黄金の記憶
「おにいちゃん早く早く!」
「急がないとシスターのお話に遅れちゃうよ!」
「……あ、ああ。今行くよ」
それは一人の少年の、誰にも明かしていない黄金の記憶。
優しい日の光が当たる芝生の地面を踏み、自分よりも幼い子供たちと一緒に教会へと向かって行く道のり。
恐れるものなど何もなく、平穏な世界の中で優しい時間だけが過ぎていく。
「シスター!」
「そんなに急がなくても大丈夫よ。まだ始めるまでには時間があるわ」
教会に入るための分厚い扉を開け、既に集まっている十数人の子供たちが作った輪の中に入る。
「…………」
するとそこには美しい銀の髪を携えた修道服の女性が数冊の絵本を脇に置きながら佇んでおり、ステンドグラスの光を浴びながらまどろんでいる姿を目にして思わず彼は見惚れてしまった。
「さあ、時間になったし始めましょうか」
「「はーい!」」
そんな彼女を眺めているだけで気が付けば時は過ぎ、女性の言葉に合わせて周りの子供たちが元気よく返事をする。
すると彼女は脇に置いてあった絵本の一冊を朗読し、彼と同年代や年下の子供たちが心底楽しそうに耳を傾ける。
「…………」
「はい、おしまい」
「シスターありがとー!」
しばらくして終わりを迎え彼女が手を振ると、それを見届けた子供たちが大きな声でお礼を口にしながらばらばらなタイミングで立ち上がり、我先にとでも言わんばかりに芝生が生い茂った外へと向け走りだしていた。
「あら、どうしたの?」
お話が終わり子供たちが笑いながら去っていく。
その光景をシスターは頬を緩めながら見ていると、一人で立ち尽くしている少年の存在に気づき、彼女は近づいて来た。
「どうしたの――。何か怖いことでもあったの?」
その時の自分は、いったいどのような顔をしていたのだろうか?
鏡で見ていないゆえに本人はわからなかったのだが、恐らくひどい顔をしていたのだろう。
彼女は心配そうな表情で自分に近寄ってくると微動だにしない自分の頭を撫で、それに気がついた少年はそっぽを向き彼方へと向かって走っていく。
「恥ずかしかったのかしら。また来なさいな!」
そうして残った彼女は彼の耳にも聞こえるように、普段と比べ僅かに大きな声でそう口にした。
「……」
これは、どこにでもある穏やかな日々の記憶。
愛し愛され過ごしていく幼少期のとある一日の一幕。
しかし少年にとってその記憶は、何よりも美しいものに見えた。
「……朝か」
家屋の隙間から入ってくる朝日の眩しさで目を覚ます。
耳を澄ませば彼らが信じる象徴を崇める声が聞こえ、辺りを見渡せば廃棄寸前となった電化製品の数々が目に入る。
「…………」
男は壊れる寸前となったベットから気だるげな様子で立ち上がり、部屋の隅に置いてあるテレビをつけニュースを見る。
『本日はイグドラシル様の定期巡回の日です。本日お伺いするオリアリンでは彼女とアイビス・フォーカス様の姿を一目見ようと、多くの人々が集まっています』
ニュースで取り上げられていたのは月一度ある定期巡回の話題。
彼が待ちわびていた千載一遇の好機。
「…………やっとか」
おんぼろな馬小屋のような家屋で服を着替え、顔を洗い、賞味期限がとうの昔に過ぎたパンを食べると、その空間には似合わぬある種の威厳すら感じさせる黒い剣を携え外へ出る。
「…………」
辺りを眺めると見知った光景が目に入る。
壊れてしまい動かなくなった家電製品の山に、誰かが面白半分で外から投げつけ捨てていった生ごみの袋。そこら中に動物の死骸が転がっており、恐らく何らかの犯罪に使われたと思わしき凶器の類も散乱している。
「おおゼオスか。確か今日が待ちに待った一日だったな。気張っていけよ!」
「……ああ。声援感謝する」
「なんなら俺も手を貸そうか? 外の世界の脆い連中程度、俺が軽く片付けてやるよ!」
「……いや、いい。これは、俺自身が手に掛けるからこそ意味がある」
「そうかい。頑張れよ!」
必要ないと捨てられたゴミ山の如き空間で過ごす、罪人と言い渡された無実の民。
日常的な生活を送る中では恐らく最悪の類の環境で生きている彼らは、全身から異臭を放ち、顔のどこかに汚れを付着させ、ボロボロの衣服を着こみ毎日を必死に生きている。
そんな彼らではあるのだが、それでも死を選ばず生き続けた人々の力強さに、ゼオスは敬意を覚えていた。
「……長はいるか」
「おるよ。何か用かの?」
しばらく歩いた末に辿り着いたのは、木の端材で組み立てられ、煙突から煙をあげたログハウス。
その中に入り目的の者を呼ぶと彼は現れ、ゼオスは頭を下げる。
「……目的達成のため、下層で管理している広範囲爆破兵器を一ついただきたい。許可を」
「よそ様に被害をもたらさず、信仰深きこの町に被害を被らないのならばいくらでも」
「……神教の者が来るかもしれませんが、その際は俺を切り捨てていただいて結構。俺は、俺のやりたいようにする。ならばあなた達はあなた達の好きなようにするべきだ」
「承知した。持って行きなさい」
「…………心からの感謝を」
「ありがとう。君に我らが知の主のご加護がある事を祈っとるよ」
返事を聞き再び頭を下げる。
そうして一日は始まった。
――――少年の人生を大きく左右する一日が始まった――――
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で本日二話目の更新。
ゼオスの傷が癒え、さてここからというお話です。
まだ役者不十分のためいざ決戦とはなりませんが、それもそろそろ揃うはずです。
という事でそのお話を本日三話目として深夜にあげるので、よろしくお願いします。
ではまた次回




