凶々禍々 一頁目
シュバルツ・シャークスをガーディア・ガルフの『右腕』と形容するならばアデット・フランクはガーディア・ガルフのもう一本の腕。すなわち左腕と形容してよい人物であった。
彼の広い視点や冷静沈着な性格、優れた戦術眼に『千本の腕を備えている』と呼ばれるほどの武器取り扱いの腕前は、称えられるほどの資質を備えていた。
言ってしまえば、実力に関しても他者を置き去りにする十分なものを備えていたのだ。
シュバルツ・シャークスという青年が力に偏った『力』や『剛』の一文字を背負った戦士だとするならば、数多の手段、数多の技術を使いこなす彼は『技』や『柔』の文字を背負うにふさわしい逸材だ。
「っっっっ」
そのように極めて優れた力を備えていた彼らであるが、けれども他者がこの二人を評価する場合…………いや本人たちも自覚していたことだが、こと戦闘面に限って言えばシュバルツのほうが一歩上手だ。
『剛』と『柔』。『力』と『技』はもちろんのこと、シュバルツが鍛え上げた戦術眼に対抗できる広い視野も備えている。他にもシュバルツが持ちえない様々な長所を彼は持っていた。
それでも二人を比較するうえで、決して埋めることのできないほどの差が一つだけあった。
「ぐ…………おぉ…………」
「アデット!!」
それは肉体の『強度』だ。
シュバルツは友であるガーディア・ガルフを超えるため、彼の攻撃を受けても耐えきれるよう文字通り『鋼鉄』などと比較にならぬほど強靭な肉体を備えているが、アデットはその地点にまでは至っていない。
それこそ肉体を『鋼鉄』にする術は持っているが、それ以上にすることはできないのだ。
加えて言えば反射神経も秀でてはいるが人外の息に達するほどのものではなく、ありていに言えば不意打ちに対処しきれない点が散見していた。
その結果が今の彼である。
頭部から血を流し続け、懐が深々と抉られて内臓が外気に触れている。突然の攻撃が直撃した右腕は折れ、肘からは骨が飛び出ており、瞼は天幕が下ろされたかのようにしっかりと閉じ、それに反し体は痙攣を繰り返している。一目でわかる瀕死の重傷だ。
「貴様は!」
けれどシュバルツはそちらに意識を傾けない。もっと重要な事柄、すなわち新たに出現した襲撃者に目を向ける。
「何者だ!」
燃え盛る炎のような怒気を孕んだ咆哮が轟き、それを間近で受けた地面におびただしい量のひびが入り、瓦礫の山が騒ぎ出す。
その声の先、いまだ立ち上る煙を背景に己が姿をがれきの山の上で誇示していたのは一人の刺客であったのだが、その姿を見たシュバルツの胸に去来したのは一抹程度ではあったが『困惑』であった。
なにせその正体が『嵐の無双者』に続きまたも掴めないのだ。
全身を真っ白なロングコートですっぽりと覆い、顔面は頭髪の色さえわからぬくらい徹底的に白い帯で縛っている。
ついでに言えば身長は一メートルと半分に届くかどうかというほどのもので、シュバルツやもう一人の襲撃者と比べ頭三つ分以上小さなその姿に、彼は言葉を失った。
「テメェは……」
困惑はシュバルツに限ったものではない。いや正しくは彼以上に強い衝撃を受けている者がいた。
彼らの住む町に突如現れたかと思えば交渉の余地なく暴れ出した『嵐の無双者』と呼ばれる正体不明の男である。
対極に位置するほどの身長差に『黒』と『白』というこれまた真逆の色に身を包んだ新たな乱入者を前に、彼は告げる言葉が見つからない様子で言葉を詰まらせる。
「「……………………」」
ほんの一瞬ではあるが無言の均衡がいまだ戦場に立つ三者の間に訪れ、
「…………」
それを砕いたのは新たなる乱入者だ。
右手を上げ照準を目標、すなわち瓦礫に沈んだまま動かなくなったアデットに注ぐ。
「っ!」
それを見た瞬間、シュバルツが血相を変えて己が肉体を躍動させ――――背後から仕掛けてきていた『嵐の無双者』の一撃を手にした巨大な神器で叩き落す。
「へぇ。自分の身を守るのか?」
「ここで私が崩れれば全てが終わる。町の方は俺の親友が何とかするにしても、アデットを助ける道が完全に塞がってしまう。それだけは避けねばならない!」
「なんだえらく冷静じゃねーの。けどいいのかよ。言ってることは正論だがお友達を助けるだけの時間はもうねぇぞ?」
「いやそこは心配していない。むしろ時間ならば無限にある」
「あ?」
最初は言葉の意味が分からず困惑の声を漏らす襲撃者は、けれどその意味を即座に理解することになった。
「なに?」
掌に粒子を圧縮していた新たなる乱入者の声が漏れる。
それは身長相応かそれ以上に幼い声であったのだが、彼は己の掌の前に作り上げたいくつかの光球を打ち出すより早く、その全身に光の雨が降り注いだのだ。
「退きなさい!」
「うぐぅ……!?」
それは腕の一振りとともに生じた雷の壁により全てかき消された。けれどそのタイミングから一歩遅れて本命、すなわち光の雨を瞬く間に打ち込んだアイリーン・プリンセスその人が現れ、小さな体をアデットが埋まっている方角とは真逆へと蹴り飛ばした。
「一般人の避難は負傷者含めて全員済ませたわ。あとはこの場を収めるだけなんだけど…………あたしが吹き飛ばした小さいのは誰!?」
「ナイスタイミングとバットニュースだ。正体に関しては私にもわからん。ただありゃまずいぞ。特大の厄ネタだ」
「ええ。信じられないけどガーディアクラスかしら」
そう彼らが推測する相手は瓦礫の山に沈んだ小さな襲撃者であるが、もちろん総合的に見ればそこまでの脅威だとは思っていない。その場合、今の一撃が当たるわけがないからだ。
しかしある一面、『粒子の圧縮と扱い』に関してだけは友であるガーディア・ガルフと似通ったものを備えているというのが二人の評であった。
ほんの一瞬ではあるが見せたいくつかの色の拳大の光球は、属性は違えど一国どころか惑星を運営できるだけのエネルギーを兼ね備えたものであった。
そんなものを受けて原型を残していたのだ。むしろ彼らはアデットを称賛した。
「まことに申し訳ないのだがいつも通り時間を稼いでもらいたい」
「具体的には? アデットが万全の状態に戻るまで? それともあんたが『嵐の無双者』を退けるまで?」
「そのどちらか、としか言えんな」
心苦しい様子で言い切るシュバルツであるがアイリーンは責めなかった。それほどまで相手は強大で、状況は切迫しているのだ。
「……今度アフタヌーンティーを奢りなさい。三タイプある奴の中で一番高い奴よ。オプションも全部つけるからね」
「助かる」
だから彼女はこれから挑む強大な壁に比べればあまりにもささやかな願いを一方的に告げ、シュバルツは弱弱しく、けれどいつも通りに笑う。
「ま、もう一つの可能性が成就するのが一番楽なんだけどな!」
「そうね。期待しすぎず待ちましょ」
斯くして二人は真逆の方角へと土を蹴る。
シュバルツはすでに迫ってきている『嵐の無双者』へと一直線に向かい、アイリーンは瓦礫の山から浮かび上がったかと思えば、中空にそのまま佇んでいるもう一人の襲撃者へと向き直る。
(早い! それに鋭い! 数も多い!)
その瞬間、灼熱の雨が彼女に襲い掛かる。
点ではなく面を制圧するその攻撃を彼女は冷や汗を垂らしながらも躱し、相手がアデットに再び視線を向けたのを目にして、その意識を阻害するために粒子を練る。
「え?」
が、ここで彼女は戸惑いの声を上げる。
体から出るはずの粒子が、なぜか思うように出なかったからだ。その事実は彼女の動きを僅かに鈍らせ、
「隙だらけ」
その展開を予期していた襲撃者の口から邪気にまみれた幼い声が発せられ、
「!」
直後、彼女の視界は宇宙から飛来する隕石の大群で埋まった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
まだまだ続くよ過去編in修羅場。
さてそんな修羅場に現れたのは全編通してみても反則クラスの力を持つ存在。全ての粒子無効化です。まぁもちろん絡繰はあるのでそれは次回で
なお今回のタイトルの四字熟語は現実には存在しません。お恥ずかしい話ですが、作者が勝手に考えたものです。
『こんなもんねぇよ』なんて思われる方もいらっしゃるかと思いますが、お許しいてくだされば幸いです。
『不幸なことが続けざまに襲い掛かる』という意味合いを込めて作りました(うまい四字熟語が見つからなかっただけとも言う)
まぁタイトル通り、大変な大騒ぎは続きます
それではまた次回、ぜひご覧ください




