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嵐の無双者 一頁目


「えー遠路はるばるようこそおいでなさいましたクソ野郎共。こちらはこの俺様が支配するエリアでございますクソ野郎共。わかっているとは思いますがお呼びではありませんので、痛い目に合う前にご帰宅することをお勧めしますクソ野郎共とハゲデブブタ野郎」

「おい待てコラ! なんで最後だけこっち見て言った! 俺はまだハゲちゃいねぇ!」

「あーそうっすか。それでしたら今から邪魔な髪の毛は全部伐採しましょうねー」


 陽が沈みかけた黄昏時。ガーディア・ガルフが住み、統治しているエリアの入り口で、彼らは相対する。

 千人からなる精鋭部隊を、担がれた玉座の上から支配し指示するのは金と銀の刺繍を施されたローブを着たこの時代における賢教の長。すなわちイグドラシルに反旗を翻された教皇の座。

 ハゲてこそいないものの丸々と肥えた腹に出来物だらけの顔。そして不健康なことを示すような赤黒い肌は、己が所持している権力でどれほど私利私欲をむさぼったのかと若き日の彼女に指摘された点である。

 そのような特徴など鼻で笑い飛ばせるほど行ってきた悪政が要因で世界中から嫌われ、二つの勢力に分かれて世界中を巻き込む大戦争を起こすきっかけとなった人物は、けれどこの場においてだけは同情の目を向けられていた。


「はーいバリカン通しますからね~。そのあとに頭皮を焼きますからね~。今日で頭上に残ったわずかな味方ともお別れですからね~」

「や、やめろ。マジでやめろ!! 俺から民だけでなく髪の毛まで奪わないでくれぇぇぇぇ!!」


 ガーディア・ガルフを前にした彼はぞれほどまでに無力であった。

 連れてきた千人の精鋭部隊は、ガーディア・ガルフが姿を見せ一瞥するだけで格の差を思い知り戦意を失い、それでもなお働かせようと教皇の座が口を開くと、面倒なことはさせないとでもいうように彼は言葉が発せられるよりも早く近づき口に指を突っ込み、玉座に押し付け足で押さえつけると、どこから取り出したのかもわからないバリカンで言葉通りのことをし始める。


「ワンワン泣くのはいいけどなぁ! 俺言ったよなぁ! もう二度と赤紙送ってくるなって! 町にやってくるなって! それを破ったお前が悪いんじゃろがい!」

「け、けれどなぁ。お前さえ参加してくれりゃ、どんな戦いだって勝てるんだ。だとすれば……だとするならよぉ! 少しくらい粘ったっていいじゃねぇか!!」


 瞬く間に髪の毛を剃られ、頭をこんがりと焼かれた教皇の座。彼は乱暴に蹴り飛ばされ連れてきた部下たちのど真ん中に沈むと、その頭部をピカピカに磨かれた革靴で踏まれすすり泣く。


「いやてかさ、色々な悪事に手を染めたお前が原因なわけじゃん。なら素直に玉座を渡せばいいじゃん。それで万事解決みんなハッピーなわけだよ! わかる? その辺わかる?」

「ば、馬鹿言うな! 俺様がどれだけの信徒を飼ってると思ってやがる! 負けを認めるってことはそいつらの生き死にを相手に任すってことだぞ!? お前は簡単に言うがなぁ、戦争に負けた側の処置なんてのはいつだって目を覆いたくなるほど無残…………!」

「長々とうっせぇ。そこらへんうまくこねくりまわすのが、お前の最後の仕事だろ」

「ぶへぇ!?」


 持ち上げた顔を再び蹴り飛ばされ、着ていた金と銀の刺繡が施されたローブを砂だらけにしながらふくよかな肉体が沈む。

 するとあとは涙で地面を濡らしながら体を震わせることしかできなくなり、


「お」


 そのタイミングで周囲にいた兵士のうちの一人が放った地盤をひっくり返す威力の矢を、ガーディア・ガルフはしかし赤子の手でもひねるかのように容易く掴んだ。


「へぇ。よかったじゃねぇか。頭上に生い茂ってた味方は死滅したが、連れてきた奴らの中にはまだ芯の通った奴がいるみたいだぞ?」


 否、ガーディア・ガルフの考察は誤っている。

 教皇の背後に控える精鋭部隊の面々の中に、彼を心から信仰しているものはもはや残っていない。

 

 けれど目の前の惨状を見て『かわいそうだ』と思う程度の善性を秘めているものはごくわずかではあるが残っていた。

 そのうちの一人が放った一本の矢は、彼らがこの場に訪れた理由を再認識させ、その直後に周囲を揺らす咆哮となって天を衝いた。


「うし。ならいっちょ揉んでやるよ。ここで味わった経験を、まあ次の勝利に生かすんだな」


 無論、それが意味を成すことなどないのだが。

 首を捻り小気味のいい音を発したことを確認したガーディア・ガルフは、散歩でも行くような気軽な足取りで向かってくる大群の中に飛び込み、


 その直後、千人いた精鋭部隊は全員頭を地面に埋めていた。

 時間にして一秒にも満たない戦闘の結果。しかもこれだけのことを成しえたガーディア・ガルフは能力どころか属性粒子させ使っていない、単純な身体能力のみを行使した結果だ。




 いついかなる状況、いかなる時であろうとも無法者というものは現れる。

 どれほど素晴らしく平和な世を作ろうとも、どれほど完璧に近い法を敷いたとしても、それらから逸脱した者は現れる。

 しかしそれは仕方がないことだ。責められるような事柄ではなく当然のことである。

 人間という生物が千差万別、誰一人として被ることのない自我を所持しており、全く同じ性格の者など誰一人として存在しない以上、その中からそのような者が現れたとしてもおかしいことなど何もないのだ。


 それがたとえ、世界の命運をかけた戦争の最中であったとしてもだ。


「こっちか!」

「もう! なにもガーディアがいないタイミングで来なくても!」

「確かにな。だがああ言った手前、今回に限りあいつにはあっちの担当をしてもらいたい。こっちは私たちで何とかするぞ」

「言い出しっぺはお前なんだけどな!」


 豪快な音と建物の崩壊があり、今しがた空に伸びるような火柱と爆発があった場所は彼らの現在地からさほど離れていない。それこそものの数秒でたどり着ける距離にあり、そのような話をした直後に三人は跳躍。

 空気抵抗をものともせず空を舞い、建物の屋上を二度三度と飛び超え、


「そこまでだ」

「私たちが仕切っている土地で無法を働くか。それはな、勇気ではなく無謀に値する」


 すぐさま現場へ移動。先頭を走っていたシュバルツは俯き気味であった顔を持ち上げ、凶行に及んだ犯人の顔を確認し、直後に首をひねった。


「お前のその……それはなんだ? 兜とは違うようだが……顔を守るための防具か? それとも素顔を晒さないための変装か?」


 千年前の時点で、この星に住む人間という生命体はすでに自分の足を使わないでも済む移動手段を手に入れていた。

 けれど車を筆頭に電車や飛行機などの科学の粋が出現するのはイグドラシルが神の座に就いた後のことである。

 となれば千年前のシュバルツ達がその正体を掴めることはなく、しかし現代に生きる蒼野達は即座に答えにたどり着いた。


「お前らに教える義理なぞどこにもねぇ。だが……なんだなんだ。お目当ての『超越神人』はいないのかよ」


 『超越神人』という聞いたこともない単語を口にする男は、顔面をバイクの運転の際に被るようなフルフェイスのヘルメットで覆い、黒の革ジャンに袖を通し、同色のチノパンを履きながら、下卑た笑い声を響かせていた。


「ガーディアの奴なら別の場所で汗水垂らして労働の大切さを味わってるよ。敵方のお前さんが気にすることじゃない」


 体の線を隠せるその服装を着込んだことで、普通ならば男は小さく見えるはずであった。

 しかしそうはならなかった。それほど男は縦にも横にも大きかった。


「そうかよ! ならこうしよう。俺は今からお前らを殺す。で、殺した死体から皮を綺麗に剝ぐ。でそれを、この場に居合わせなかった人類最強に見せつける。そうすりゃ、噂の高慢ちきなクソガキのいい表情が見れるってもんだ!」


 顔を隠した正体不明の男はすでに現代に近い身長にまで伸びているシュバルツと同等程度の身長を備え、鍛え上げられた筋肉は着ている服を破るほど分厚く、放つ覇気は堂に入ったものであった。 

 特徴的なのは見た目に反し少々高めの声。

 そして彼を『嵐の無双者』と呼ばせる原因となった物体。二の腕に纏っている高速回転した水の帯で、男がわずかに腕を動かすだけで、人々の悲鳴とともに付近にあった建物が崩れた。


「好き勝手言ってくれるじゃないか。ただ残念ながらそうはいかない」

「あ?」

「あいつが出る幕などない。お前はここで、我々三人に勝てず大地の味を知ることになるのだからな」


 降り注ぐ瓦礫をアイリーンが粉々に砕き、真下にいる人を守るようにアデットがいくつもの円柱型の鉄柱を形成し屋根を作る。

 二人がそうしているのを肌で感じ取りながらシュバルツはそう言い切り、千年経った現代でも自身が最も信頼している神器を抜き、その切っ先を敵対者に注ぐ。


「フフ。フハハハハ」


 堂々と啖呵を切ったシュバルツを前に、誰にも名を知られず『嵐の無双者』とだけ呼ばれている無法者は嗤う。滑稽であると。愚かであると。


「やってみろやぁぁぁぁ!!」


 けれどそれはすぐに怒声に代わる。

 火山の噴火や雪崩の勢いを連想させるほどの勢いで男は唾を吐きながらそう告げ、傾きかけた太陽の日差しではなく自身が生み出した暴力的な炎の光に照らされながら前に出る。


「!」


 その速度は音を超えていた。雷さえ置き去りにしていた。いや能力や属性粒子を使うことなく光の速度に到達していた。

 となれば数十メートルほどの距離を詰めることなど瞬きや呼吸をするよりも容易で、シュバルツの視界は瞬く間に二の腕に纏った水を帯状にするほどまで高速回転させている暴風で埋まる。


「無論」

「っ!?」

「やってやるさ!」


 それほどの状況を前にしてもシュバルツにはまだ余裕がある。

 なぜなら彼からすれば、男の暴力は遥かに劣っていたのだ。

 つい先ほどまで自分の顔面があった場所に打ち込まれる螺旋の波動は常日頃から目にしている友の攻撃と比較し劣っており、放たれる覇気も不機嫌になった彼のほうが恐ろしい。

 何より、如何に人力のみで光の速さに到達したことが素晴らしいことなのだとしても、彼の生涯最高の好敵手は、それを遥かに上回る速度で動いているのだ。


 であればこの程度の事態に動揺することなど微塵もなく、彼は体をわずかに右前に傾け迫る攻撃を躱すと、男が知覚するよりも早く、いつの間にか右肩に乗せる形で背負っていた神器『ディアボロス』を振りぬき始め、


「がっ!?」

「言っただろ。あいつが出るほどのことなんてないって」


 切っ先が弧を描き地面に触れ、一歩遅れて空間が歪むのと同じタイミングで、袈裟に斬った部分から鮮血があふれ出す。

 それをさも当然という様子で見届けながらシュバルツはこともなげにそう言った。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さて始まりました戦闘回。

その始まりを告げるのは千年前でいうところのミレニアムのポジションにあたる人物です。ですから超強いです。

ただまあ、見ていただいた通りシュバ公はそれ以上に強いです。

千年前の彼はネタにされたり色々な被害を被ったりしますが、この時点でめちゃくちゃ強いのです。

ただまあ相手側も易々と負けるほど甘くはありません。

そしてさらに事態は大きく変化しても行きます


詳しくは次回で


それではまた次回、ぜひご覧ください

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