間違いない。

 しかし目には見えない内臓はそうではないことは一目でわかるため全快には程遠い。加えて言えば負傷した際に蓄積した疲労も消えていない。


「……アタシが至った考察は正しいって言うのは?」


 アデット・フランクという青年は『万能』と言うにふさわしい。彼にできないことなど数えた方が早いくらいだ。

 ただそれは『あらゆる事柄に精通している』ということを示しているが、あらゆる面において『極めた』ということを示しているわけではない。

 回復系の術技に関してもこれは当てはまり、潤沢な時間さえあれば彼は万全の状態に至れるが、ほんのわずかな時間では今のような半端な状態が限界なのだ。


 とそこまで余分なことに頭を回していたアイリーンであるが、そんなことを考えている暇はないと思い、今最も重要な話題を投げかける。


「彼は…………『戦士』ではない」

「ああ。やっぱりそうなのね」

「なんだ。どうしたんだ?」

「ちょうどいいところに来てくれた」


 返答は短い。しかしそれに反し必要な事実を全て語っていた。

 だからこそ彼女は迷うことなくその言葉に同意を示し、直後に大きく後退したシュバルツをアデットは躊躇なく鎖で巻き付け、何か言われるよりも早く目の前の戦闘狂らしき襲撃者ではなく、空に浮かぶ傲慢な襲撃者へと向け投げ飛ばした。


「アデット!?」

「交代だ。しかしお前の思っている通りだ。速攻でそっちを片付けろ!」

「…………………情報感謝する!」


 困惑の声に対し必要なことをしっかり伝える。するとシュバルツは放り投げられた状態ながらも瞬く間に覚悟を決め、鎖が解かれ姿勢を正すと、すぐそばにまで迫っていた小さな小さな刺客に対し、巨大な刃の神器を振りぬいた。


「シュバルツ・シャークス!」

「念話で伝えられたよ! お前さん相手には粒子を使えないんだって? だがなぁ、そんなこと俺には関係ない!」


 属性粒子が使えないのであれば身体能力と技能を基盤に置いた者が相手をすればよい。実に単純で誰だって思いつく答えである。

 ただその効果は間違いなく存在し、空に浮かんだ小さな小さな刺客の口からは「脳筋がッ」などと言う悪態が吐き出されていた。


「こ、のぉ!」

「どうやらお前さんはこっちに関する情報をほとんど持ってないな? 俺が神器使いなことくらい、知っておくべきだぞ」


 腕を伸ばし、念じる。

 そうして発動した力は、けれどシュバルツに触れた瞬間にガラスが粉々に砕けるような甲高い音を発しながら無効化された。神器が持つ能力の無効化に引っかかったのだ。


「おぉぉぉぉ!!」

「素の力で隕石を壊すな! 粒子の雨を身体能力だけで防ぎきるな! クソ! だから脳筋の原始人は嫌いなんだ! 文化や知能を感じられない!!」


 こちらの戦いの状況は大きく改善したといっていいだろう。

 その証拠にシュバルツはアイリーンが追い込まれていた相手を、シュバルツは一方的に押していた。


 それは良いことである。間違いがない。


「おいおいいいのかよ。お前ら二人じゃ俺は止めきれねぇと思うんだけどなぁ」


 がしかし問題はある。それを自覚していたからこそ、先ほどまでの対戦カードはあのような形になっていたのだ。


「侮らないでほしいわ。色々できるけどね、時間稼ぎに関しては得意中の得意なのよ」

「そこに私も加われば、あなたを止めることくらい訳ないさ」

「こけおどしだな。んなことするよりはテメェらの大将を呼んだ方がいいんじゃねぇのか」

「最高クラスの人避けの結界を張っておきながらよくもまあ、そこまで都合のいいことを言える」

「あれを張ったのは俺様じゃねぇ。あそこにいるチビ助だ」


 問題の内容は簡単だ。たとえアデットの援護があったとしても、アイリーンではこの目前の存在を食い止められないということだ。


「それに、彼は今、心を豊かにしている最中だ。それを邪魔するのは忍びない」

「んだそりゃ。死ぬ理由がそんなもんでいいのかよ!」


 シュバルツが単体で対応しアデットと組むことでほぼ完ぺきに抑え込んでいたが、目の前の存在は超一級の実力者だ。

 この記憶を見ている蒼野達が過ごす現代にいたとするならば間違いなく『超人』クラス。その上位に名を馳せるだろう。

 そんなこの男を封じ込められていたのはシュバルツ・シャークスという男が若い身でありながらガーディア・ガルフに続く実力を備えていたゆえで、彼の介入がないとなればその暴を止める術があるのは、この場にいない彼らの友だけと言っていいだろう。これはアイリーンとアデットの二人がかりでも変わらない。


「まぁいい。俺様のやることは変わらねぇ」


 ゆえにこれは時間制限のある戦い。

 今目の前で体を屈ませ、いつでも突撃できるよう備えた襲撃者を前に二人はしっかりと理解する。


「時間を稼ぐぞアイリーン。たとえシュバルツでも、この二人の挟み撃ちは一人では対処できない」

「こいつらが反発する可能性は?」

「間違いなくある。ただし我々『三人を殺した後』という大前提のもとにな」

「…………こんなことなら、もっと時間稼ぎの術を覚えておくべきだったわ。ああは言ったけどあたしその手のことは得意分野じゃないのよ!」


 シュバルツ・シャークスが全てを二人目の襲撃者を沈め、三人が合流し『嵐の無双者』と呼ばれる強豪まで撃破するか。

 『嵐の無双者』が立ち塞がるアイリーンとアデットを崩し、後に控えるシュバルツまで手を届かせるのが先か。

 はたまた、結界に包まれたこの事態に、どのような手段を使うにせよ粒子術の粋を極めた『吸血鬼の姫君』や、若き身ながらも誰も届かぬ果ての果てに手を届かせている『生物の最先端』が気が付くか。


 いずれにせよ、この場において収束する先にある道はただ一つ。


 ある者は地を蹴り距離を詰め、ある者はその対処のため力を振るう。

 ある者は空を走り刃を振りぬき、ある者は数多の術技で勝機を作るために躍起になる。


 戦いが佳境に突入し、望む道を駆け抜けるために彼らは動き出す。




ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


二人の襲撃者との戦いもクライマックスに突入。過去編の中でも明確に長い章も終盤です。予定では戦い事態は次回か次々回で終わらせられればと思っています。

そのあとの展開については今はちょっと秘密で。


とにもかくにも最初から最後まで伏線やら衝撃が含まれる物語を楽しんでいただければ幸いです。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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