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ROAD TO FIVE 五頁目


『こちらの要求に応じない場合、相応の対応をさせていただきますだって』

『めんどくせぇ。てか聞き飽きたし見飽きたわ! あのハゲデブ加齢臭マシマシクソ親父には諦めって言葉がないのかねぇ』

『待て。教皇の座はハゲてないぞ』

『ヘ、ヘイトスピーチだ。言いすぎだぞお前』

『チッ。サーセンサーセン』


 蒼野達がすでにこの記憶の中で何度も目にした真っ赤な紙。それを前にしてガーディア・ガルフの悪態が迸る。が、選ぶ言葉のチョイスは幾分以上に幼稚なもので、少々引いている様子のシュバルツを除いた三人の顔には苦笑が浮かぶ。


『ま、いつも通りの対応でいいだろ。シュバルツ、任せてもいいか?』

『構わんぞ。少しは骨がある奴らがいるといいんだがね』

『援護はいつも通りアデットかしら? アタシも出る?』

『周辺への被害を考えれば、いてくれた方が心強いな』


 続けて行われる動きの確認に関しても淀みはない。

 彼らが大学生になった時点で教皇の座から刺客が送られてくる頻度は二週間に一回になっており、行う対応に関しても手慣れたものになっていた。


『いやガーディア。ここは君が出るべきだ』

『アデット?』


 がしかし、ここで言葉が挟まれる。

 ぬるま湯のように温かく心地の良い空気での作戦会議。これを突き破ったのは医者が着るような白衣に身を包み、険しい顔で腕を組んでいたアデットだ。

 他の者の楽観的な様子とは対照的に、彼は親友であるガーディアに対し強張った声と厳しい視線を注いでいた。


『おいおいどうしたんだよアデット。らしくないじゃねーの。こんなもん、誰がやっても結果は』

『……一つ尋ねるが、ここ最近の君はあまり最前線に出ないな。何をしているんだ?』

『? 変な事聞く奴だな。それくらいのことならお前だって知ってるだろ?』

『知ってるとも。エヴァの奴とデートだろう』


 真逆の温度を放つ二人の間で、話の主題として持ち上げられた吸血鬼の姫君が首を左右に向けながら困惑の表情を示す。

 ただアデットが冷たい声で事実を告げると、瞬く間に顔を茹でタコのように真っ赤にさせ、そんな表情を見せる彼女の顔をガーディア・ガルフは愛おしそうに撫でた。


『悪いか?』


 発する声には静かな怒気を孕んだ状態でだ。


『あぁ悪い。知っているか友よ。ここ最近、周囲の君に対する評価が厳しいものになってきているぞ』


 並大抵の者、いや腕に自信がある強者や、すさまじい権力を持つ者ですら、その声を聞けば、彼の胸中がどのような状態なのかという答えにまでは至らなくとも、自身が死地に足を踏み入れてしまったことを無意識に自覚するだろう。

 事実説得のために自ら赴いた教皇の座は、彼が明確に怒気を孕んだ声を一度発しただけで取り乱し、それ以上の会話は不可能と判断し、ボディーガード達が連れて帰ったほどだ。


『忘れるなよ。君が好き勝手することができるのは、それを許されるだけの理由があってのことだ。それを怠れば、どこかでしっぺ返しが来る』


 この状態になったガーディア・ガルフに対しては、言葉を選ばなくてはいけない。

 不用意な言葉一つ吐くだけで喉が潰れ、口が糸で閉じられているかもしれないほどだ。周囲の被害を垣間見ず、暴れる可能性さえある。

 だからこそシュバルツとアイリーンはいつでも動けるように臨戦態勢をとるのだが、危機感を胸に抱いた彼らの前で、アデットはなおも厳しい言葉を選ぶ。


『…………世の道理ってやつか。めんどくせぇな。まあいい。わかったよ。出りゃいいんだろ出りゃ』


 これは非常に危機的状況なのではないか?

 そう二人は考え集中力を増していくのだが、彼らの予想に反しガーディア・ガルフの対応はおとなしい。髪の毛を搔き毟りめんどくさそうな表情こそすれど、暴れるようなことはなく、素直に友の忠告に従った。


『けどそれならエヴァも連れてくぞ。よく思えば戦場で堂々とデートした覚えはないからな。ちょうどいい機会だ。試してみるぜ』

『君の行動を細かく縛るつもりはない。そのあたりは自由にしてくれてかまわないよ』


 アデットの本音の中には、エヴァにばかり意識が向きすぎるのはいけないというものがあったのだが、せっかくうまく進んできた話がこじれるのは避けたかった。

 なので細かい点には突っ込むようなことはせずうなずいた。


『お、もう来てるぞ?』

『宣戦布告も名乗りもなしか。どんだけ余裕がないんだよあいつら。まぁいいか。さっさとぶっ殺……は駄目だったんだな。ちょうどいい感じに痛めつけて、顔面を血と涙でぐちゃぐちゃにしながら帰ってもらうとしようじゃねぇ―の』

『いやぁそれも十分趣味が悪いと思うぞ?』

『いちいち突っ込むなし』


 言いたいだけ言うと、エヴァの腰のあたりをしっかりと掴み、同時に姿を消す両者。

 そこまで見届けたところでアデットは深々と息を吐いた。


『お疲れさん。いやしかしよくやったよお前は。てかなんだ。最近のあいつに対する周囲の評価はそんなにひどいのか?』

『私と同じく彼を支える身としては、それくらいは知っておいてほしいところだな。いやそもそも戦うことしか脳がないシュバルツと違って、君は気づいてただろアイリーン。もう少し協力してほしかったな』

『彼が苛立ちから手を出す場合、制止役が一人だと心もとないでしょ。それに』

『それに?』

『アタシは好き好んで地雷原を歩く性格じゃないから』

『…………風紀委員が無責任な』


 「戦うことしか脳がないってひどくない?」などと反応しているシュバルツを尻目に、気の抜けた様子で話を進めるアデットとアイリーン。

 普段の彼らならばこれで話は終わりだ。

 あとは学校に戻るなり誰もいない自宅に戻るなりして、次の日を迎えるであろう。


『それにしても』

『ん? どうした?』

『いや。あいつがあんな風に露骨に苛立つのは初めて見たな』


 友でありまとめ役でもあるガーディア・ガルフの変化に些細な違和感を覚えながらも、明日になればいつも通りになんの変哲もない、けれど満たされた日常を送るはずなのである。


『!』

『爆発!?』

『いや。というよりは』

『嵐と風…………まさか!』


 違いがあるとすればただ一つ。あまりにも大きな差別点。

 この日、このタイミングで、予想だにしない怪物が現れたことだ。






ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


色々と語って日常的な話や後に続くヒント。それにガーディア殿変貌の推測をやってきましたが、実はまだ一つだけしっかりやっていないこと、すなわち本格的な戦闘が混ぜられたクライマックスの始まりです。

これまでの二話完結と比べたら少しだけ長いので、楽しんでいただければ幸いです


それではまた次回、ぜひご覧ください

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