嵐の無双者 二頁目
シュバルツの打ち込んだ一振りが深々と目前の肉体を抉る。溢れ出した血潮は宙を舞い、空間を歪ませるほどすさまじい威力の一撃を受けた肉体が背後に傾く。
その瞬間、視線をぶつけている両者は驚きから目を見開くことになる。
シュバルツに襲い掛かった男はその威力に驚いた。
シュバルツと比較してもなお巨大な躰を備えている彼は己が身を極限まで鍛え上げており、これまで数多の攻撃を防御の術技や能力なしで、傷一つなく跳ね返してきたのだ。その肉体がなんの強化も施されていないただの斬撃で深々と抉られたという事実が、到底信じられない事態だったのだ。
一方のシュバルツはと言えば自身の一撃による損傷の浅さに驚いていた。
友にして宿敵であるガーディア・ガルフを除いたとしてもこれまで数多の相手としのぎを削った彼は、大抵の場合一度攻撃を当てればそれで戦いが終わっていた。例外はいくつかあれど、彼の攻撃を受けた相手が『瀕死の重傷』を負っていなかったことは一度たりともなかった。
しかし今、彼の目の前にいる人物はその枠に当てはまらない成果をたたき出した。
普段ならば向こう側がきれいに見えるほどの深手を負っているほどの一撃を叩き込んだはずなのに、斬撃は体を貫通せず分厚い皮膚とわずかな筋肉を切り裂いた程度で済まされ、自身に注がれる殺意は微塵も衰えない。いやむしろ増している。
そのよう事柄に頭を回した結果、両者ともに体を僅かにこわばらせ、それを観察していた互いがそのような敵対者の心情をおぼろげながら汲み取り、
「「っ!!」」
直後、拳と刃が真正面から衝突する。
拳を一度突き出すたびに建物どころか鋼鉄や山をこともなげに貫くほどの風と水の螺旋がまっすぐに打ち出され、刃が振りぬかれるたびに空間が歪んでいく。
それらの衝突はたったの一秒の間に百どころか千回以上行われ、結果として互いに傷一つ追うことなく、衝撃と風と水だけが周囲に舞い散り、建物を砕き四闇を引き裂いた。
その光景を視界の端で捉え、彼らは口には出さぬものの敵対者を称える。
怪物、化け物、魔技、神業、人域の極限etc
口には出さぬものの、心中でそのような言葉で相手を形容し、命の取り合いをしているにもかかわらず純粋な敬意さえ覚えるほどだ。
がしかし、それとは別に互いに抱いた感想がある。それが「このままでは千日手である」というものだ。
「ッ!」
そう理解した途端、先に動いたのは『嵐の無双者』などと呼ばれている、正しき名を誰にも知られていない襲撃者だ。
一歩も動かず攻撃の応酬を繰り返しているという状態にはなんら変わりはない。
ただほんの少し攻撃と攻撃の間に挟まるわずかな合間に重心を前に傾け、前に出している左足のつま先に込める力をほんとうにちょっぴり強くする。
「うぉ!?」
たったそれだけのことで拳から打ち出される嵐を圧縮したような螺旋の威力が大きく増し、それまでと同じ威力の斬撃を打ち込んでいたシュバルツが押し負け、その巨体が後ろに傾く。
「おらァ!!」
その瞬間を予期した巨体が、動く。
ほんの僅かに体を傾けただけでそれほど威力を増加させた男が今度はしっかりと一歩前に踏み込み、次に打ち込む一撃に全身全霊を込める。
そうして打ち出されたのはジャブのような数千発の螺旋などとは比べ物にならぬ、あらゆるものを抉り、食い破り、命の灯を消さんとする魔獣の牙の如き一撃。
たとえ無類の怪力を備えているシュバルツといえど、これまで通りの一撃では絶対に対処できない威力の『必殺の一』である。
「うぉ!? 当たってたら死んでたなこりゃ!」
それを――――――シュバルツは躱した。
背後に傾いた体を戻すようなことはせず、右足を軸にして真横に大きく一回転して、これまで通りまっすぐに迫る一撃の軌道から難なく逃れた。それこそ未来予知でもしていたかのように正確に。
「は、ハァ!?」
男は現代でいうところのミレニアムに匹敵するかそれ以上の力を備えていたのだが、流石に目の前の事態には激しい動揺を示さざる得なかった。
それほどまでシュバルツの対応は完璧だった。
「重心の移動と足先への力の入れ具合がまるわかりだ。そこまで明確なら警戒くらいはする。ついでに言うと攻撃の軌道が直線なのもいけない。労せず躱せた」
「っ!??」
なぜそれほどまで完璧な対処ができたのか? 男には理解できなかった。
けれどその答えは実に単純。シュバルツの言葉を借りるならば敵対者の動きの変化があまりにもわかりやすかったからだ。
(ふっざけんなよ木偶の棒! これまで一度もバレたことのなかったほど僅かな変化だぞ。何が見えてるんだよテメェにはよぉ!)
ただしそこには『ガーディア・ガルフと常日頃から組み手をしているシュバルツからしたら』という前置きが入るが。
男が内心で毒づいた通り、彼の変化は本当に微々たるもので、並みの者どころか一握りの猛者であろうと気づくことができないものであった。
神器を得たことで急激な強さを得たゼオスですら全く気付かず、『危険察知』の異能を持つ康太でも、気づいたとしても絶対に対処できないほど僅かな間に起こった変化だ。
しかし後に『皇帝の懐刀』という異名を得る彼に限っては話が別だ。
友にして永遠のライバルであるガーディア・ガルフは攻撃の際にさらに繊細でわずかな変化を、『嵐の無双者』という異名で呼ばれる男が行うよりはるかに短い時間でいくつものフェイントを組み込んだうえで行うのだ。
それを知っており日々対処しているからこそ、彼は完璧な対応を行えたのだ。
「終わりだ」
無駄に力んでいる様子もない、刃のように冷たい声がシュバルツの口から零れる。
それに合わせて打ち出されたのは一回転分の勢いを乗せた横一文字であり、男の回避の動きさえ完璧に読み切ったうえで正確に叩きこみ、磨き抜かれた肉体とその奥にある建物までを上下に分断した。
「世間を騒がせている暴れ者『嵐の無双者』……噂通りの強さだった。いい経験ができたよ」
目前の敵対者の上半身が地面にぶつかり下半身が膝から崩れ血の池を形成する。
その姿を見届け戦いの終わりを悟り息を吐くシュバルツ。
「そこで気を抜くなシュバルツ。水属性の使い手が全属性中最強の癒し手であることを忘れるな」
言ってしまえば油断しきっていた彼に対し上半身の力だけで水と風の螺旋が撃ち込まれたのはその直後で、アデット・フランクが割って入ったのはそれよりもさらに一歩早かった。
「しまった忘れてた」
「君、水属性の使い手だろう。なんでそんな初歩中の初歩を忘れるんだ?」
「いや水属性を選んだのってガーディアに対して相性がいいだけだったしな。まぁクソみたいな暑さに負けて意味をなしてないんだけどな」
「全く」
「て、テメェら!!」
不意の一撃は鋼鉄の盾の面を使った受け流しで軽々と明後日の方角に飛ばされ、離れていた上半身と下半身を繋げた男が呻く。それは千載一遇の好機が、あっけなくすりつぶされた瞬間だった。
「救助のほうはいいのか?」
「あとはアイリーン一人でどうとでもなる範疇だ。だから私もこのお騒がせ者を捕まえることに協力しよう」
「むぅ…………俺ひとりじゃダメか?」
「訓練気分で相手をするな。再生能力の高さを考えれば、一対一なら五分五分に近いぞ。確実に仕留めることを考えろ」
「………うーん、残念!」
語るアデットの言う通り、燃え盛っていた炎はいつのまにか消えており至る所にいた人影も一つとして残っていなかった。
となればその場にいた三人が言葉を発さなくなれば荒れ果てた市街地で死闘を繰り広げているとは思えぬほどの静寂が広がり、真っ赤な夕日が二人の戦士を照らす。
その様子に顔まで完璧に隠した襲撃者は身震いし、そんな彼の心境を読み取ったかのようなタイミングで、二人の男の視線が注がれる。
――――これが闘技場で行われるような遊興の類であるとするなら、人々は同じ感想を抱くだろう。
ここからたった一人の挑戦者が何をしようと、二人の門番を超えることできないと
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
VS嵐の無双者ですが、シュバ公の強さが際立つ回。
当たり前のことではありますが、現代の彼はここからさらに鍛えまくってるのでさらに強いです。
それと比較すれば今の彼はまだまだ未熟なわけですが、その未熟を補うのがアデット・フランクという青年。
この二人が揃った場合の悲惨さは…………まぁ始まる前から察せられますね。
とはいえ相手もただでやられるほど甘くはなく、死に物狂いの反撃が始まります。
詳しい話は次話で
それではまた次回、ぜひご覧ください




