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アデットという青年 三頁目


「思うに」


 侵入者の前に反り立つ壁が、しゃべる。

 自分たちの安息の地を汚さんとした敵対者を退けるため、立ち塞がる二つの壁の一方が声を上げる。

 

「俺とお前の二人がかりで挑むほどの相手か? いや強いのはわかってるんだぞ。もちろんな。ただアイリーンやエヴァでなく、お前と二人で組むとなると、ちょっとばかしオーバーキルが過ぎる気が」


 口から零れ出るのは呆れというよりは困惑の色を帯びた声であり、その意味が示す事柄を知らぬゆえに襲撃者は己が侮られていると考え頭に血が上る。

 するとそこから先は一瞬のことだ。


「というか正直な、私一人でも十分対処がだな」

「っなめんじゃねぇぞクソガキがぁ!」


 三下のゴロツキが口にするようなセリフとそれに反した無駄がなく流暢。なおかつ素早い動きで男は立ち上がり、と同時に腕に纏っていた二つの嵐が消え、今度はその全身を覆い隠す。


「お、おぉ………」

「腕に纏っていたのを全身に纏うことくらいでそこまで驚くことはないだろう。とはいえ、脅威の度合いに関しては正確に把握しておけよ。おそらくあれはガーディア相手に隠してた切り札だ。勝手な予想をさせてもらうなら、他にもいくつかあるだろうよ」

「………いや待て待て。こっちだってまだまだ使ってない術技はいくらでも!」

「それを考えたうえでの五分五分だ。エヴァやアイリーンでもなんとかなると思うが、ワンチャンスさえ与えたくない。だから私が君と組む。それが分かったのならウジウジ言ってないで行くぞ」


 聞き分けのない子供を叱咤するように言葉を飛ばし、その返答は髪の毛の掻き毟り具合で示される。

 直後、敵対者が行う強い踏み込みに合わせ、シュバルツが打ち出す斬撃の如く周囲の空間が歪んでいく。

 それは多種多様な実力者が揃うこの星の中でも、彼らの前にいる戦士が極めて強力な者である証であった。

 しかしそれを前にしても彼らの様子は変わらない。

 相方が出張ると言い出した時点でシュバルツは呑気な声を上げ始め、アデットの声には熱が宿らない。どこまでも冷静に、状況の把握に努める。


「うらぁ!!」


 その二人の態度を崩さんと、男はそのまま前に飛び出る。

 『エアロブレイブ』と後に呼ばれるその技をまとった彼は、まさしく生きた災害だ。纏う風と水の勢いも増している今、シュバルツでさえ軽々と手出しするのは躊躇するほどだ。

 その状態の突進が二度三度と繰り返され、肩を並べていた二人が左右に分かれる。


「まずはテメェからだぁぁぁぁ!」


 これを好機ととらえた男が追撃を行ったのは足元を隠すような真っ白な白衣を着こんだアデットではなく、現代では絶対着ない、いや現役時代でも全く似合っていない学生服に身を包んだシュバルツだ。

 先ほどの言葉に内臓全てを燃やす勢いの怒りを抱いていたこの男は、声を裏返し駆ける勢いを瞬く間に上げながら、体を背後に流しているシュバルツへと迫る。


「っ、なるほど。いい威力だ!」


 ただシュバルツが迎撃の姿勢に移るまでに時間は必要ない。

 一呼吸や瞬きよりもはるかに速い。おおよそただの人間では知覚できない速度で体を前に傾け大きく踏み込み、手にしている神器で迎撃。


「こりゃ迂闊に触れられんな!」


 完璧な対応により彼は敵対者を真上へと打ち上げたがそれでも代償は存在した。

 その証拠に着ている制服のシャツはビリビリに破れ、両手の指先から手首に至るまでに無数の傷が刻まれていた。


「『迂闊に』は余計だ! 空間を歪ませるほどの衝撃を纏う今の俺は無敵だ! この勢いはお前らなんぞじゃ止められねぇ!」


 纏う嵐を僅かに緩め声を張り上げるその姿に一切の迷いなし。彼がその言葉に絶対の自信を秘めていることは、二人ともすぐに把握できた。


「あ?」


 けれどその絶対の自信は即座にかき消されることになる。彼がまとっていた嵐が、その勢いを急速に緩めていくのだ。


「な、んだ?」

「どれほど強い戦士も、どれほど強い攻撃も、それは全力を発揮できればという前提があったうえでの話だ」

「っ!」


 原因はすぐにわかった。重いのだ。彼の纏う嵐を構成する水が、とてつもないほどの重量を秘めているのだ。


「放出し圧縮した水を、それ単体でも鋼鉄を切り裂ける鋭さの風で高速回転させる。それによりウォーターカッターの数百倍の切れ味を誇る刃とする…………その武器を何度も繰り返し生成し、数多の敵対者や障害を切り裂き『あらゆるものを切り裂く』という概念武装まで行った。

 『気体の刃』と『液体の刃』。それに『概念の刃』を重ね合わせた紛れもない極技。前二つだけでもすさまじいが、三つ目はもはやバグの領域だ。称賛するよ」


 それほどの重さが付与された理由はすぐにわかった。彼が先ほどまで回していた水の中に、砂よりもはるかに小さな、それこそ細菌サイズの銀色の塊が無数に紛れ込んでいる。

 その正体が何であるかは、掴み上げた際の重量ですぐにわかった。砂状よりもさらに小さく圧縮された『鋼属性粒子』である。


「クソ!」


 凄まじい威力を誇る代償として彼の扱う螺旋の嵐は繊細だ。

 わずかな障害物にあたるだけで纏う嵐の勢いは変わるし、先ほどのようにシュバルツが持つ神器とぶつかったとなれば大なり小なり嵐を構成する物質が失われ、即座に失われた分を補わなければ暴走し、霧散する。


 だからアデットはその瞬間を好機と見た。

 シュバルツの持つ神器に自身が超圧縮した粒子を無数に張り付け、刃が触れたものに付着させるようにした。剣が重くなるというデメリットはあるが、この点は友の怪力を信用。

 この仕掛けをしたうえで刃と螺旋は再び交わり、その際に細菌と見間違う大きさの鋼属性粒子が大量に敵の嵐に紛れ込む。

 そうすれば水は重さを増し想定通りの動きを行うことができず、彼が絶対の自信を秘めていた攻防揃った螺旋の祝福はこうも容易く攻略された。


「クソガキどもが!」

「させないさ」


 とはいえ理解してしまえば対処は簡単だ。要はもう一度最初から練り直してしまえばいい。

 だから襲撃者は纏っていた水と風を一度捨て去り、体内から再び放出。同じことを繰り返そうと考えるが、それを遮るようにアデットが白衣の袖から打ち出したナイフが、空気を裂き頭部に迫った。


「こ、このやろぉっ!!」


 もちろんそのくらいの物は簡単に避けられる。けれどそれを避けたかと思えばすでに距離を詰めていたシュバルツの追撃が行われ、その対処に追われているとアデットまで攻撃に参加し始めた。

 『息もつかせぬコンビネーション』そう形容されるものは数多にあれど、彼らはその完成形に至っているといってもよかった。


 すさまじい余波を放つ大剣と、白衣の袖を中心に体の至る所から出される千差万別な武器の数々。

 それらは敵対者だけを正確に狙い、未来予知でもしているかのように向こう側にいる味方には一切の被害を出さない。いやもし出すような場合でも、その射程や威力を完璧に把握している両者は、それさえコンビネーションの一要素として扱った。


 ゼオスと蒼野が目指すべき完成形ともいえる行為。それが目の前に広がり、敵対者から余裕を奪い、体を傷つける。


「うぅ――――らぁ!!」


 アデットが放った五本の刀が男の右脇腹に深々と突き刺さり、向こう側にいるシュバルツの前で止まる。

 シュバルツはそれを慣れた手つきで掴むと一切の躊躇なく真下へと下ろし、男の右太ももまでをまっすぐに切り裂く。


「お、おぉぉぉぉぉぉ!!?」


 それまで付けた数多の傷と合わせ、それは男に片膝をつけるだけのダメージとなった。

 けれど男は止まらない。口から大量の血潮を吐き出しながらも傷を即座に修復。アデットが服の裾から無数の鎖を打ち出し、半分は弧を描きながら空中に、半分は地面に埋め地中から迫るうよう操るが、それが届くよりも早く、嵐を身に纏ったかのような守りを無理やり展開。

 一歩遅れてやってきた鎖全てをはじき返した。


「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁ!? な、なにが!?」


 がしかしだめだ。それを発動したと同時に彼の膝から下が散弾銃でも受けたような衝撃と傷を受け、鎖を退けた直後に困惑の言葉とともに嵐は止む。


「最も厄介なのは『目に見えぬ脅威』なんかじゃない。『脅威ではないはずの物』が、いつの間にか『脅威と化している』ことだ」


 そこまで説明されても、この襲撃者は何をされたのかわからない。

 だからこそここで語ってしまうが、彼の体を貫いた無数の銃弾の正体は、鎖が彼の纏う嵐にぶつかる寸前に生じた土煙。つまり彼が自身が絶対と信じる守りを展開する際に生じたものだ。


 彼は最後の最後まで気が付かずにいたが、この戦いが始まってから今まで、アデットは地面に先ほどシュバルツの剣に付着させたものと同様の、細菌と見間違う大きさの、けれどとてつもない重さの鋼属性粒子をまき散らしていた。

 

 これらは自分らの重量を超える衝撃があるとフワリと浮き、その尖った先端部を周囲の物体にぶつけるのだ。

 例えばシュバルツの斬撃。例えばアデットが放った鎖があげた砂埃。例えば男が自身の身に纏うよう嵐を展開させる際に生じる暴風。


 これらが起きた際、至る所に転がっていた極小の危険物は牙を向くのだ。


「ふっ!」


 無論味方であるシュバルツは、友であるアデットのこのような下準備を行ったうえで行われる地雷のような設置攻撃も知っている。

 だからこれらの仕掛けを万全に生かした攻撃が可能であり、地面と平行に飛ぶように斬撃を放ち、地面に付着していた極小の味方を、斬撃が当たるよりも早く敵対者に突き刺した。


「どうやら、これで終わりのようだな」

「ヘルメットを外せ。敵対者の顔くらいは知っておくべきだ」

「はいはい」


 全身に刻まれた針で貫かれたような傷の再生が間に合わず虫の息を上げる敵対者を見下ろすシュバルツと、戦いが終わったことを理解し余裕の足取りで近づくアデット。


「いつ見てもズルいな。もうちょっとこう…………正々堂々とだな」

「馬鹿なことを言うな。使える物を全て使う。それが戦いだ。むしろやれることを怠ることに憤りを覚えるよ私は」

「む、むぅ……」

「……そのあり方を否定はしないがね。そういうのは君がやれシュバルツ」


 これが彼らの実力。

 二人で組めば、日ごろの半端な力しか出さない程度のガーディア・ガルフ相手ならば互角に近い戦いをする二人の真価である。


 となればこの結果は順当かつ日常的なもので。


「え?」


 しかし現状は音を立てて崩れ去る。


 襲撃者の男の顔に手を添えたシュバルツ。

 その時彼が聞いたのは背後から聞こえた轟音で、振り返れば先ほどまで友がいた場所には誰もおらず、土煙の上がる方に視線を向ければ、全身を血だらけにしている友の姿。

 逆を見ればそれを成しえたであろうこれまた正体不明の相手がいた。


 そう、彼らは気づいていなかったのだ。

 襲撃者が一人ではないことを。







ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


遅くなってしまい本当に申し訳ありません。本日分の更新です。

色々と話すべきことはあるかもしれないのですが、明日が仕事のため本日はコメントはなしで。本当にすいません


次回は新たな脅威の登場へ。事態が二転三転していきます


それではまた次回、ぜひご覧ください

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